| 公開 |
2008年8月2日 |
| 監督 |
阪本順治 |
| 原作 |
梁石日 |
| 脚本 |
阪本順治 |
| 音楽 |
岩代太郎 |
出演 |
江口洋介、宮崎あおい、妻夫木聡、プライマー・ラッチャタ、プラパドン・スワンハン、豊原功補、佐藤浩市、鈴木砂羽、他 |
| 備考 |
|
| 物語 |
日本新聞社バンコク支局の記者・南部浩行は、東京の本社の指示を受けて、ある情報の取材を開始した。
それは、近々、日本人の子供がタイに行き、臓器移植手術を受けるらしいというものだった。
闇社会に通じる人物から得た情報は、生きたままのタイの子供の体から臓器がえぐり取られて移植されるという、衝撃的な内容・・・・。
南部は本社に報告し、さらに取材を続ける。
東京の大学で福士を学んだ音羽恵子は、バンコクのNPO組織「愛あふれる家」にやって来た。
アジアの子供たちのために何かをしたいという思いからのことだが、自分探しの旅でもある。
ナパポーン所長率いるNPOは、読み書きを教えていた少女・アランヤーがしばらく姿を見せないことを気にしていた。
親は、仕事が忙しいからと言ってナパポーン達をあしらうが、実はアランヤーは、貧しさ故に幾ばくかの金で、マフィアの売春宿に売られたのだった。
売春宿では、アランヤーと同じようにマフィアに買われた子供達が何人も、劣悪な部屋に監禁されて、外国人幼児性愛者の相手をさせられ、
逆らえば暴力で痛めつけられ、病気になれば捨てられる・・・・。
アランヤーが売春宿に連れてこられる少し前には、ヤイルーンという少女が、エイズで弱り、ゴミ袋に入れて捨てられていた。
廃棄場で、ゴミ袋を破って出たヤイルーンは、衰弱した体で、妹・センラーがいる村を目指して歩き続ける。
南部が「愛あふれる家」を訪ね、臓器移植の情報を聞いたスタッフは衝撃を受ける。
しばらくして、音羽が南部と一緒に日本に戻った。
東京で、本社の記者・清水と南部が、子供に臓器移植を受けさせようとしている会社員・梶川の家を訪ねた。
取材としての訪問だったが、同行した音羽が感情的になって「人の命をお金で買うんですか!」と叫び、話は決裂する。
NPOの音羽は、目の前の命を救いたいのに対し、記者である清水や南部は、1人を救ってもシステムが残っている限り別の誰かが犠牲になるだけで、
それを止める方法を探さなくてはならない、という考え方なのだ。
見て見ぬふりをするのかと詰問する音羽に、清水は「見て、見たことを書く」と返すが、NPOと記者の考え方は決定的に違っており、それ以上行動を共にするのは無理だった・・・・。
タイに戻り、南部は、日本人のフリーカメラマン・与田を雇い、マフィアに脅迫されて危険を感じながらも、取材を続けた。
そして、手術を受けるためにタイに降り立つ梶川親子の姿と、臓器提供者であるタイ人少女(この少女こそ、ヤイルーンに続いて売られた妹・センラー!)の姿を、見て、撮ったのだった。
「愛あふれる家」では、アランヤーがマフィアの目を盗んで出した手紙を受けて、彼女の救出に取り組んでいた。
売春宿は探し当てたが、マフィアから取り返すのは至難の業だ。
絶望的な状況の中、音羽は売春宿からゴミ袋が運び出されるのを監視し続け、遂に、人間が入っているらしき袋を発見する。
マフィアの男と格闘し、負傷したが、音羽はゴミ袋の中の、エイズに冒されたアランヤーを連れ出すことに成功した。
ヤイルーンは、這いつくばって村に着いた。しかし、重篤なヤイルーンに、村の親は、為す術がない・・・・。
マフィアは、黙っていなかった。ナパポーンの目の前で、片腕と頼んでいたレックが暗殺されてしまう。
悲しみに暮れるナパポーンは、しかし、決起した。
チラシを作って、配り、児童売春に反対する集会を開く。
民衆が集い、国境で活動していたメンバーが新たな仲間を連れて駆けつけた・・・・が、マフィアの内通者が紛れ込んでいた。
集会の広場は、マフィアと、警備に当たっていた警察との、銃撃戦の戦場と化す。
逃げ惑う人々の中で、音羽は、両手に子供の手を引いて走る。
駆けつけた南部が音羽の手をつかみ、日本に帰ろうと告げるが、音羽は「自分に言い訳したくない」と言い返し、タイ語で「手を離して!」と叫んで振り払う・・・・・・・・・・。
|
| 一言 |
タイで行われる児童売春(女児も男児も)と臓器売買・・・・何と、残酷で、陰惨で、救いのない物語!!
貧困のために、幼い子供がマフィアに(安い金で)買われて、売春宿で外国人相手に陵辱され(男が男児と、という組み合わせも!)、
客を拒めば鞭打たれ、病気(エイズ)になればゴミ袋に入れて捨てられ、脱出して故郷に辿り着いてもエイズの治療など受けられずに死んで行く。
また健康なら、外国の病気の子供のために、生きたまま臓器を摘出され、当然命はない。
〜映画のための作り話も混ざっているとはいえ、「東京から(地図上で)20cmのとこ」でこんなことが起きているのだと、映像化して見せたこの映画は、
大変な問題作です。「衝撃的」という言葉は、この映画にこそ使う言葉でしょう。
NGO職員・音羽は、一人の命を救おうと苦闘し、記者・南部は、システム自体が残っている限り誰かが殺されるのだと、事実をありのまま暴くことに注力し、
惨劇の大混乱の最中で、それまで日本人同士では日本語で話していた音羽が、南部にタイ語で言い返した時、二人の立場が決定的に違ったことが鮮明になりました。
音羽は手の届く僅かな命だけでも守る覚悟を決めた一方で、南部はあくまで“外国人”なのだと。
そして、「犯罪」に鉄槌が下される希望が見えた後の、あのラストシーンは、何?
解釈次第では、酷さの上に酷さを重ねるような終わり方でした。
「見て、見たままを書く」南部が、「見た」ことをどう書いたのかは、見たかったところです。
売春宿での、折檻、外国人客が子供にする行為、ゴミ袋の子供、病に蝕まれる子供、息絶えて虫に蝕まれる子供、小屋ごと焼かれる子供
・・・・直視し難い映像にまみれたこの映画は、見るべき、というよりは、見なくてはならない映画だと感じました。
そして、知らなければならないのです。
ある国では、貧困のために、子供の人権が、僅かばかりの金と引き換えに奪われていることを。
生命さえ、虫けらの如く失われていることを。
闇の中で生き、闇の中で消えて行く、子供達のことを!
|