NEW 2026.7.11
☆川島雄三監督作品レビュー❶
東京映画・東宝・宝塚映画時代

『赤坂の姉妹より 夜の肌』~『イチかバチか』(遺作) 8作品
予告篇=YouTube東宝クラシックス

注:作品レビューにはおおまかなストーリー展開~ラストシーンも記述している。

未見の方はその点を事前に了承してお読みいただきたい。

題名・予告編→各作品へ


題名

製作会社、
公開年

主な出演者

DVD

『赤坂の姉妹より 夜の肌』

東京映画 1960(昭和35)年 淡島千景、新珠三千代、川口知子、フランキー堺、伊藤雄之助 DVD化

予告篇

『縞の背広の親分衆』

東京映画 1961(昭和36)年 森繁久彌、淡島千景、フランキー堺、団令子、有島一郎、渥美清 DVD化

予告篇
『特急にっぽん』 東宝 1961(昭和36)年 フランキー堺、団令子、白川由美、森川信、小沢栄太郎、中島そのみ DVD化

予告篇
『花影』 東京映画 1961(昭和36)年 池内淳子、佐野周二、有島一郎、池部良、三橋達也、高島忠夫 DVD化

予告篇
『青べか物語』 東京映画 1962(昭和37)年 森繁久彌、左幸子、東野英治郎、左卜全、桂小金治、加藤武 DVD化

予告篇
『箱根山』 東宝 1962(昭和37)年  加山雄三、星由里子、東山千栄子、藤原釜足、佐野周二、三宅邦子 DVD化

予告篇
『喜劇 とんかつ一代』 東京映画 1963(昭和38)年 森繁久彌、淡島千景、加東大介、山茶花究、フランキー堺、三木のり平 DVD化

予告篇
『イチかバチか』 東宝 1963(昭和38)年 高島忠夫、伴淳三郎、ハナ肇、団令子、水野久美、山茶花究 DVD化


 タイトル 作品レビュー 
『赤坂の姉妹より 夜の肌』 原作=由紀しげ子、脚本=八住利雄、柳沢類寿、川島雄三、撮影=安本淳、美術=小島基司、音楽=真鍋理一郎。

出演: 淡島千景、新珠三千代、伊藤雄之助、フランキー堺、川口知子、三橋達也、山岡久乃、中村是好、菅井きん、

久慈あさみ、田崎潤など。「稽古中の灰皿投げ」で有名な演出家の蜷川幸雄が大学生役で出演している。

 

赤坂のバーや料亭を舞台にした風俗映画。
三人姉妹(淡島千景、新珠三千代、川口知子)の生き方を描いた女性映画でもある

川島雄三監督は本作について

「 ~これはもう明らかに風俗映画というつもりで、国会議事堂から直接距離で八百メートル位のところにある赤坂の風俗を描いてみました。これもナレーションものです。~」(「川島雄三 乱調の美学」 P119)

と述べている。

 

【アバンタイトル】

東宝映画、東京映画のクレジットの後、地下鉄「国会議事堂前駅」の出口が映り、リュックを背負ったいかにも田舎娘=鳴海冬子(川口知子)が出てくる。

国会議事堂の門のところに花とりんごを置くと、議事堂警備の警察官から「もしもし、南通用門なら向こうだよ。あの事件はここではなかったよ」と指摘される。

60年安保の直後の話、国会へのデモで亡くなった樺美智子のことだ。

続いて当時の「総理官邸」から黒塗りの車が出てくる。

その車を追いかける数台の黒塗りの車とのカーチェイスシーン。

東京オリンピック前のまだ首都高速も無い時代で車もほとんど走っていないとはいえこのカーチェイスの迫力は凄い。今なら同じ場所での撮影は絶対に不可能だろう。

赤坂の板塀の前に人力車があり、その後ろには後年火災事故を起こした「ホテルニュージャパン」らしき建物が映っている。その狭い道を黒塗りの車がキィッというブレーキ音を立て走リ抜ける。

一軒の料亭「照井」の前に車が止まり、中に入っていく中年の男=与党の議員・植谷喜久三(伊藤雄之助)。

後を追いかける新聞記者たちだが玄関で足止めされる。

女将の照井せい(山岡久乃)と鳴海夏生(淡島千景)のいる座敷に、「梅谷先生がいらした」との連絡が入る。

そのまま料亭の中を通り裏門に待たせてあるタクシーに乗り込む。

新聞記者をまくためのいわゆる「籠(かご)抜け」だ。

タクシーは当時の「ホテルニュージャパン」らしき建物の正面に着く。

中はセットだろう。「Hotel FAR EAST」とある。

ロビーから部屋へ向かう植谷。

 
一方、鳴海冬子(川口知子)は地図を持って店を訪ねるが閉まっている。

「BAR しいの実」で姉・夏生の店だ。

仕方なく冬子は隣の印刷屋を訪ねる。

ここでの印刷屋の夫婦(中村是好、菅井きん)との会話で、冬子は信州から出てきた夏生の末の妹とわかる。

印刷屋の前の道は本作に何度も出てくるが、後ろに赤坂・日枝神社の鳥居があり実際のロケーションに間違いない。

コンクリート舗装されていない土の道だ。


料亭「照井」でのせいと夏生の会話に続いて、

夏生の妹・秋江(新珠三千代)が自動車教習所で車の運転をしているシーンに変わる。

後部座席には夏生の元恋人で今は秋江の恋人の田辺潤平(フランキー堺)。


突然、ベッドに横たわる女の足が映り、カメラの横移動でタバコを吸っている女の表情となる。

新劇女優・赤木里枝 (久慈あさみ)と部屋にいるのは植谷。

電話がかかってきて「9階の師団司令部からよ」と里枝が伝える。


政治家が集まっている部屋。

会話から、ホテルの一室は与党の反主流派の選挙対策本部で植谷はそのリーダーであることが明かされる。

その部屋に入ってくる植谷。秘書がお絞りを渡し、「先生、口紅」と言い、「これは」と皆で笑う。

 
長々と書いたが、何とここまでがアバンタイトルである。

時間にして約7分30秒。

クレジットタイトル前に主要な人物の紹介終わりだ。

 
江戸時代の赤坂の地図を背景に、映画タイトルの赤坂の姉妹より 夜の肌 と出る。

 
タイトルバックは俯瞰でとらえた赤坂の街の昼間の映像と加藤武のナレーション。

この感じは『幕末太陽傳』(57)とよく似ている。 


「大小料亭五十九軒~」のナレーションの夜の赤坂の映像に変わってから、クレジットタイトルの前半、

スタッフのクレジットが始まる。背景は料亭の映像が続く。

突然、バイブラフォンが映りジャズ調の音楽でナイトクラブが背景となる。

そこから後半のキャストのクレジットが始まる。

 
クレジットタイトルのスタッフとキャストを背景画面で分けたこのタイミングの感覚も洒脱で素晴らしい。

音楽は真鍋理一郎。

最後に、夏生の経営する「BARしいの実」の看板の画面。

監督 川島雄三となってクレジットタイトルは終了する。 


ファーストシーンは、「BARしいの実」の混雑した店内。

カウンターの横から夏生がバーテンに、「ミネラルウォーターを取って」と言う。

店内の座敷では中年の男たちが小学校の同窓会をして唄って騒いでいる。

 

ストーリーは、「BARしいの実」を主舞台に、三姉妹(長女・鳴海夏生=淡島千景、次女・鳴海秋江=新珠三千代、三女・鳴海冬子=川口知子)の葛藤とそれを取り巻く人物たちを描く。

