「黄泉がえり」

公開
2003年1月18日
監督
塩田昭彦
脚本
犬童一心、斉藤ひろし、塩田明彦
音楽
千住明
出演
草なぎ剛、竹内結子、石田ゆり子、哀川翔、山本圭壱、伊藤美咲、忍足亜希子、東新良和、長澤まさみ、 市原隼人、寺門ジモン、RUI、伊勢谷友介、北林谷栄、田中邦衛、他
備考
 
物語
 熊本県の阿蘇で、58年前に失踪した男児・勝雄が当時の姿のまま、86歳になった母・内藤サキの前に現れた−。
 厚生労働省に勤める川田平太は、熊本県庁の梶原と、サキの親戚でもある医科大学の神崎教授に迎えられて、彼自身の故郷でもある阿蘇に入った。 初めは信じていなかった平太だが、失踪した勝雄と現れた男児が間違いなく同一人物だと分かり、驚く。
 黄泉の国から帰って来た“黄泉がえり”は、勝雄だけではなかった。 お迎えを待つばかりの夫・津田春雄のところに帰って来た妻・嘉子、ラーメン店を守る妻・玲子の元に帰って来た夫・周平、肉親のいない弟・中島英也の前に帰って来た兄・優一。 自殺した少年・山田克典は、自身の通夜に現れ、ろうあの妻・園子は、夫・斉藤医師と、自らの命と引き換えに産んだ娘・幸子と再会・・・・。
 町役場の住民課で働く橘葵は、“黄泉がえった”人の戸籍回復の申請を受ける。 幼なじみの平太と葵は、共に“黄泉がえり”に関わることになった。 葵には死んだフィアンセ・俊介がいた。 俊介は平太の友人でもあった。 葵は、俊介の“黄泉がえり“を期待したが、彼はかえって来ない。
 あまりの“黄泉がえり”の多さに、本格的な調査が始まった。 “黄泉がえり”を探し出し、情報を集め、健康検査をし、カウンセリングを行う。 神崎教授達はさらに、3人の少年を熊本市に移して徹底的に検査しようとしたが、阿蘇を離れる列車の中、少年達は消えた。 彼らは瞬時に、彼らが“黄泉がえる”ことを願っていた人の元に移動したのだった。
 阿蘇の森で、大きなクレーターのようなものが発見された。 そこは、人体には感じられない程度の重力場だった。 そこで得られたデータに、“黄泉がえり”のデータを重ねると・・・・“黄泉がえり”が起きた条件が浮かび上がった。
 崖下に転落した自動車が発見された。 車内に残されていた、血染めの紙封筒が、平太の元に持ち込まれた。 それは、葵の持ち物。 愕然とする平太・・・・。
 “黄泉がえり”には、期限があった。 「明日」で終わりだと、“黄泉がえり”達は一斉に悟る。 勝雄から期限を聞かされた平太は、俊介を“黄泉がえらせる”ことを決心する。
 最後の日。 葵は平太に会いたかったが、平太は鹿児島にいた。 電話で葵に、俊介が好きだったRUIの緊急ライブが開催される会場で待つように告げ、平太は阿蘇へ急いだ。
 阿蘇。葵は野外ライブの会場で待っていた。 ライブが進み、命の光が空に舞い上がり始める。 平太は、俊介を“黄泉がえらせる”のに必要な物を持って、会場に向かって走っていた・・・・
※上の空白部分は、重要な事実のネタばれになるので、文字色を背景と同色にして、読めなくしてあります。 既に見ているから大丈夫、あるいは気にしないという方ば、マウスでドラッグすると、文字が白色に反転して、読めるようになります。
一言
 大群像劇。 もしも、死んでしまった人がよみがえったら? 逢いたいと願っていた人が本当に目の前に現れた、その驚き、喜び、そして戸惑い・・・・ それぞれに割り当てられる時間は少ないけれど、多くの登場人物の、それぞれの事情と思いを描くことで、物語に厚みが生まれました。
 少し惜しいのは、主人公・平太と、葵と俊介、3人の関係に重きが移ってしまったこと。 途中で驚くべき事実が分かり(前半に、随分雑なカットの切り方をするなと思うところがあったのが、実は重要な伏線だった!)、それはそれで面白い展開となるのですが、終盤で多くの“黄泉がえり”がおざなりにされてしまった感は否めません。 思いがけない「再会」の後に待ち受けていた「再びの別れ」を、人々はどう迎えたのか、“その瞬間”の描写は割愛されてしまったのだから・・・・。
 クレーター発見をきっかけに進んだ「黄泉がえりの条件」の解明は、物語上必要なことだったのですが、クレーター自体がなんだったのかという疑問が残ってしまいました。
 クライマックスの舞台になった「RUIの緊急ライブ」は、必要だったのか疑問。 そこに“黄泉がえり”が全員集合でもすればともかく、そういうわけではなかったし。
 「再びの別れ」の後の人々の態度は、皆、意外に平静であると、平太の語りで紹介されています。 平太自身には悲劇的結末だったのですが、それもまた、不幸な出来事では無かったようです。 片思いしていた同級生・克典と「再会」出来た少女・直美の言葉を引用して。 「ほんのわずかな時間でも、心が通い合った事実があれば、前向きに生きていける」(大体こんな内容の台詞)と。
 クライマックスも十分せつないのですが(主人公自身が緊迫感を欠いていたきらいがあるのが難点)、 一番泣けるのは冒頭の、曾祖母のような年齢の母(サキ)と、ひ孫のような年齢の子供(勝雄)の、58年ぶりの「再会」です。
 後で考えるといろいろ語り尽くされていない点が多いように思うのですが、見ている間は気になりませんでした。 同じように死者が時間限定で帰ってくる、大林宣彦監督の「あした」を見た記憶が、足りないところを補っていたようです。 まっさらの状態で鑑賞すると、印象が違うかもしれません。



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