第35回手で触れて見る彫刻展~桒山賀行と土曜会に出展

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 8月26日から30日まで、藤沢市の市民ギャラリーで、「第35回手で触れて見る彫刻展~桒山賀行と土曜会」が開催されました。私は、8月26日および8月29日と30日に会場に滞在して、作品について解説したり、来場者といろいろお話をしたり、充実した時を過ごしました(暑いなか、茨木市と藤沢市の間を2回往復するのはたいへんでしたが)。
 私はこの彫刻展に10年余前から出品させてもらっていますが、この展覧会のよい所は、各出品者がそれぞれ自由に得意とするものを出していて、多様な作品に触れられることです。私自身土曜会の皆さまの様々な作品を鑑賞することを楽しみにしています。
 そして、来場者も様々です。一般の多様な方々をはじめ、見えない・見えにくい人たちばかりでなく、盲ろうの方(一緒に触りながら通訳士を介して解説します)、大阪から全盲で車椅子使用者も来られていましたし、また親子連れも来られて子どもたちも興味あり気に次々に触ったりします。
 
 まず、私の印象に残っている土曜会の皆さんの作品たちです。
 Iさんの「ぴょんちゃん」。草原にうさぎが手足を伸ばしてのんびりと伏せっています。目、耳、とくにまるまるともふもふ感のあるお尻がかわいいです(大きさは長さ15cm弱、高さ7cmくらい)。回りには、どんぐりが数個と枯れかけた木の葉があります。
 Oさんの「フラのハンド・モーション」。解説によれば、「まだ文字を持たなかった古来ハワイにおいて動作に意味を持つフラが文字・言語の代わりとなりました」。一種の手話のようなものでしょうか。ハンド・モーションとして、次の3点が展示されていました(Oさんの作品は石塑粘土。コロナの後遺症で手が十分使えなくなったとか)。「アロハ(こんにちは)」は、胸の前で、右腕を前にして両手を軽く交差させます(このとき、胸と両腕の間は数センチ空けるようにします)。これは「愛」を現現する動作で、愛する人、自然、そして自分を(胸と両腕の間に)やさしく抱きしめるイメージです。「クー(私)」は、両腕を胸の前で内側に曲げ、両手のひらを内側に向けて両手指をぴんと伸ばして先をぴったり合わせます(胸と両腕の間に空間ができる)。これが「私」を表現します。「ハレ(家)」は、両腕を上に上げて両手のひらを内側に向け、ちょうど三角の屋根になるように両手指をぴったり合わせます。
 同じくOさんの「奏でる」は、チェロを弾いている男性の姿です。床にチェロのとがった先が突き、チェロの円い胴体を両膝の間にはさみ、さおの部分を左肩に立てかけ、右手で弓を持ち左手で指板をおさえて弾いています。楽器では、ラッパを吹いている作品もありました。さらに、平等院の 鳳凰堂中堂の本尊阿弥陀如来坐像とその両側の壁面上部に並ぶ全51躯の雲中供養菩薩像を念頭においたと思われる、Mさんの「極楽オーケストラ」シリーズがありました。展示されていたのは、「笛を奏でるソロの音声菩薩」「讃歌を歌い舞う菩薩」「太鼓をたたく菩薩」「笛を奏でる菩薩」の4点でした。このシリーズの今後が楽しみです。
 例年同様、各種の仏像が多数展示されていました。 Aさんの「風神・雷神」は、なんかかわいかったです(ともに高さ20cm弱)。向って右が雷神、左が風神。雷神は、右膝を突き左膝を立て両手にばちを持ち、斜め横に輪に連なって8個の太鼓があります。風神は、左膝を突き右膝を立て、両肩に担った風袋の先の紐を肩の前で両手でしっかりと押えています。名品と言えるような素晴しい仏像もたくさんありました。 Hさんの「与願地蔵尊立像」(右手は願いを成就するという与願印、左手に望みをかなえるという宝珠(先は丸くとがっている))、薬師如来立像(左手に薬壺、右手は施無畏印(掌を前に向け指をまっすぐ上に向ける))、釈迦如来坐像(禅定をあらわす定印(膝の上に両掌を上に向けて重ね両親指の先を軽く合わせる))、Ooさんの十一面観音菩薩立像、修行僧(少しずつ異なる瞑想中の小さな6人の修行僧)など…。
 すごい!と思ったのは、Kさんの「胡蝶蘭」。高さ2m以上はあるでしょうか、鉢から茎が伸び、枝が四方に垂れ、その枝に胡蝶蘭の花がたくさんつき、葉もついています。枝に触るとゆらゆらしますし(枝には竹を使っているらしい)、見た目もまるで本物の胡蝶蘭みたいだとか。また、「ちゃっぷりん」は、高さ20cm余の動きを感じさせる作品で、細い棒に左足だけを乗せて立ち、なにか宙に浮いているような躍動的な感じでした。「夢想」は、子どもが椅子に腰かけてまどろんでいるような作品、私にはよくわかりませんが、喜怒哀楽を表現する赤・黄・白・青で着色されていて、子どもがどんな夢を見ているのか想像してください、というものでした。
 面白くまたほほえましいような作品もありました。 Yさんの「道」は、長さ50cmほどの棒(枝?)の上端に大きなカタツムリ、下端に小さなカタツムリがいて、それぞれゆっくり歩んでいるようです。「朝上がり」は、30cm余の棒の両端からゆっくり歩んできたのでしょう、棒の真ん中あたりでふたつのカタツムリが角を突き合わせています。「ひだまり」は、長さ20cm余の自然木に、なんだかのんびりした感じで2匹の蛙がちょこんといます。
 Kaさんの「桜花」は、すっくと前を向いて立っているオオカミ(高さ20cm、長さ20cmくらい)が、180度後ろを振り返って斜め上の桜の花を見ています(桜の木は、高さ30cm、幅20cmくらい、斜めに伸びた枝にはたくさんの満開の花たちが並んでいる)。 Tさんの「不動の釣り師ハシビロコウ」は、ハシビロコウと、その隣りに釣り竿のようなのがあって、長く垂れた釣り糸の先には平べったい大きな魚があり、また回りには魚籠が3個あって、その中にもたくさんの釣果が入っています。(ハシビロこうは、どっしりとした感じの体に太いくちばしで、くちばしの先はフックのように下に曲がっています。ハシビロコウは、両脚の4本の指を広げてしっかりと立ち、長時間魚が水面にあらわれるのをじっと動かずに待っているそうです。)
Sさんの「カバ」は、ずんぐりした胴体に短い足、頭も大きく、首のあたりに幾重にも皺のようなたるみがありました(この蛇腹のようなたるみは、頭をあちこちに向けて動かすのに都合がよいそうです)。「午後の水浴び」は、何匹ものカバたちが水中に入って、顔だけを出したり、顔と背を出したり、背だけを出したりなど、水面に見えるカバたちの姿をあらわしたものです。顔だけを出したものを触ると、目が前にあり、その後ろに小さな耳があります。大きな口を開けたものもいて、その口には長く鋭い牙が上下に2本ずつあり、牙の間には短いとがった前歯が4本あります(これらの牙や歯は、オス同士の戦いに用いられるものだとのこと。彫刻では分かりませんが、牙の奥には奥歯(臼歯)があり、これで草をすり潰して食べるそうです)。
 