「BARしいの実」は、途中で改装して「まごころ」と名を変える。現代だとショットバーという感じの店だ。

タイトル通り、赤坂がもう一つの主役といってよい。

随所に挿入される加藤武のナレーションと赤坂、溜池の当時の映像。

日枝神社、豊川稲荷、氷川神社(各著者撮影写真)の歴史も語られる。

現代の高層ビルの多い赤坂と比較するとあまりの風景の変化に驚いてしまう。

この時代の赤坂は江戸情緒が残り、静かで落ち着いていて魅力的だ。

前半に繰り広げられる長女・夏生(淡島千景)と次女・秋江(新珠三千代)との激しい姉妹喧嘩。
川島映画にはよく出て来る「女性同士の喧嘩」だが(例:『幕末太陽伝』の南田洋子VS左幸子など)
他の監督作品ではよく見られる「口喧嘩」だけではなく、

口喧嘩をきっかけに→取っ組み合いや物を投げつけるといった直接的な身体を使った喧嘩で、

なかなかの迫力。そして時間的に結構執拗に長く続く(川島演出だろう)のが特徴。

個人的には本作の二人の喧嘩が川島映画の中の女バトルシーンではナンバーワンだと思う。
本作の中でも見せ場の一つ。
撮影しながら「クックック」と心の中で笑っている(ような)川島監督の意地悪い感じが
透けて見えて面白い。

冬子の学生仲間の中に当時新人役者であった演出家・蜷川幸雄が登場している。演技はあまり上手くない。

 

料亭「照井」の女将せい役の山岡久乃、与党の大物政治家・植谷役の伊藤雄之助の二人の存在感が圧倒的だ。

後半には大学教授・中平役で川島映画常連の三橋達也も登場する。

 

後半に描かれるテレビ局「テレビ東京」のセットは当然ながら東京放送(TBS)をモデルにしているのだろう。

 

ラスト前。植谷の力で料亭「照井」の営業を引き継ぎ新たに料亭「まごころ」の女将となる長女=夏生。

仕事でブラジルに行った田辺潤平(フランキー堺)の後を追ってブラジルに行くことを決意した次女=秋江。

北海道の炭鉱の労働争議に行き怪我をして東京へ戻ってきた三女=冬子。

三姉妹のそれぞれの生き方が対照的に描かれる。

 

ラストシーン

和室で頭に包帯を巻いて布団に横たわっている冬子の横に座っている姉の夏生。

夏生が冬子に話しかける。

「冬ちゃん、あんたさっき言ってたね。ラテン語の台詞。そう、あたしは全力を尽くした。

できるものなら、もっと上手にやってみるがいい」。

そこに従業員の女が入ってきて「女将さん、総理がお見えになりました」。

「そう」と答え、鏡台で身だしなみを確認してから向かう夏生。

障子の間からしんしんと降る雪。三味線の音がかぶる。総理が通る畳の廊下とお座敷での芸者の踊りの姿。

場面転換し、涙を浮かべて天井を見ている冬子の横顔のアップ。バックにはスペイン音楽風のギター。

 

アバンタイトルに出てきた夜の赤坂の俯瞰映像に雪が降っていて、画面奥には国会議事堂の姿が。

余韻のある実に見事なラストシーンである。

ファーストシーンで、国会議事堂の脇に安保闘争で亡くなった女子学生に花とりんごを供えた川口知子が、

ラストシーンは炭鉱の労働争議で自分が怪我をして布団に横たわっているという関係性も渋い。

 

川島雄三は考え抜かれた映像表現を、これ見よがしではなく江戸前にさらっと行う。

それが魅力だ。野暮な説明を嫌った成瀬巳喜男、小津安二郎と共通する職人気質である。

 

単なる風俗映画に終わらず、三人姉妹の生き様を繊細に描き、

かつ洒脱な演出のアイデアに満ち溢れた川島映画の傑作の1本である。

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『縞の背広の親分衆』

原作は脚本家の八住利雄。脚色=柳沢類寿、撮影=岡崎宏三、美術=小島基司、音楽=松井八郎。

出演は森繁久彌、フランキー堺、淡島千景、有島一郎、団令子、田浦正巳、桂小金治など。

有名になる前の渥美清、愛川欽也も出演している。


一言で言えば「任侠映画」のパロディのようなコメディ映画である。


川島雄三監督は本作について

「 ~シナリオなしでワンシーン撮り、あとは柳沢類寿君に毎日、号外を書かせて、

職人的腕前でやってくれ-という東京映画の依頼で、やりました。~」 (「川島雄三 乱調の美学」 P120)

と述べている。


東宝映画、東京映画のクレジットに続いて、映画タイトルが出る。

東宝の娯楽作品を思わせる明るい音楽。

本作にはアバンタイトルは無い。映画タイトルに続きクレジットタイトルは森繁久彌の唄がかぶさる。

三味線の音色も入り悲しげなメロディの、任侠映画にありそうな唄だ。


ファーストシーンは、人物の靴が映りズボンのポケットから

サイコロ二つとマージャンの点数棒のような物(チクレガラナ)が落ちる。少しサイレント映画風だ。

それを拾う男。ブラジルから20年振りに帰国した守野圭助(森繁久彌)である。

場所は大型船が停泊している東京湾だ。芝浦埠頭あたりだろう。 


道路工事現場でその用地にある「お狸様 (おたぬきさま)」にお参りする圭助。

大鳥組 (おおとりぐみ)の幹部だった圭助が逃亡先の南米から帰ってみると組は没落してしまい、

新興の風月組(組長は有島一郎)が勢力を伸ばしていてという、やくざ映画の典型的なストーリーであるが、

それをナンセンスなギャグを盛り込み、明るくコメディタッチに描く。

 

亡くなった大鳥組の親分が揃えていた縞の背広を着る圭助、子分のスモーキージョー=仙川浄慈(フランキー堺)、

姐さん=大島しま(淡島千景)の三人が親分の墓参りをする。これが映画タイトルそのものだ。

 

圭助としまが大島組の玄関先で仁義を切る、博打場と警察の手入れの任侠映画の雰囲気のシーン。

ドタバタ調のダンスシーンなど、

日活アクション映画と東宝青春映画が合わさったような雰囲気のシーンが交互に登場する。

このブレンド具合が奇妙だが、面白い。

親分の娘で家出した万里子 (団令子)が登場するシーンは、ラテン調の明るいリズミカルな音楽が流れ、

正に東宝青春映画そのものだ。

東京映画・東宝時代の川島映画を集中的に観て感じるのは、淡島千景と並んで欠かせない女優が団令子である。

準主役で多くの川島映画に出演している。

 

東京映画・東宝時代の川島映画には、突然ナンセンスなギャグのふざけたシーンが出てくる映画も多く、

本作も全篇にナンセンスなタッチが漂っている。

なにしろ、典型的なやくざ者だった圭助が突然、昔の女の世話で「象屋百貨店」に勤め、

赤い背広を着込み口調も変わってクレーム係になってしまうのだ。

象屋百貨店の社歌が流れる。「♪ぞうや、ぞうや。エレファント―♪」。何というくだらない歌詞か。

圭助がしまに宛てた長い巻き手紙によると「大鳥組の再興資金を稼ぐため」がその理由となっている。

 

ラスト近く、風月組からの果たし状が圭助に届く。

果たし状が郵便で届き、中に地図まで入っていて、さらに切手が料金不足だというのは

「任侠映画」には有り得ない秀逸なギャグだ。そんな果たし状など見たことがない。

 

【ラストシーン】

圭助の子供と名乗る三人の子供が民族衣装にサングラスで料亭の玄関に現れ、

カメラに向かってスペイン語で挨拶し、サングラスを取ってニッコリと笑う。

この唐突なラストもドタバタ喜劇色の強い本作を象徴したような終わり方だ。

 

本作のロケーションには、芝浦、芝公園、愛宕神社、東雲の埋立地あたりが登場する。

全体的にまとまりのない映画であり、川島映画の中であまり出来はいいと言えないだろうが、

「任侠映画」のパロディとしては十分に楽しめる。

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『特急にっぽん』

原作は獅子文六の「七時間半」。脚本=成瀬映画や東宝の娯楽作品を多く書いている笠原良三、

撮影=遠藤精一、美術=小川一男、音楽=真鍋理一郎。

出演はフランキー堺、団令子、白川由美、森川信、小沢栄太郎、沢村貞子、中島そのみ、横山道代など

 

