「大原美術館所蔵 名画への旅 ― 虎次郎の夢」展

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 3月20日、中之島香雪美術館で開催されていた特別展「大原美術館所蔵 名画への旅 ― 虎次郎の夢」を Kさんと一緒に見学しました。
 大原美術館には私は2、3度行ったことがありますが、児島虎次郎については名前くらいは聞いたことはあっても、どんな人なのかほとんど知りませんでした。児島虎次郎(1881~1929年)は、1902年大原家の奨学金で東京美術学校に入学。1908年大原孫三郎の支援を受けて渡仏、翌年ベルギーのガン市立美術学校入学、主に印象派の画家と交流、パリのソシエテ・ナシオナールのサロンなどにも出品し、1912年帰国。さらに、大原孫三郎の委嘱で、美術品収集のため1919~21年、および1922~23年の2度渡欧、そのコレクションは1930年開館の大原美術館の基礎となります。
 児島虎次郎の作品がたくさん(おそらく全出品作の半数近く)展示されていました。その中で、ちょっと私が興味を持ったのは、エジプトのピラミッドをあらわした2点の作品で、いずれも掛け軸になっていました。1922~23年の3度目の渡航のさい、行きと帰りにエジプトに立ち寄り、いろいろ遺物品なども購入しています。私が説明してもらったのは、「金字塔 埃及王朝五千年之遺跡」(1926年 絹本著色 133.0×50.5cm)。「金字塔」はピラミッドのことで、画面上部の空の部分の左端上部に縦書きでタイトルの文字が書かれています。画面やや右側に、三角形ではなく、石を積み上げて山のようになった巨大なピラミッドが描かれています。また左奥にも小さなピラミッドも見えているようです。画面の下、手前のほうは砂漠のような荒れ地で、とても小さくラクダの群れや人々が描かれていて、ピラミッドの巨大さがより強調されているようです。掛け軸という日本的な形式に、光と影の表現など印象派風の絵がおさまっているところが面白く感じました。
 
