| 公開 |
2006年1月28日 |
| 監督 |
チャン・イーモウ |
| 脚本 |
ヅォウ・ジンジー |
| 音楽 |
ガゥオ・ウェンジン |
出演 |
高倉健、リー・ジャーミン、ジャン・ウェン、チュー・リン、ヤン・ジェンボー、寺島しのぶ、中井貴一(声)、他 |
| 備考 |
中国語題「単騎走千里」 |
| 物語 |
東北地方の漁村で一人暮らす高田剛一は、一人息子の健一と長年、疎遠になっていた。
その健一の妻・理恵から、健一が病気で余命幾ばくもないと連絡を受けて、高田は東京の病院に赴く。しかし健一は、会おうとしなかった。
仕方なく帰る高田に、理恵が1本のビデオテープを渡す。
健一の仕事の成果がテレビ番組で紹介されたものだというそのビデオテープには、民俗学者である健一が中国で調査をした様子が映されていた。
その中で、健一は、ある町でリー・ジャーミンという役者と、“来年”は三国志の関羽にまつわる仮面劇「単騎、千里を走る」を撮りに来ると約束していた。
高田は、健一がやり残した仕事を代わりに果たそうと、中国に渡る。
中国に着いた高田は、理恵に電話で連絡し、これからしようとしていることを話す。
理恵は高田の行動に反対し、すぐに帰国するよう懇願するが、高田の意思は固い。
旅行会社の手配で、あの町に着き「単騎、千里を走る」を撮影出来ることになったが、主役が別の役者だった。
何でも、リー・ジャーミンは私生児のことをからかった人に怪我をさせて、服役中なのだとか。
高田は、リー・ジャーミンが踊る「単騎、千里を走る」でなければ駄目だと言って、撮影は中止、一旦引き揚げかける。
だが、意を決して、何としてもリー・ジャーミンの踊りを撮るべく、戻ることにした。
当初の契約から外れて行動する高田に同行するのは、旅行会社の通訳兼ガイドではなく、現地ガイドのチュー・リン。
チューは、とても通訳をこなせないほど日本語が覚束なく、ガイドとしての能力も低い。
それでも誠実な彼の助けを借りながら、役場や刑務所の担当官を動かし、どうにか刑務所の娯楽室でリーの踊りを撮影出来ることになった。
ところが、息子のためにここまで来たという高田の話を聞いて、リーは、息子・ヤンヤンに会いたいと泣きじゃくり、踊れなくなってしまった・・。
高田は、さらに中国の奥地の村へ、ヤンヤンを訪ねる。
ヤンヤンの母親は亡くなっていて、父であるリーも服役中であるため、ヤンヤンは村の責任で育てられていた。
ここでもリーが満足に通訳出来ないことが原因で話が絡まるが、どうにか村長から、ヤンヤンをリーに会わせに連れて行く許可を取り付ける。
それから村を挙げての歓待を受けて、翌日、高田はヤンヤンを連れて出発するが、途中、ヤンヤンが逃げ出した。
高田が追ったが、道に迷い、ヤンヤンと二人で野宿することに。
翌日。村中の人の捜索で、高田とヤンヤンは発見された。
高田は村長に、ヤンヤンの気持ちを確かめるよう頼む。ヤンヤンは、父に会いたくないと言い張った。
結局高田は、ヤンヤンを連れずに、村を後にした。
町へ向かう車の中、高田の携帯電話が鳴る。相手は、東京の理恵・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
映画の題名「単騎、千里を走る」は、劇中に登場する仮面劇に由来。
この仮面劇を息子の代わりに撮影しようと、高田が、言葉も習慣も分からない異国の大地を奔走する様は、正に「単騎、千里を走る」。
実は健一の研究にとって、この仮面劇は大した意味は無いことが、途中で明かされるのですが・・・・。
しかし、“単騎、千里を走る”高田が、異国の人々と出会い、不器用に働きかけ、目的を果たそうと進む様は、大いに意味があるもの。
人と人が分かり合い、心動かされるのは、言葉ではなく、真摯な心によるのだと、寡黙でありながら雄弁に物語っていました。
それにしても、親のいない子供を「村の子供」として村全体の責任で育て、旅人を村を挙げての会食でもてなし、子供が行方不明になれば総出で探す、ヤンヤンの住む村!
貧しい村ながら、なんと豊かで幸福な心を持って生活しているのかと思わされます。
演出的には、中国語で議論する中国人達の側に一人日本人の高田がいる、という状況で、日本語訳がつけられていないことにより、
中国語が分からない高田の困惑が(日本人の)観客自身のものとなる、というのは上手いと思いました。
(逆に、中国語が理解出来る日本人は、感じ方が違う訳ですが。)
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