新幹線「ひかり」以前の「特急こだま」の食堂車を中心に、

東京から大阪までの6時間半(原作当時の時間からすでに1時間速くなっている)の車内での様々な出来事を描く。

 

川島雄三監督は本作について

「 ~獅子文六先生のものとしては、随筆的に面白い面があり、生かさなければと思いましたが、

そんなことをいうのも、いいわけになってしまうような写真になりました。」(「川島雄三 乱調の美学」 P121)

と述べている。

 

東宝のクレジットに続いて、映画タイトルが出る。

アバンタイトルは無い。

タイトルのデザイン、明るい曲調の音楽とも、この時期の東宝『社長シリーズ』『駅前シリーズ』のような感じ。

タイトルバックは、東京・品川と田町の間の操車場 (現在の「高輪ゲートウェイ駅」のあたり)の俯瞰映像で、

このあたりも極めて普通の娯楽映画風である。奇をてらったような感じは全く無い。

 

ファーストシーンは俯瞰映像から続いて、ビルの屋上のお稲荷さんに供え物をしている藤倉サヨ子 (団令子)。

日本食堂(実名で登場する)の東京営業所の屋上である。

画面右側に見える道は第一京浜であろう。先のほうへ行けば『幕末太陽傳』(57)の舞台の品川だ。

 

その後、「特急こだま」に乗り込む前の忙しい朝の風景が描かれる。

女子社員(ウェイトレス)たちの朝風呂、点呼シーン、男子社員(コック)たちの食材の仕込み、運搬シーンなどが続く。      

 

ストーリーの中心は、食堂車のコック・矢板喜一 (フランキー堺)=通称キイヤンと、

食堂車のリーダーの会計係・藤倉サヨ子(団令子)、

車内係の美人スチュワーデス・今出川有女子(白川由美)の三角関係だ。

そこに「特急こだま」の奇妙な乗客たちのストーリーが絡んで展開していく。

 

品川の操車場から出発駅の東京駅へ「特急こだま」が向かう。

映画は東京を舞台に始まるのに、主演のフランキー堺をはじめ、団令子やその他の出演者の多くが関西弁を話す。

その中で白川由美は山の手言葉のような標準語だ。

スチュワーデス(現パーサー)の制服姿がとても魅力的。

 

乗客として登場するのは、

・甲賀げん (沢村貞子)親子

・ガム会社の社長で白川由美に求婚している岸和田太市(小沢栄太郎)

・熱海から乗車し岸和田の隣の席に座って親しくなる、実は女スリの伊藤ヤエ子(中島そのみ)

その他多数。      

 

タイトル通り、舞台がほとんど「特急こだま」の車中なので、

狭い通路を行ったり来たりする映像を観ていると少し疲れてくる。

 

川島雄三らしい馬鹿馬鹿しい演出シーンがある。

ヤエ子(中島そのみ)が熱海から乗車してきて、イビキをかいて熟睡している岸和田太市(小沢栄太郎)の隣に座る。

起きた岸和田と会話するが、ヤエ子は風船ガムをふくらませる。

「ガムいかが」とガムを差し出すヤエ子に対して、「さくらガムですな。私は実は・・」と名刺を出す岸和田。

彼はさくらガムの社長だ。なんという偶然か。

ヤエ子が突然小声で唄いだす。

「♪さっさ、さくら、さくらガム♪」、すると隣の岸和田社長も一緒に唄い出す。

「♪さくら咲く春、恋の味♪」「♪チュッチュッ、チューインガム、さくらガム♪」。

なんというくだらない歌詞だろうか。

中島そのみと小沢栄太郎のリズムがピッタリあっていて、自然に笑ってしまう。

 

平凡な娯楽映画にある「無理やりにでも笑わせよう」というあざとさは無く、

さらっと上品な感じがさすが川島映画である。

典型的な娯楽作品を演出しても、一味違うのが川島映画の魅力なのだ。

名優・小沢栄太郎はこういう女好きで、金で何とかしようという魂胆の金持ち役を

演じさせたら右に出るものはいない。溝口健二、吉村公三郎、増村保造各監督の諸作品でもそのような役が多い。

 

その後、車内での爆発物騒ぎによる一時停車、騒がしい団体客などのエピソードも描かれ、大阪に到着する。

 

ラストシーン
なかなか斬新な展開だ。

カメラはホームから車中を窓越しに撮影している。

横移動の撮影だが、人物の会話シーンではぴたっと止まる。

矢板喜一(フランキー堺)と今出川有女子(白川由美)が会話している。

ラテン調のリズミカルな音楽が流れて、何を話しているかまったくわからない。二人の表情で読み取るしかない。

今度はカメラが横移動し、喜一は少しすねた感じの藤倉サヨ子(団令子)のところで会話をしている。

最後は仲直りした喜一とサヨ子とそれを追いかけるウェイトレスと

フランキー堺の上司・渡瀬政吉 (森川信)の姿で「おわり」のタイトル。

 

川島映画の中で傑作とは言えないものの、川島ファンにとってはこれも愛すべき1本だろう。

 

本作には私が生前親しくしていただいた成瀬組(8作品)助監督の故・石田勝心監督が、

駆け出しの助監督として付いている。譲っていただいた当時の貴重な使用台本の表紙写真

 

本作出演の白川由美さんとは「成瀬監督を偲ぶ会」(年に一度7/2の命日に実施)で生前面識があり、

私の持っていた本作の録画DVD(当時はまだDVD発売無し)をダビングしてご自宅に郵送した際、

私の自宅にお礼の電話をもらったのもいい思い出である。

「今度ごはん食べに行こう」とお誘いしていただいて楽しみにしていたのだが、

実現する前に突然お亡くなりになってしまわれた。残念。

電話では白川さんは共演の団令子についていろいろと話していたのだが、それは私だけの秘密にしておこう。

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『花影(かえい)』

大岡昇平原作の「花影 (かえい)」

脚本=菊島隆三、撮影=岡崎宏三、美術=小島基司、音楽=池野成。

出演は池内淳子、佐野周二、有島一郎、池部良、三橋達也、山岡久乃、高島忠夫など

 

銀座のバーのホステス・足立葉子(池内淳子)と彼女を取り巻く男たちを描いた文芸映画。

ヒロインの池内淳子の20代後半の綺麗さ、色気を堪能できる1本である。

 

川島雄三監督は本作について

「池内淳子の映画カムバック企画ですが、原作のヒロインと池内の年齢にズレがあって、

そのへんに苦労しました。」(「川島雄三 乱調の美学」 P125)

と述べている。

 

東宝、東京映画のクレジットに続いて、映画タイトルが出る。

アバンタイトルは無し。

池野成の音楽。バロック風の典雅なメロディとアコスティックギターらしき楽器の寂しげな主旋律が

本作の静かな雰囲気を表している。

クレジットタイトルは金の模様の入った絵か蒔絵のようなものを背景にスタッフ、キャストの名前が登場する。

川島映画ではタイトルバックで映画本編のストーリーが進んでいくことが多いのだが、

『花影』のオープニングにはそれが無い。川島映画の中では珍しい。

 

ファーストシーンは、銀座のバーの「トンボ」に客が入ってきて、ホステスたちが出迎える。

ヒロインの足立葉子(池内淳子)のことを噂するホステスたち。

その中には『若大将シリーズ』で加山雄三の妹役の中真千子の姿もある。

 

葉子が出勤し控え室でタバコをつける。本作では女も男もタバコを吸うシーンが実に多い。

入院中の「トンボ」のママ・戸田潤子 (山岡久乃)が病院から抜け出して店へ顔を出し、

バーテンに小言を言う。早口で小言を述べる山岡久乃の演技は絶品だ。

バーの仕事を終えて高級アパートに帰宅する池内淳子。

そこに男のナレーション (小山田宗徳)が入る。

「三島に住む義理の母へ出す遺書を書いている」というショッキングな内容が淡々と語られる。

「このような気持ちになったのは2年ほど前の秋」とナレーションが入り回想シーンに移る。

高級アパートの前の坂道と道路のロケーションは赤坂。

登場人物が自殺に向かっていくという映画は、洋画では1963(昭和38)年のフランス映画、ルイ・マル監督、

モーリス・ロネ主演の『鬼火Le Feu follet (原作ドリュ・ラ・ロシェル)』が有名だ。

 