 以下、児島が持ち帰り大原美術館のコレクションになった作品たちです。
 
 ジョルジュ・デヴァリエールの「ミュージック・ホール」(1903年 153.0×138.5cm):この絵のテーマのミュージック・ホールは、19世紀後半から20世紀初めにロンドンなどで流行した、飲食もできる庶民向けの園芸場。手前が観客席、奥がステージ。手前の観客席は暗く、テーブル(上には果物なども見える)の回りに、座ったり立ったりしているドレスを着た女性たちや帽子を着けた男性がこちらに背を向けて影のシルエットのように描かれているようです。奥のステージは、照明で明るく光に照らされ、踊り子?がなにか動き回っているようです(輪郭線ははっきりせず、動きのかたまりのようだとか)。全体としては、観客席の暗さとステージの明るさがコントラストをなしているようですが、客席側の立っている女性の首飾りと胸飾りの赤と、それにステージの照明の赤が、3角形の配置になっていて目立つということです。
 レオン・フレデリック(1856~1940年、ベルギーの象徴派画家)の「花」(1920年 74.8×62.5cm):窓を通して、鉢植えの咲き誇るアジサイが鮮やかに描かれています。淡い青やピンク・白などで、花びらの1枚1枚や葉の脈まで、点描でしょうか、極めて細密に、凹凸を感じるくらい写実的に描かれているとか。そしてアジサイの手前に小さく女の子が描かれ、全体としては静かななにか幸福そうな絵になっているようです。(レオン・フレデリックと言えば、10年以上前大原美術館を見学した時、入ってすぐに建物の壁いっぱいに展示されていた「万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん」という10m以上もある大きな作品(人類の破滅と復活を物語るような宗教的な絵)を思い出します。)
 ウジェーヌ・カリエール(1849~1906年)の「想い」(1890~91年ころ 65.5×48.7cm):すりガラスを通して見るような靄の中に、頬杖(左手を顎に当て左肘を右手で持つ)の姿勢でうつむき加減の女性が、想いにふけっている様子が描かれています。全体にセピア色で、人物の輪郭線ははっきりとは分からず、背景から人物がぼんやりと浮かび上がるような描き方で、人物の具体的な姿よりも、その人の内面を思わせるような作品です。
 エドモン=フランソワ・アマン=ジャン(1858~1936年)の「髪」(1912年ころ 72.9×91.5cm):室内に2人の女性が描かれています。胸の前で腕を組んだ左側の女性の長い茶色の髪を、やや後ろに立った右側の女性が結い上げています。左側の女性の斜め後ろに鏡があり、その鏡にこの女性の後ろ姿が映り、また2人の女性の後ろには赤いカーテンが見えます。この作品は、児島が渡欧して最初に購入した絵だそうです。
 アンリ・ル・シダネル(1862~1939年)の「夕暮の小卓」(1921年 100.0×81.1cm):全体に薄暗いブルーっぽい色調で、夕暮れ時のようです。テラスのような所に、テーブルとその両側に籐椅子が置かれ、テーブルの上にはティーセットや果物が見えます。テラスの外には運河、さらにその向こうには家並も見え、明かりのついた家の影が川面に映っているとのこと。この絵には人物は描かれていませんが、テーブルの上のティーセットや椅子など、人の存在を感じさせ、また夕暮れ時の色調ともあいまって、静けさの中にぬくもりも感じさせるようです。(この作品の隣りには、児島虎次郎の「卓上の花」(1910年)が展示されており、この児島の作品はシダネルの作品ととてもよく似た雰囲気だとのことでした。)
 パブロ・ピカソの「頭蓋骨のある静物」(1942年 96.5×130.0cm):この時期ピカソはパリで活動を厳しく制限された状態で、この作品にも当時の状況が反映しているようです。テーブルの上に、大きな牛と思われる動物の頭蓋骨(角、鼻輪、歯、うつろな目)が置かれています。この頭蓋骨のうつろな目の先には、白い一輪の花があります。
 ジャン=ルイ・フォラン(1852~1931年)の「舞台裏 青のシンフォニー」(制作年不詳(1910年代?) 45.3×54.7cm):全体に青の色調で統一されているところから、「シンフォニー」というタイトルになっているようです。華やかな舞台の暗い舞台裏が切り取られています。画面中央に、薄青?の薄いドレスを着けた踊り子がうつむき加減に立ち、出番を待っているようです。画面左側には明るい色がちりばめられ、照明で明るい舞台になっているようです。)踊り子の右側には、カーテン?越しに、黒のシルクハットを被り盛装した男性が立っています。この男はたぶん踊り子のパトロンで、当時パトロンは舞台裏に出入りし踊り子を見守っていたようです。
 モーリス・ドニ(1870~1943年)の「波」(1916年 100.0×124.0cm):赤茶っぽい岩場に、大きな激しい波が画面右から左に渦を巻くような模様のように描かれています。波は薄い青から濃い青、砕け散る波頭や泡立つしぶきは白。岩場には裸婦が1人座り(左手で右耳をつかんでいる)、波頭のすぐ近くに、まるでしぶきに溶け込むように、裸婦が3人立っています。波は荒々しいですが、全体としては静かな、神話的とも思えるような雰囲気のようです。
 エドヴァルト・ムンク(1863~1944年)の「マドンナ」(1895-1902年、 石版、紙(リトグラフ) 60.5×44.4cm):中央に上半身の裸婦が描かれ、その回りは裸婦の両腕や髪の毛の部分まで黒で埋め尽くされており、黒の背景から白い裸体が目立っています。女性は顔を上に向け、目を閉じています。絵の外側は茶色い額縁のようになっていて、そこには精子(大きな頭とくねくねした尾)を思わせる模様が描かれ、画面の左下には胎児を思わせる白い子どもが膝を抱えるような姿で描かれています。また、目の辺りをはじめ頭の上などに渦巻きのような模様があります。マドンナと言えば、聖母マリアのことであり、男性があこがれる理想的な?女性のことでもありますが、ここに描かれているのはそれとはかけ離れた女性のようです。精子や胎児からは受精し子を産む、回りを黒く埋め尽くされていることからは死が迫ってくる、渦巻き模様からは不安や恐怖といったことが喚起されます。ムンクの心の内にある女性のイメージが投影しているように思います。(世紀末には女性像としていわゆる「ファム・ファタル」がよく描かれたので、それと関係あるような気もします。)
