「手紙」

公開
2006年11月3日
監督
生野慈朗
原作
東野圭吾
脚本
安倍照雄、清水友佳子
音楽
佐藤直紀
出演
山田孝夫、玉山鉄二、沢尻エリカ、尾上寛之、吹石一恵、吹越満、風間杜夫、杉浦直樹、田中要次、山下徹大、石井苗子、原実那、 松澤一之、蛍雪次朗、小林すすむ、松浦佐知子、山田スミ子、鷲尾真知子、高田敏江、他
備考
  
物語
 武島直貴の兄・剛志は、千葉の刑務所で服役している。 武島兄弟は両親を早くに亡くしたため、剛志が働いて直貴を学校に通わせていた。 だが、腰を壊してしまった剛志は、直貴の大学進学費用を工面しようと、他人の家に侵入、遭遇した老婦人を誤って刺殺してしまったのである。 剛志は刑に服し、以来、兄弟は手紙のやりとりだけで繋がっていた。
 「殺人犯の弟」と知れる度に転職と転居を繰り返してきた直貴は、今はリサイクル工場で働き、寮住まいをしている。 事情を全部知っている親友・寺尾祐輔とお笑いコンビ「テラタケ」を組んで、プロを目指して練習するくらいで、人付き合いを避けている直貴だが、 社員食堂で働く白石由美子が何かと話しかける・・・・そんな日常。
 ある日、剛志の手紙がみつかって、服役中の兄の存在が同僚に知られてしまい、直貴は殴り合いの喧嘩をした。 その喧嘩の相手・倉田が、後で直貴の部屋を訪ねた。 彼自身、服役経験があること、家族に誇りを持ってもらうために大検を目指して勉強していることを告白した倉田は、やりたいことがあるなら簡単に諦めるなと告げた。
 直貴は、リサイクル工場を辞めて、お笑いのプロを目指すことにした。 「テラタケ」は、コンテストから這い上がり、人気が出始める。 一方、夢を追う直貴に触発された由美子も、食堂を辞めて美容師を目指していた。
 「テラタケ」は大手芸能プロダクションに所属し、人気上昇、CMの仕事まで舞い込む。 又、直貴は、合コンで知り合った中条朝美と知り合い、親密になる。 仕事も私生活も満たされつつあった直貴に、またしても破局が訪れる。 インターネット上に「殺人犯の弟」であることを書き込まれたのだ。 直貴は直ちに、コンビ解消を祐輔に告げて、芸能界を去った。 朝美も、父親に連れ戻された。
 振り出しに戻った直貴は、家電量販店に就職した。 売り場で働いて、成績も良好だったが、突然倉庫への転勤を命じられた。 兄のことが、知られたのである。
 倉庫で働く直貴のもとに、一人の老人がやってきて話しかける。 「差別の無い国を探すんじゃない。君はここで生きていくんだ。」 ここで生きて、社会との繋がりを一つ一つ作っていけばいい〜そう言う老人は、会長の平野だった。 平野は、直貴の現状と救済を訴える手紙を書いた人物の存在を教えた。 そして、君は社会との繋がりを一つ、もう持っているじゃないか、と。
 直貴は、“心当たり”の、由美子のアパートを訪ねた。そこで、剛志の手紙をみつける。 実は直貴は、芸能界を辞めた後、剛志に手紙を書いておらず、転居先も知らせていなかった。 その剛志に、由美子が、売り場で働いていた頃の直貴から買ったパソコンを使って、無断で手紙を代筆して送り、 由美子宅に剛志の手紙が届いていたことを知り、直貴は激怒、剛志の手紙を夜の道路に破り捨てた。 その破片を、由美子が拾い集める。手紙は、命みたいに大事な時があるんだ、と。
 数年後。直貴は由美子と結婚し、女の子も一人生まれて、小さな幸せの中にいた。 だが、「殺人犯の弟」である事実が、今度は妻である由美子や娘に襲いかかりつつあることを知り、直貴は剛志に、「最後の手紙」を出した。
 剛志に殺された老婦人の息子・緒方忠夫の家を、直貴が謝罪しに訪問した。 緒方は、剛志から毎月欠かさず謝罪の手紙が届いていたことと、「最後の手紙」が届いたことを告げる。 その「最後の手紙」には、直貴の最後の手紙を読んで、緒方にとって迷惑であっただろうことを今さら知り、もう手紙は書かないと書かれていた。 緒方は、「もう終わりにしよう」と言うのだった。
 由美子の仲立ちで仲直りした祐輔は、直貴に、また一緒に組んで、刑務所の慰問公演をしたいと誘った。 ある日、直貴と祐輔は映画の刑務所を訪問し、由美子は娘を連れて公園にいた・・・・・・・・・・。
一言
 犯罪者と、その家族、さらには被害者の家族(遺族)まで描く、ハッピーエンドなどあり得ない、重苦しい映画。
 偶発的に起きてしまった「殺人事件」が、「犯人」だけでなく、その家族、それに被害者の遺族にとっても ずっと重い鎖となり、苦しめ続けることに時間が費やされています。 「事件」は犯人の服役で終わらず、加害者と被害者の双方の家族がずっと苦しみ続けることは、意外に認識されていないこと。 さらに重くのしかかるのは、「世間」です。
 被害者の遺族が「もう終わりにしよう」と言っても、世間が終わらせません。 事件に何の関わりもない者が、事件に直接に間接に関わる者を傷付け続ける・・・・このことが、映画の終盤まで延々繰り返されるのです。
 映画は終わっても、登場人物の人生は続きます。 小さな希望が見えても、明日にはまた絶望しているかもしれません。 ラストシーンの先も、登場人物の人生は続くのです。
 はっきりした結末を示さずに終わる映画が少なくありません。 この「手紙」の場合も、映画の結末は、必ずしも物語の結末ではありません。 しかし、殺人犯と、その家族と、被害者(遺族)にとって、起きてしまった事件の終わりは無い訳で、それぞれの立場で、ずっと事件を背負って生きていくのです。 正解であれ、不正解であれ、軽々しく答えなど出せません。 真に、観客に考えさせる映画です。



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