ストーリーは、葉子(池内淳子)と大学教授・松崎勝也 (池部良)、骨董商・高島謙三(佐野周二)、

弁護士・畑浩助(有島一郎)、TVディレクター・清水文雄(高島忠夫)、実業家・野方逸郎(三橋達也)

との交友と恋愛、別れなどが描かれる。 

 

川島演出=人物のいる場所や状況(シチュエーション)に関連したテンポのいい場面転換が2つある。

 

夜、バー「トンボ」のホステス・葉子(池内淳子)に求婚している畑浩助(有島一郎)が、

誘いを断った葉子に怒って「トンボ」を後にする。

①畑が出て行く姿を、バーのドアから見つめている葉子の姿

場面転換

②昼間、高台の自宅の庭から降りてくる畑が訪ねてきた葉子を出迎える。「やあ、よく来てくれたね」。

英語で言えば「グッドバイ」から「ハロー」へのつながりだ。

その後二人は多摩川沿いの道路を散策する。ロケーション場所は、『女であること』(58)の舞台とほぼ同じ。

 

夜の青山墓地に葉子(池内淳子)と大学教授・松崎勝也(池部良)が桜を見に行くシーン。

①「今夜は帰らない」という松崎に対して「今夜が最後よ」と承諾する葉子

場面転換

②昼の墓地(青山墓地ではなく麻布十番近くの寺)、高島謙三(佐野周二)が亡くなった妻の墓参りをする。

それに寄り添う葉子。その後、寺の前の川沿いの場所で会話する。

昼夜の時間、そして異なった場所ながら、墓地を対比させた切れ味のいい場面転換だ。

 

ヒロイン葉子を演じる池内淳子。とても綺麗だしなんと言ってもあの憂いを含んだ目が印象的だ。

1933(昭和8)年11月4日生まれの池内淳子は、1960(昭和35)年の撮影時27歳、

本作公開の1961(昭和36)年12月9日時点で28歳ということになる。

今の女優たちと比較するとこの時代の女優は本当に色気がある。

昔の日本映画を観る楽しみの一つである。

銀座のバーのホステスという役柄なので当然着物姿が多い。

 

後半、湯河原の旅館の女将役としてゲスト的に川島映画常連の淡島千景が登場する。

 

ラストシーン
葉子のアパートの部屋。

大量の睡眠薬と水の入ったコップを枕元に置いて、布団に横たわる葉子。

このシーンでは前半は小山田宗徳のナレーション、途中で池内淳子自身のナレーション、

そして最後にまた小山田宗徳のナレーションと変化していく。

1本の映画の中でこのようなナレーションの使い方はかなり珍しいのではないだろうか。

 

岡崎宏三のカメラが大量の睡眠薬を飲んで目を閉じている池内淳子の顔を俯瞰でとらえる。

「静寂がやってきた」のナレーションで、画面はフェードアウトし「黒の画面」になり、

そこに不安げな音楽が流れ、「花影 終」のタイトルが出る。

シンプルでいて観ている側にインパクトを残す終わり方だ。

川島映画の秀作の1本。ギャグを抑えて文芸映画を真面目に堂々と演出する。これも川島雄三である。

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『青べか物語』

川島映画の最高傑作と評価するファンも多い『青べか物語』。

自らの体験を基にした山本周五郎の原作。

脚本=新藤兼人、撮影=岡崎宏三、美術=小島基司、音楽=池野成。

出演は森繁久彌、左幸子、左ト全、東野英治郎、フランキー堺、加藤武、池内淳子、

乙羽信子、山茶花究、中村是好など

 

千葉県の浦安市(原作、映画では浦粕=うらかす)を舞台にした叙情性に溢れた堂々たる文芸映画である。

しかしそこに執拗に「猥雑さ」を入れ込むのが川島映画といえよう。

川島雄三は本作について

「~コンビの岡崎宏三カメラマンに相談して、これは印象派からやり直そうじゃないか、

こういう場合は、印象派からやり直していいんじゃないか、そういう絵をつかむことをやってくれ、

といいました。」(「川島雄三 乱調の美学」P128)

と述べている。

 

【アバンタイトル】

音楽=池野成の不安げな曲想で始まる。

冒頭は森繁久彌の低いトーンのナレーションで東京湾から千葉にかけてのヘリコプターの空撮映像だ。

途中で京葉工業地帯の詳細な説明がある。

ヘリコプターの音も入っていて、ドキュメンタリータッチのオープニング。

空撮映像が終わり、ローアングルで「浦粕橋」(うらかすばし)と書かれた橋にバスから降り立つ男の姿をとらえる。

先生(森繁久彌)が橋(浦安橋)の途中で止まり、タバコを吸いながら自分のことを「売文業」と紹介する

(先生=森繁久彌本人のナレーション)。

浦粕(うらかす)とは現在の千葉県浦安のことだ。

昭和初期を舞台にした原作でも同じ「浦粕」となっている。

サングラス姿でスポーティな服装の先生がこちらを振り向く。

本人のナレーションで「いったい私は何故この場所にやって来たんだろう」に続いて、

都会のネオンサインの映像をバックに薄いグリーン色で「青べか物語」のタイトル。

この洒脱な感じがたまらない。

音楽も都会的なクールジャズ調のサウンドといったらいいだろうか。

バイブラフォンの音色がそれを強調している。

 

クレジットタイトルに続く。タイトルバックは浦粕の寿司屋の店内の映像。

大将と女性客との他愛の無い会話が続き、そこにいる先生もからかわれている。

編集者からの電話で画面右下の黒電話を握っている先生。ここでもナレーションが続いている。

最後に薄いグリーンの文字で「監督 川島雄三」と出る。

タイトルバックが寿司屋の映像とは、何という洒落た感覚だろう。

私も含めて川島映画ファンはこの独特の映像と音楽の感覚がたまらないのだと思う。

ともかく他のどんな映画にも無い不思議な感覚が心に刺さる。

ファーストシーン。

画面は一転して昼間ののどかな浦粕の掘割の水辺を進む船からの目線となる。

調子のいいリズミカルな音楽が鳴り響き、浦粕の個性的な人物が紹介されていく。

印象深いのは、消防署長の「わに久」(加藤武)、だらしない和服姿の飲み屋の「おせいちゃん」(左幸子)だ。

 

本作はいくつかのエピソードをつないでいて、特にまとまったストーリーは無い。

最大の特徴は「静」と「動」の映像が交互に現れてくることだろう。

撮影監督・岡崎宏三による映像は、ロングショットでとらえた風景が随所に登場し、とても美しい。

「静」はタイトル通り、「青いべか船」を売りつけられた先生が、

青べか号で沖(東京湾:現在の東京ディズニーランドの近く)に出て、船の真ん中に寝そべって本を読むシーン。

圧巻は、古びた船の船長(左ト全)と先生との交流のシーンだ。

湿地帯で淡いオレンジ色に染まった夕暮れをロングショットでとらえた映像はため息が出るほど綺麗である。

船の中で老船長が苦い初恋の思い出を語り、それを静かに聞いている先生のツーショット。

黒澤映画はじめ多くの映画に出ている名バイプレーヤーの左ト全の演技は、

本作がナンバーワンではないだろうか。

少し変わったキャラクターを演じることの多い左ト全だが、

ここでは人生を達観した誠実な人柄が醸し出されていて、この船長役の左ト全を観るだけでも本作の価値はある。

制服姿も素敵だ。

 

