| 公開 |
2009年6月20日 |
| 監督 |
木村大作 |
| 原作 |
新田次郎 |
| 脚本 |
木村大作、菊池淳夫、宮村敏正 |
音楽 監督 |
池辺晋一郎 |
出演 |
浅野忠信、香川照之、松田龍平、宮崎あおい、仲村トオル、役所広司、モロ諸岡、蛍雪次朗、仁科貴、蟹江一平、小市慢太郎、
橋本一郎、本田大輔、小沢征悦、新井浩文、鈴木砂羽、笹野高史、石橋蓮司、國村隼、井川比佐志、夏八木勲、他 |
| 備考 |
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| 物語 |
明治39年(1906年)。
陸軍の陸地測量部の測量手・柴崎芳太郎は、日本地図最後の空白地帯を埋めるため、前人未踏の劔岳に初登頂し測量することを命じられる。
過去に劔岳に挑んで登頂を果たせぬまま引退した、前任の古田盛作を訪ねた柴崎は、案内人として地元の村の宇治長次郎を紹介された。
早速、事前調査のために現地・富山県に入った柴崎は、古田の推薦通り、山に関する勘を備え、人柄も良い長次郎と2人で山に入ったが、
劔岳頂上への道筋の見当も付かないまま、予定の日数が来て、東京に帰った。
翌明治40年(1907年)。本調査が始まった。
柴崎と、部下である木山竹吉と生田信に、案内人として長次郎と、その仲間である宮本金作、岩本鶴次郎、山口久右衛門の7人が、山に入る。
同時に、西洋の最新装備を誇る、小島烏水率いる日本山岳会の一団も劔岳初登頂を目指しており、陸軍は面子にかけて「初登頂」を厳命していたが、
柴崎は淡々と剣岳周辺の山々に登っては、三角点を埋設し、測量して回るのだった。
予定の三角点を埋設し終え、いよいよ劔岳山頂を目指す柴崎隊。
しかし、想像を絶する険しさの劔岳は、彼らを寄せ付けない。
雪崩に巻き込まれたり、滑落したり、激しい風雨に遭難しかけたり、命懸けの苦行を重ねても登頂経路を見出せず、柴崎隊は疲弊して行く。
そうまでして、何故測量するのか?〜柴崎は、苦悩する。
先に登頂してみせると息巻いていた日本山岳会も、剣岳山頂を見上げて、先に進めずにいた。
天幕拠点で遭遇した柴崎隊に、小島は、自分達は登るのが目的だが、柴崎達は登ってからが仕事だと、敬意を持って言葉をかけた。
又、古田からは、何をしたかではなく、何のためにそれをしたかが大事だと、手紙が届いた。
思いも新たに、劔岳に挑む柴崎隊。
「雪を背負ってのぼり、雪を背負って降りよ」〜事前調査の時に出会った行者の言葉から着想して、柴崎と長次郎は、雪渓を登ることを決めた。
気象状態の良い日に、柴崎隊は、雪渓から劔岳頂上へと進み、思いもよらない物を発見する・・・・・・・・・・。
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| 一言 |
脚色はあると思われるけれど、軍の何と意地汚く、山男達の何と清々しいことか。
軍が、「前人未踏」の頂の「初登頂」でなければ無かったことにしたいと考える一方で、
現地の厳しい山で競い合った二つの登山隊は、お互いを認め合う。
〜「何のためにそれをしたかが大事」であるからこそ、初登頂であろうとなかろうと、
日本地図の空白を埋めた(実在の)柴崎達の功績が偉大であることは、揺るぎないものです。
さて、その、柴崎達の命懸けの“行”を映像化するにあたり、出演者もスタッフも、本当に劔岳をはじめとする立山連峰の山々に登り(しかも機材も持って!”)、
空撮もCGも無しで撮り上げたことは、驚異です。
愚直に実在の人物の行為を“追体験”して撮影された映像は、半ばドキュメンタリーとも言えるでしょう。
雄大な自然を舞台にした本作は、大きなスクリーンが相応しい大作です。
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