 ジャン=フランソワ・ラファエリ(1850~1924年)の「アニエールの街路」(制作年不詳 55.3×69.5cm):画面奥に向かってまっすぐ伸びる街路の風景が遠近法で写実的に描かれています。通りの両側には、冬なのでしょう、曇り空の下、葉がほとんど落ちて枝だけになった街路樹が並んでいます(1本だけ青々した葉の樹がある)。その奥には石造りの建物が続いています。広い道には親子をはじめ道行く人たちが描かれ、小さな犬も見えます。線描で描かれた印象派風の絵のようです。ラファエリはパリの日常の情景をよく描いたとのこと。フォランとも親しく、ともに挿絵の制作もしているとか。
 ポール・シニャック(1863~1935年)の「オーヴェルシーの運河」(1906年 65.0×80.8cm):点描画。画面の大部分は空。薄い青、ピンク、黄、白の点描で、夏の明るい空です。画面左側に、濃い青や紫の点描で大きな風車が描かれています。風車の下に画面の奥へ続く道があり、右の下4分の1くらいに運河が描かれています。運河の水面は、空の色を反射して青や緑、太陽の光を思わせる黄、白の点描で、水面がキラキラ揺らめいている様子があらわされています。運河には5、6隻の帆船が見えます。さらに、運河の向こう岸には、低く立ち並ぶ家々の屋根や木々が小さく描かれています。この作品は、シニャックがオランダを旅行した時に描いたものだそうです。
 ピエール・ボナール(1867~1947年)の「欄干の猫」(1909年 115.5×94.5cm):白い壁の建物の前に張り出したテラスの欄干が手前から奥に向かって伸び、その上に、赤い花を挿した白い花瓶と、2匹の猫が描かれています。中央の猫は、背中を弓なりに反らせ四肢をいっぱいに伸ばして、ノビの姿勢のようです。画面右下から植物が垂れ、画面左下には猫を見ているらしい女性が小さく描かれています。全体として写実的な絵ですが、平面的で装飾的、欄干の格子模様など日本の浮世絵の感じも見て取れるようです。
 アンリ・マティス(1869~1954年)の「エトルタ 海の断崖」(1920年 60.5×73.5cm):エトルタは、フランス北西部、ノルマンディー地方、ルアーブル近郊にあるイギリス海峡に臨む、断崖で有名な町で、画家がしばしば描いています。浜辺から、海、空、そして断崖の風景が、明るく色彩ゆたかに描かれています。画面手前に浜辺が広がり、ベージュだけでなく、鮮やかなオレンジや黄色なども使って、太陽の光に強く照らされていることがあらわされているようです。浜辺の中央付近には引き上げられた舟でしょうか、黒いものが数個見えます。浜辺の向こうにおだやかな海が広がり、深い青から水色であらわされています。その左奥には、白い断崖が海に突き出しており、影の部分には淡い紫などが使われ、立体感もあるようです。画面上部は空で、明るい青の中に、動きのある白い雲や少しグレーがかった雨雲のようなのが強いタッチで描かれています。
 ポール・ゴーギャン(1848~1903年)の「かぐわしき大地」(1892年 91.3×72.1cm):ゴーギャンは、1891年、文明に毒されていない南海の素朴な生活の中に芸術の源泉を求めてタヒチに渡ります。この作品はそこで描かれたものです。画面中央からやや右に、たくましい若い女性が立っています(モデルは、ゴーギャンがタヒチで一緒に暮らした14歳の少女テフラだとのこと)。濃い褐色の肌、たくましい筋肉質の太い手足で、赤や黄、緑など鮮やかな色であらわされた熱帯の大地と密生した植物を背景に、堂々と力強く立っています。この女性はゴーギャンにとって「タヒチのイヴ」とも言えるもののようです(タヒチに渡航する前ゴーギャンは、想像上の南国の風景を背景に、母の写真をモデルに「異国のエヴァ」を描いている)。そして、女性は右手で背景の果樹の白い花を摘もうとしていますが、この花はエデンの園の禁断の木の実に、また、女性の足元には赤い羽?を持つトカゲのようなのが見えていて、これはエデンの園の蛇に、それぞれ擬せられているようです。
 カミーユ・ピサロ(1830~1903年)の「りんご採り」(1886年 125.8×127.4cm):3人の女性が描かれています。画面左下の女性は、一休みしているのでしょうか、こちらを向いて地面にしゃがみ、りんごの入った籠に右ひじをつきながら左手に持ったりんごを口に運んでいます。画面中央には右側を向いて立つ女性。彼女は右上にある樹上のりんごを棒のようなもので落とそうとしています。この立っている女性の奥には、落ちたりんごを拾っているのでしょうか、腰をかがめて両手で地面を触っている女性が見えています。画面右側から明るい日差しが差し込み、三人はりんごの木の日陰になる場所にいます。画面の大部分は、地面と木々、そしてそこで働く人たちで、明るく色彩豊かに描かれているようです。(ピサロは、「大地の印象派」とも呼ばれるとか。)
 
 その他、エル・グレコの「受胎告知」、モネの「水蓮」など、有名な作品もかなりあるようでしたが、私も Kさんも疲れてきて、これくらいで切り上げました。印象派以降の様々なジャンルの作品を鑑賞できたように思います。帰りには、ショップでウッドポストカードになっているエル・グレコの「受胎告知」を買ってみました。全体が小さくて触ってそんなに分かりませんが、マリアの顔とその回りを囲む星のような点点や、天使の顔や羽などが分かりました。
 
(2026年5月1日)