この初恋の話は「回想」と「現実」のシーンが交互に登場する。

ソフトフォーカス気味の回想シーンは川と土手の風景もあって、

『野菊の如き君なりき』(木下恵介監督 55 松竹)を連想してしまう。

 

この回想シーンでの初恋の相手の少女が桜井浩子である。

テレビ番組『ウルトラQ』(66 円谷プロダクション、TBS)のゆりちゃん、

『ウルトラマン』(66~67年 円谷プロダクション、TBS)のフジ隊員でのボーイッシュな印象が強いが、

本作での映画女優・桜井浩子はとても可憐で美しい。

この回想シーンでは音楽もスパニッシュギターの響きだけでいい効果をあげている。

川島監督は音楽のセンスも抜群だ。

 

川島雄三は次のようにも述べている。

「~それと、ここで子供の時分から影響を受けたジャン=ポール・サルトル氏の『ラ・ノージー(注:原文のまま)』、

即ち『嘔吐』の主人公、アントワーヌ・ロカンタンをこの『青べか物語』の主人公にすることで、

かろうじて何かを支えられるのではないかと思いました。~」(「花に嵐の映画もあるぞ」川島雄三 P336~P337)

 

この言葉を意識してみると、この老船長のエピソードに入るところで

以下のような先生=森繁久彌のナレーションがあり少し関係性を感じた。

「すべてが非現実的だ。古びた蒸気船の廃船があることや、そこに老船長がそのまま住んでいることさえ、

何か私の存在をかき消すように思われ~」。このナレーションはサルトルの文章のような感じだ。脚本は新藤兼人。

 

次に「動」である。

これは浦粕の騒がしく、奇妙な人々の登場シーンが代表する。

全員が神経に触るような大きく下品な笑い声を発し続ける。

芳爺さん(東野英治郎)、わに久(加藤武)、勘六(桂小金治)、浦粕軒(中村是好)など。

男だけでない。女たちも騒がしく、エネルギッシュでまるでフェデリコ・フェリーニ監督の映画に出てくる

イタリア女たちのようだ。

特に迫力があるのは、左幸子たちが働く飲み屋旅館、通称「ごったく屋」のおかみ(都家かつ江)だ。

早口で毒のあることをまくし立てる、その迫力たるや表現不可能だ。 

 

五郎ちゃん(フランキー堺)が一人目(中村メイコ)、すぐに二人目の嫁(池内淳子)を迎え、

新婚初夜が無事に済んだかどうかを、五郎ちゃんの店のノボリで表現するという、

エロの要素の入ったいやらしい感じの演出。

これも川島映画の魅力だ。

単なる真面目な文芸映画にしないという川島雄三の「テレ」のようなものなのだろう。

 

先生(森繁久彌)は浦粕を後にして、東京へ引き上げる。


ラストシーン
冒頭と同じ「浦粕橋」。

そこを埋め立て工事用のトラックが引っ切り無しに走ってくる。

これは『洲崎パラダイス 赤信号』(56)と似たショットだ。

 

このラストには森繁久彌のナレーションは無く、

走り去ったトラックの右側をゆっくりと東京へ向かう橋の上の先生(森繁久彌)の後ろ姿で突然「終」と出る。

この演出も見事だ。

 

何ともいえない不安げな音楽で、ミステリー映画でも観たような不思議な気持ちにさせられる。

計算されつくした素晴らしいラストである。

個人的には川島映画の最高傑作は、本作『青べか物語』である。

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『箱根山』

原作は獅子文六。脚本=井手俊郎、川島雄三、撮影=西垣六郎、美術=浜上兵衛、音楽=池野成。

出演は加山雄三、星由里子、東山千栄子、佐野周二、藤原釜足、三宅邦子、森繁久彌、

東野英治郎、有島一郎、北あけみなど。

『若大将シリーズ』の加山雄三と星由里子のコンビがまったく異なる役柄を演じている貴重な映画である。 

 

本作は全51作の川島映画の中でも「面白さ」という点ではナンバー1ではないだろうか。

ともかく面白い。しかし、どこが面白いかを一言でと問われれば、即答するのは困難だ。

一言で面白さが言えるような単純な映画ではない。

ストーリー、演出、芸達者な俳優たち、構図に凝った撮影、音楽、人物設定、突然の調子の変化など、

川島映画の魅力がたっぷりとつまっている。

 

基本的なストーリーは、

・箱根山戦争で有名な西武系(原作・映画では函豆交通=かんずこうつう)

 と小田急+東急系(原作・映画では箱根横断鉄道・箱根横断バス)との箱根開発争いに

 藤田観光(原作・映画では氏田観光)がからんだもの

・「芦之湯(映画では芦刈温泉)」の隣接した老舗旅館「玉屋」と「若松屋」との争い

この二つがうまく重なり合う展開でストーリーが進む。

「玉屋」のモデルは「松坂屋本店」、「若松屋」のモデルは「きのくにや旅館」と、

箱根・芦之湯温泉にある実在の旅館だ。ホームページもある。

 

川島雄三は本作について

「これは獅子文六先生の原作より、演出の私方が馬力がなかった作品です。

ああいう高齢の先生にくらべて馬力がないのは、よくないことです。~」(「川島雄三 乱調の美学」P129)

と述べている。


【アバンタイトル】

狭い会場にぎっしりと人がいる運輸省の聴聞会のシーンから始まる。

運輸大臣(藤田進)のスピーチに続き、前述の親会社の社長がそれぞれ自社の正当性について

エネルギッシュにスピーチする。

近藤杉八(中村伸郎)=小田急系+東急系、

篤川安之丞(小沢栄太郎)=西武系の二人だ。

この二人は冒頭の聴聞会しか出てこない。

聴聞会が紛糾したところで富士山の写真が映り、右横からワイプ効果でタイトル「箱根山」が出てくる。

ここのリズムと呼吸は素晴らしい。こういう洒落た映画的センスこそが川島映画の魅力だ。

音楽は池野成で少し暗めの重厚な音楽である。

観客を「これから何が起こるんだろう」といった気分にさせる感じの音楽で、

いわゆる明るい娯楽映画の調子ではない。サスペンス映画音楽のような、人を不安にさせるような曲想も登場する。

ドラマの雰囲気とは逆の対位法的な効果の不思議な音楽も、本作のユニークな面白さを演出している。

 

クレジットタイトルと並行して、箱根山戦争の経緯が語られる。ナレーションは中島そのみ、小池朝雄。

早口で語られるので一部聞き取れず、映像が早回しになるところもあり、内容を完全に理解するのは難しい。

このタイトルバックの映像での最大の見せ場は、いがみあった両社の大型バスの、

急なカーブの山道でのカーチェイスを俯瞰で捉えた映像。

このかなり危険なシーンをどうやって撮影したのだろう。しかし絵的には抜群に面白い。

バス道路の争いの後は芦ノ湖の遊覧船のくだりになる。

最後に「こうして箱根山の喧嘩は、この先いつまで続いていくのでしょうか」のナレーションがあり、

左に「監督 川島雄三」の文字。

 

ファーストシーン。

「芦ノ湖」を見下ろす高台のスカイライン建設現場で立小便をしている、

氏田観光社長の北条一角(東野英治郎)のヘルメットをかぶった顔のアップ。

 

ここで映像的に面白い場面転換のつながりが見られる。

映画のタイトルバックの最後に登場する「芦ノ湖」。

監督 川島雄三のクレジット。

 

①「芦ノ湖」をとらえた映像には、画面右側にいくつかの放物線を描いた水が湖水に落ちている

②続くファーストシーン。

「芦ノ湖」を見下ろす高台のスカイライン建設現場。

立小便をしている氏田観光社長の北条一角(東野英治郎)のヘルメットをかぶった顔のアップ。

「くだらん、同じ場所で競争するなんて資本主義の1年生だ」とつぶやく。

川島映画には男の立小便(後姿が多い)のショットが多く登場するのは有名。

これもその一つ。

その前の芦ノ湖の水の放物線ショットを立小便の行為とリンクさせている(のだろう)。

一回観ただけではまず気付かないマニアックな編集表現で、川島雄三らしい洒落た映像の遊びだ。

 

