「余命1ヶ月の花嫁」

公開
2009年5月9日
監督
廣木隆一
脚本
斉藤ひろし
音楽
大橋好規
出演
榮倉奈々、瑛太、柄本明、手塚理美、安田美沙子、大杉蓮、上原美佐、伴杏里、星野美穂、田口トモロヲ、
津田寛治、他
備考
  
物語
 赤須太郎は、仕事上の“間違い”で、イベントコンパニオンの長島千恵と知り合った。 デートを重ねて、太郎が改めて交際を申し込んだ時、千恵は戸惑って見せたが、2人はつき合い、太郎のマンションで同棲するようになる。
 千恵の父・貞士との面会も果たし、太郎は千恵との結婚も意識し始めていたが、楽しい日々は長く続かなかった。 ある日、千恵の髪がごっそり抜けているのに気付いた太郎が問い詰めると、彼女は、つきあい始めた頃に乳ガンの診断を受けていて、 ずっと飲んでいた抗ガン剤の影響だと説明した。 さらに、左の乳房を切除しなければならないことも告げ、千恵は、太郎の前から姿を消した。
 貞士の元に通い詰めて、ようやく千恵の居場所を教えてもらった太郎は、屋久島へ向かった。 千恵は、手術の後、太郎から話を聞いていた屋久島を訪れていたのだった。 再会を果たした太郎を、千恵は乳房を失った左胸の手術跡を見せて、拒絶しようとしたが、太郎の意志は固かった。 千恵が千恵のままならいい、太郎が太郎のままならいい〜変わらない気持ちを確かめ合って、2人は東京に帰った。
 2人が取り戻した幸せな生活も、長くはなかった。千恵のガンが再発したのだ。 再入院して検査した結果、骨にまで転移していて、手術も放射線治療もしようがなく、余命は週単位、1ヶ月以内だと、 貞士と、千恵の叔母・加代子と、太郎は、主治医から聞かされ、呆然とする。
 貞士達は、本人には余命の告知はしないことにして、薬物治療(緩和に過ぎないのだが)を受ける千恵を懸命に支える。 太郎も、千恵の病室に泊まり込んで、日中は出勤し、夜は千恵に寄り添った。
 千恵は、自らの命が残り少ないことを、悟っていた。 友人に頼んでテレビ局の人を紹介してもらい、自分のことを取材してもらうことにした。 太郎は反対したが、千恵は、20歳そこそこでも乳ガンにかかることを伝えたい、胸のしこりに気付いて1ヶ月放っていた自分と同じ過ちを犯さないよう伝えたいという思いを語った。 結局太郎は協力して、テレビ局が置いていったビデオカメラで、病室の千恵の姿を撮るのだった。
 千恵の病状は悪化し、衰弱が進む。 太郎は、千恵の友人・花子に相談を持ちかける。千恵に、ウエディングドレスを着せてやりたい、と。 花子は、賛同した。
 突然の太郎の申し出に、戸惑った千恵だが、ウエディングドレスを着て写真を撮るだけなら、と同意した。
 当日、教会の前で親しい友人達に囲まれて、新郎姿の太郎や父・貞士と共に、ウエディングドレス姿でカメラの前に立つ千恵。 写真撮影は無事終了した時・・・・・・・・・・・。
一言
 主人公、あるいは準主人公が、不治の病で死んでしまう映画は、少なからずあります。 この映画もそんな、病気ものの悲劇物語の一つではあります。 しかし、基となっている実話(登場人物も実名)が、本作に輝きというか、異彩を放たせているように感じました。
 みなさんに
 明日が来ることは奇跡です。
 それを知ってるだけで、
 日常は幸せなことだらけで
 溢れてます。

 宣伝用チラシにも載せられている、冒頭のメッセージは、この作品を凝縮しています。
 「昼間は何してるの?」
 「生きてる。」

 生きていること、ただそれだけのことの素晴らしさを表すこのやり取りも、名場面の一つです。
 でもそれ以上に、ここがこの映画の肝だと思ったのが、テレビ局の取材シーンです。 短いシーンですが、取材シーンと、続いて、疑問をぶつける太郎に千恵がその意義を説くシーンに、この映画が、というよりも、 故人が一番伝えたかったこと〜20歳そこそこの若さでも乳ガンにかかる可能性はあること、異常に気付いたら早く診察を受けるべきであること〜 が詰まっているのです。 ここに時間を割き過ぎないことで商業映画としてのバランスを保ちながら、重要な警鐘はしっかりと、本作の心臓部分になっています。
 全体的には、とても展開が早く感じられました。 一つ一つのエピソード、一つ一つのシーンが、ともすれば尻切れ気味なくらい、断片的に進むのです。 この“早さ”は、実在の長島千恵さんの生きた時間の短さを表しているのかもしれません。

 エンドロールにおいて、千恵役の榮倉奈々の名前は、ヒロインとして定位置である筈の先頭ではなく、一番最後が定位置である監督の、そのまた後という、 異例とも言える位置に置かれていました。 榮倉奈々は本作の中で、それに相応しい働きをしていたと思います。



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