この後、本作の中心ストーリーとなる、老舗旅館「玉屋」と「若松屋」が登場する。

「玉屋」は

・女主人の森川里(東山千栄子)

・支配人の小金井寅吉(藤原釜足)

・19歳の番頭 勝又乙夫(加山雄三)。

一方の「若松屋」は「玉屋」から暖簾分けした旅館。

・主人の森川幸右衛門(佐野周二)。彼は箱根の地形と地名の歴史研究に凝っている。

・妻で実際に旅館経営をきりもりしているきよ子(三宅邦子)

・現代っ子らしくはっきりと物を言う17歳の一人娘・明日子(星由里子)

である。

 

ストーリーの中心として加山雄三と星由里子のほのぼのとした恋愛感情が描かれる。

芸達者な名優たちが多数登場し実に贅沢な配役なのだが、

本作の最も魅力的な要素は何と言っても加山雄三と星由里子のコンビだろう。

若大将シリーズの第一作『大学の若大将』(杉江敏男監督、東宝)は本作の前年の1961(昭和36)年で、

本作が撮影された1962(昭和37)年には『銀座の若大将』(杉江敏男監督、東宝)、

『日本一の若大将』(福田純監督 東宝)が続いて公開されている。 

 

加山雄三演じる乙夫は、「玉屋」の従業員であり、星由里子演じる明日子は「若松屋」のお嬢さんなので、

乙夫は明日子に対して常に敬語を使って低姿勢に対応している。

一方、明日子は、年上にもかかわらず「乙夫=おとお」と呼び捨てでまるで自分の家来のように扱う。

 

英語が得意な乙夫が、旅館に隣接した小さい神社の境内で明日子に英語の家庭教師を行う。

明日子は乙夫に「上から目線」でずけずけと話す。この感じが加山・星コンビでは見た事のない関係で実に新鮮だ。

若大将映画のファンは多いが、本作は加山、星ファンには必見の作品である。

 

実直で、親切で、頭のきれる乙夫役の加山雄三は実に魅力的だ。

私は加山雄三といえば黒澤映画『椿三十郎』(62 東宝)、『赤ひげ』(65 東宝)、

成瀬映画『乱れる』(64 東宝)、『乱れ雲』(67 東宝)が好きだが、『箱根山』の加山雄三も甲乙つけがたい。

本作は一般的にはあまり知られていないが、演技の面では加山雄三の代表作の1本と言いたい。

 

そして、明日子役の星由里子。セーラー服姿の三つ編みで、元気に飛び回る星由里子はとにかく可愛いい。

声もチャーミングでまた少しすねた時の表情がたまらなく魅力的である。

 

2018年に74歳の若さでお亡くなりになった星由里子さんとも、

私もメンバーの一人である「成瀬監督を偲ぶ会」で面識があり、生前数回お会いして話をしたことがある。

年賀状も頂戴していた。

成瀬監督の出演作や、私が6歳の時に劇場で最初に観たと記憶している『モスラ対ゴジラ』(本多猪四郎監督 64 東宝)

について質問を兼ねて親しく歓談させていただいたが、その時に本作のことを訊いたことがある。

「まだ少女でほんの子供の時の出演作なので、細かいことをあまり覚えていない」との回答だった。

子供の頃から大好きな女優さんの一人だったので、亡くなられたのが本当に残念だ。

 

英語の得意な乙夫は、明日子の家庭教師をして少しずつ二人は親しくなっていく。

それぞれに別の恋人がいるのではという誤解と嫉妬で気まずい関係になるのが夏の「芦の湖」の湖水祭りの夜だ。

旅館前からの送迎バスに乗り込んで先頭に座る明日子の涙を浮かべた横顔のアップは、

少し長めに撮影されていてとても美しいショット。

右後方の席に乙夫とフィアンセと噂されているフミ子(北あけみ)が座っていることを気にしている感じがよく出ている。

 

偶然に山の中の神社で会った二人は、話をしている中で誤解が解け、また打ち解けた関係となる。

 

このシーンで乙夫は、「玉屋」に一晩逗留した政治家・大原泰山(森繁久彌)が、

自分を氏田観光社長の北条に紹介し、乙夫のことを気に入った北条からの強力なプッシュで「玉屋」をやめて

10年間観光業経営を学ぶために東京の氏田観光に就職することを明日子に伝える。

乙夫は経営を学んで10年後に「玉屋」へ戻り、老舗旅館を立て直すつもりなのだ。

その話を聞いて、箱根や旅館業に興味の無かった明日子も、

「私も10年間、旅館業を手伝ってみるわ」と心変わりをする。

 

「玉屋」女主人役の名優・東山千栄子。

お客の前と支配人の寅吉(藤原釜足)の前でのあからさまな態度と発言の違いの演技は風格がある。

旅館経営を妻にまかせて、箱根の地形学や「芦」の名前の語源のプライベートな研究にいそしむ

「若松屋」の主人の佐野周二は、川島映画によく登場する不思議な人物の一人だ。

途中「玉屋」のぼや騒ぎ、温泉の掘り当てなどがある。

 

ラストシーン

東京に行った乙夫からの手紙を、山の中腹の「朝日が丘」(直前に二人のこの丘でのデートシーンがある)

で目を通している明日子。文面は乙夫のナレーションの声で読まれる。

 

なかなか含蓄の有る文面の最後に、

「10年といってもすでに1か月が経ちました。あと9年と335日、時に直すと8万6千9百5十2時間、

分に直すと521万7千120分、秒に直すと・・・」

(といったところでバックに不安げな音楽が流れてよく聞き取れない)となり、

映像は空撮のまま徐々にカメラを引いていく。そこに「終」の文字が。

何とも不思議な気分になるラストシーンである。

 

獅子文六の原作には

「すでに十年のうち、一週間が経過しました。もう九年と三百五十八日!」(昭和37年 新潮社)

の記述はあるが、それ以降の部分は映画のオリジナルのようだ。

『箱根山』は原作をうまくアレンジした川島映画の傑作の1本であり、何度観ても面白い。

なお私は未見だが、『箱根山』にはテレビドラマがあった。

TBSで映画の翌年1963(昭和38)年に25回のシリーズである。

出演者は勝呂誉、島かおり、そして映画で藤原釜足の演じた番頭役には

昭和の名人落語家の六代目・三遊亭圓生がキャスティングされている。

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本作の助監督だった小谷承靖監督インタビューに直接インタビューさせていただいた。

2015年、成城の喫茶店にて。これは本稿で初公開の貴重な証言である。

小谷監督も残念なことに2020年に亡くなられてしまったが、生前、このインタビュー原稿のチェックはもちろん、
公開の件も了解をいただいている。 

 

小谷承靖監督インタビュー

川島雄三監督『箱根山』を語る(YouTube旧作日本映画ロケ地チャンネル) 

 

*小谷承靖(こたにつぐのぶ)監督略歴

1935(昭和10)年12月21日生まれ。東京都杉並区出身。

1944(昭和19)年3月末、鳥取県に疎開するが、大学進学を機に東京へ戻る。

東京大学文学部フランス文学科卒業後、1960(昭和35)年、東宝に入社。

稲垣浩監督、千葉泰樹監督、谷口千吉監督、久松静児監督、川島雄三監督、成瀬巳喜男監督、須川栄三監督などの助監督を務める。   

1970(昭和45)年、『俺の空だぜ!若大将』(東京映画)で監督デビュー。

主な映画作品は

・『ゴキブリ刑事』(73 石原プロ)

・『急げ!若者 TOMORROW NEVER WAITS』(74 東宝・ジャニーズ事務所)

・『はつ恋』(75 東宝)

・『愛の嵐の中で』(78 東京映画・サンミュージック)

・『ピンク・レディの活動大写真』(78年 T&Cミュージック)

・『ホワイト・ラブ』(79年 ホリ企画制作)

・『帰ってきた若大将』(81年 東宝・加山プロ)

・『すっかり・・・その気で』(81年 田中プロ)

・『コールガール』(82年 松竹)

・『潮騒』(85年 ホリ企画制作)など。

1985(昭和60)年にフリーランスとなり、テレビ映画、ビデオムービーなどの作品多数。

2020(令和2)年12月13日 死去 84歳。

『喜劇 とんかつ一代』

原作は脚本家の八住利雄。脚本=柳沢類寿、撮影=岡崎宏三、美術=小野友滋、音楽=松井八郎。

出演は森繁久彌、淡島千景、フランキー堺、加東大介、三木のり平、木暮実千代、山茶花究、団令子、益田喜頓など。

三木のり平が出演している唯一の川島映画である。

 

本作も川島雄三ファンには人気が高い。

 

川島雄三は本作について

「これは、反省以前の作品だといわれました。お客さまにサービスすることと、自分にサービスすることとは、

違うと思いますが、こういう映画を喜んでくださるかたがあることを思うと、営業部などのいうことも、

わからぬではない。~」(「川島雄三 乱調の美学」P129)

と述べている。

 

実際に「反省以前の作品だ」といった方(当時の評論家か?)がいたのか、誰なのかは不明だが、

川島映画がまったくわかってないと断言する。こんなに面白い映画を・・・

タイトル通り、「とんかつ」が全面的に登場する。

とんかつは日本料理でその発祥は東京・上野だとのこと。

映画の中でも、とんかつ店「とん久=のれんの文字はとんQ」の主人の五井久作(森繁久彌)が、

甥の田巻伸一(フランキー堺)に対して講釈を述べる。

 

アバンタイトルは無い。

東宝、東京映画のクレジットに続き、豚の顔のアップに陽気な音楽が始まり映画タイトルが出る。

クレジットタイトル。

タイトルバックは油でとんかつを揚げている厨房の映像。

音楽は東宝の「社長シリーズ」や「駅前シリーズ」に通じる明るい曲調の音楽。

このタイトル曲は唄。森繁久彌が伸びやかに唄う「とんかつの唄」(YouTube)だ。

この歌詞とメロディは一回聴くと確実に耳に残る。

タイトルに「コロムビアレコード」と出てくるので当時はレコードがあったのだろう。

「♪とんかつが食えなくなったら死んでしまいたい。君といっしょにとんかつを食い、君と一緒に生きている~♪」。

ファーストシーンは豚供養(当時は実際に毎年行われていたとのこと。現在も続いているかは不明)をしている

上野・不忍池の弁天島でのやり取りが描かれる。フランス人・マリウス役の岡田真澄が流暢なフランス語を話す。

レストランのコック長で、義兄の田巻伝次(加東大介)に、とんかつ家を「道楽」と呼ばれてしまう五井久作(森繁久彌)。

 

本作はテンポが良くて飽きさせない。

撮影監督は『暖簾』(58)『グラマ等の誘惑』『貸間あり』(59)『人も歩けば』(60)『縞の背広の親分衆』『花影』(61)

『青べか物語』(62)など本作を入れて8本のコンビの岡崎宏三。

本作ではあまりショットを割らない「長回し」が多い。

喜劇の得意な俳優たちの演技そのものと、台詞言い回しの間でテンポを作っていて、

カメラはそれをじっと追っているように感じた。

 

本作に登場する最も不思議な人物は、三木のり平が演じる遠山復二だ。

三木のり平は本作が川島映画唯一の出演作。「クロレラ」の研究家役。

1963(昭和38)年当時、クロレラが一般的な知名度があったとは思えない。

新しいもの好きの川島雄三の好みだろう。

 

妻の琴江(池内淳子)に実験的にクロレラ食品を食べさせていて、

時々部屋を訪れる琴江の母・おくめ(木暮実千代)=伝次(加東大介)の妻を心配させる。

「岩のりのカスみたいな」というおくめのきつい台詞がある。

調味料までクロレラソースで、復二が「これが何は無くとも江戸緑(えどみどり)」の台詞。

三木のり平で有名なCM(江戸紫:むらさき)のパロディで可笑しい。

復二は翌年の東京オリンピック1964のマークがはいったエプロンを着けている。

復二が登場の時は、現代音楽の電子音のような不思議な音楽が流れる。

私は喜劇役者では三木のり平が一番好きだ。

川島映画での三木のり平を観られる唯一の映画ということだけでも楽しい。

 

本作は上野界隈でのロケーションが多い。

川島雄三は一つの街を徹底的に登場させることが好きな映画監督である。

『銀座二十四帖』(55)『洲崎パラダイス 赤信号』(56)『赤坂の姉妹より 夜の肌』(60)

『青べか物語』『箱根山』(62)など。大阪ものの内『暖簾』以外の3本も同様だ。大阪の天王寺区界隈である。

 

基本的にドタバタ調の喜劇映画であることは間違いない。

ただし上野の風景が出るシーン、湯島天神や不忍池の屋外シーンなどには叙情性を感じることができる。

主な舞台となるとんかつ店「とんQ」のモデルは御徒町にある「井泉本店」である。

実際に店の内部を見ると、カウンターや二階への階段など映画に出てくるセットにそっくりだ。

「井泉本店」の店内には撮影時の森繁久彌のパネル写真展示されている。

 

楽屋落ちのようなシーンがある。

上野のれん会の事務所に取材に訪れる映画関係者。

久作が「今度とんかつの映画を撮るというので取材に来た現場監督の」と紹介し、

続いて「支那料理の・・・」と紹介すると、「いやシナリオライターです」とシナリオライター役

(本作の脚本の柳沢類寿がモデル?)が訂正する。

 

タイトルに「喜劇」と書かれたプログラムピクチャーによくありがちなあざとい笑いは少なく、

自然にくすっと笑ってしまう、江戸・東京落語のような上品さがあるところが、川島雄三である。

もちろん俳優陣の演技の巧みさも大きな要素だ。

張り切り過ぎず、抑制過ぎずの絶妙なバランスの各俳優の演技は心地よい。

【ラストシーン】

久作と義理の兄で青龍軒の洋食レストランのコック長・田巻伝次(加東大介)との確執も少し収まり、

その他いろいろなストーリーがハッピーエンドのような展開となる。

湯島芸者のりんごちゃん(水谷良重)が芸者たちを引き連れて「とんQ」のカウンターへ押しかける。

りんごちゃんがとんかつを調理している久作に話しかけ、「とんかつ友の会の発会式なの」と言って、

妻・柿江(淡島千景)に名誉会長を頼む。

連れてきた芸者は全員、久作のなじみで全員が野菜か果物の名前がついているという凄い落ち。

以下は映画の中のりんごちゃんの台詞である。

「私がりんごちゃん、根岸のメロンちゃん、講武所のレモンちゃん、白山のトマトちゃん、駒込のパインちゃん、

向島のザクロちゃんとイチゴちゃん、芝神明のブドウちゃんとバナナちゃん、芝浦のキャベツ姐さん」。

最後のキャベツ姐さんの語感の面白さが古典落語を感じさせる。

 

私は東京の下町出身なのでここに出てくる東京の地名はすべてわかるのだが、

一つ「講武所」というのだけが不明だったので調べてみた。

講武所とは字のごとく武術の練習場で、神田明神下から秋葉原あたりにあり、

そこで周辺の花街の芸者を「講武所芸者」と呼んだらしい。 

 

りんごちゃんからの芸者紹介に続いて、

久作は「俺は油っぽいとんかつを揚げているので、付き合う女はビタミンCの野菜か果物の名前の女としか付き合わない。

しかしジャポネーゼに一番いいのは何と言っても柿だねえ」と妻の名前(柿江=淡島千景)でのろける。

 

りんごちゃんが「よぉー」といって全員での三拍子が決まった後で、

突然久作(森繁久彌)がタイトル曲「とんかつの唄」を唄いだす。

途中で久作の商売仲間=仙太郎(山茶花究)がいい喉を聴かせる。

「♪とんかつの油のにじむ接吻をしようよ。花が咲いて、花が散って、太陽が輝いて、水が光ってる。

たくましく、とんかつを喰い、二人で腕を組んで、大きな鼻の穴でいっぱい空気を吸おうよ。

とんかつの油のにじむ接吻をしようよ。接吻をしようよ♪」

しかし凄いインパクトのある歌詞だ。作詞は本作の製作(プロデューサー)の佐藤一郎、曲は松井八郎である。

店の外観の映像のラストショットで終わる。

 

芸達者の豪華な俳優たち、柳沢類寿の練り上げられた職人芸のようなシナリオ。

それに都会的な上品さを随所に見せた川島雄三監督の演出が加味された傑作映画である。

なお、河出書房新社から出版されている「柳よ笑わせておくれ」(川島雄三・柳沢類寿)には、

『愛のお荷物』と『喜劇 とんかつ一代』のシナリオが収録されている。

芸者の名前は、シナリオと実際の映画では少し異なっている。

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『イチかバチか』

川島雄三監督45歳の時の遺作である。51作目

原作は週刊朝日に連載された城山三郎の経済小説。脚本=菊島隆三、撮影=逢沢譲、美術=育野重一、音楽=池野成。

出演は伴淳三郎、ハナ肇、高島忠夫、団令子、水野久美、横山道代、山茶花究など。

遺作にして伴淳三郎、ハナ肇、水野久美の川島映画唯一の出演作だ。

 

【アバンタイトル】

実業家の南海製鋼の社長・島千蔵(伴淳三郎)が銀行に電話をかけるショットから始まる。

島は「定期預金30億円を一度現金にして家に届けてほしい。一度現金を見てから継続して銀行に預けるかを決めたい」

と伝え、銀行からトラックが出て島の邸宅の大広間に30億円が積み上げられる。

「半年はこのまま銀行に」と伝えた後、

島のモノローグで「半年後にこの30億円いや自分の全財産200億円をつぎ込む大勝負になる」との後、

雨の銀座の道路を俯瞰でとらえたタイトル「イチかバチか」と出る。

この出だしは黒澤映画のような重厚な雰囲気がある。

撮影は黒澤映画『悪い奴ほどよく眠る』(60)、成瀬映画『乱れ雲』などのカメラマン・逢沢譲。

これからどんな物語が始まるのか、わくわくするような素晴らしいオープニングだ。

 

映画タイトルに続いて、クレジットタイトル。

タイトルバックは雨の街並みを走るタクシー車中からの映像。

最後に監督川島雄三の文字。

タイトルバックの中ですでに本編の一部の映像を見せていく演出は多くの川島映画に見られる。

遺作でもその手法を使っている。

 

ファーストシーンはタイトルバックの映像から続き、

タクシー運転手(沢村いき雄)と北野真一 (高島忠夫)との車中の会話シーン。

タクシーから降りて南海製鋼本社に向かう北野は島の友人の息子である。  

 

島の秘書・星崎由美子(団令子)が部屋へ案内する。島は北野を強引に入社させる。

ここで島、北野の二人の会話の中で島の倹約振りを説明する要素が続く。

古い本社屋、緩く締めるネクタイ、ぬるいお茶、邸宅に向かうボロイ社用車、

今夜家ですき焼きをやると言ってたった百グラムの並肉を買い求めるところ、

島の邸宅で彼と北野が入るぬるい風呂など。

ここの展開は説明的で少しくどい。しかしこの「執拗なくどさ」も川島演出だろう。

 

島が車で帰宅した時に邸宅の外観がワンショットだけ映る。

立派な洋館でこれは成瀬映画『妻よ薔薇のやうに』(35 P.C.L.)の中の、
千葉早智子のヒッチハイクシーンの遠方に映っている洋館=ロアラブッシュ(渋谷2丁目)だ。
以前は高級フレンチレストランだったが、すでに閉店のようだ。

島は鉄鋼の大工場の建設を目論んでいる。

その情報をつかんで地元に誘致しようとする市長が、ハナ肇演じる大田原泰平。

市の名前は架空の名で「東三市 (とうさんし)」。

本作の助監督・木下亮監督に話を聞く機会があり、実際のロケーション地は現在の愛知県蒲郡市だと教えていただいた。

企業誘致する市の名前は東三河からきていると思われるが「とうさん」という不吉な名前なのが可笑しい。

 

市長の大田原は島の邸宅を直接訪問して、東三市への工場誘致の売り込みを図り、

北野が島の代理として東三市へ招待される。

東京から特急で向かう途中で食堂車が出てくる。このシーンは『特急にっぽん』(61)を想起させる。

 

北野を歓待する宴会シーン。

これまでの映画のトーンをがらっと変えて急に喜劇タッチになる。

東三市長の大田原(ハナ肇)が座敷で三味線に合わせ、芸者と一緒に手をつないで

「♪今日もこうして飲めるのは、東三市民のおかげです。私のために、私のために一票を投じてくれたおかげです。

東三市民よありがとう。ハイ、東三市民よありがとう♪」と振りをつけて踊りながら唄う。

ほとんど社長シリーズの宴会シーンに近いノリで楽しい。

その後のストーリーは、大田原市長の企業誘致計画には議会 (市会議員の一人の松永=山茶花究)が反対している。

島と北野は大田原がどんな人物かを調査していく。愛人がいて豪快な性格だが、

実は金にもきれいな実直な人物だとわかる展開となる。

 

本作の映像は、屋外シーン、屋内シーンとも随所に「俯瞰」の構図・アングルが多用されているのが特徴だ。

企業の工場誘致をテーマにした経済小説が原作なので、オフィシャル、アンオフィシャルの交渉シーンが多い。

俯瞰シーンは「誰かがその交渉をひそかに覗いている」印象を与えているような演出だ。 

実際に大田原の本音を聞くために、北野が旅館の風呂場から隣の部屋を覗いて聞き耳を立てるシーンもある。

 

北野が島の秘書=島の秘書・星崎由美子にエレベーターの中でキスをするシーンでは、

俯瞰のショットに続いて、逆に超ローアングルのショットが続く。

観客の視線が混乱する撮り方だが、これも意図的にやっているのだろう。

川島映画といえば男の立小便のシーンがつきものだ。

本作でも海(三河湾)を見下ろす東三市の山の上から大田原と島がその行為に及ぶ。

その直後、島は倒れて入院してしまう。

【ラストシーン】 

市庁舎の屋上(現:蒲郡市役所)で、集まった市民に向かって市長を告発する市会議員・松永 (山茶花究)の演説と、

市のことを思って工場誘致を訴える大田原市長の演説に続いて、

島が大田原市長の実直な人柄にほれて工場誘致を決めたことを市民に訴える。

市の戸籍係の役で谷啓も出てくる。

 

東三市の銀行支店に預ける島の全財産の札束が東三市の市庁舎内に積まれるシーンは迫力がある。

伴淳三郎、ハナ肇の主要人物の二人は川島映画初出演。

高島忠夫だけは『花影』(61)に続き川島映画二本目の出演。

三人とも全然違和感が無く川島映画常連のような生き生きとした演技。

 

もし川島雄三がこの後も生きていたらこの三人はまた起用していたのではないかと思わせる。

特に、伴淳三郎、ハナ肇の二人の存在感は圧倒的だ。

遺作としてはとても出来がいいし、面白い。

重厚で緻密な映像表現は、撮影監督 逢沢譲の貢献が大きい。本作も川島映画の傑作の1本と評価したい。

☆東宝DVD名作セレクション

☆ロケ地紹介(YouTube旧作日本映画ロケ地チャンネル)

川島雄三はこの遺作の封切の5日前の1963(昭和38)年6月11日に急逝した。

45歳の若さだった。日本映画を代表する才気溢れる名監督の最後である。


❷に続く


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