 私は次の5点の作品を展示しました。
●内部を見る:人体
 人の表面の形だけでなく、その内部ができるだけ露わになるようにと思って彫ってみました。(頭の中、胸部や腹部の内臓、手足の骨や背骨など)

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●まとう Ⅱ
 袖付きの頑丈な衣をまとっていますが、その中は空洞です。
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●大地は動くⅡ:噴火
 マグマ溜まりのある地層からマグマが火山に向って上昇、火山が噴火して噴煙が風で遠くまで達し、その下では噴石が落下しています。火山の麓には2人がいます。

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●大地は動くⅢ:津波
 東日本大震災の地震と大津波の様子を想像しながらつくってみました。大きく、陸側の部分と海側の部分に別れ、一部重なっています。遠くには大きな山が控えています。実際の様子を思い浮かべながらつくったので、心にはだいぶ負担になりました。

 (海側の部分:一番手前が地震を引き起こした長い断層、ここから津波がはじまって陸側に向かい、陸に乗り上げた津波の先は高く立ち上がっている。海面には、船に仰向けの人、転覆した船、大きな部材にしがみついている人、動物、建物の残骸など、多くの流出物。陸側の部分、浜に倒れている人、津波から逃げようとする人や車、壊れたり傾いたりしている建物、森や竹林や家など)

 全体の写真

 陸部分の写真

 
●航(わたる)
 大洋や天空をわたる船をイメージして作りました。船首の鳥(タカ?)と両舷の魚(サメ)に導かれ、人がその導きに身を任せて天を仰いでいます。
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 私は自分の作品をその都度解説しました。遠くは、大阪、西宮、福岡から、また東京周辺の美術館関係者も10人近く来られていました。とくに「津波」は皆さん熱心に見て触っていました。南三陸町にボランティアに入った方、津波発生から4か月後に閖上に入った方、福島出身の方もおられました。当日を思い出して涙ぐむような方、また、超絶感動!と繰り返しておられた眼科医さんもいました。「航」は今から10年余前、私が彫刻を始めて1年余くらいでつくったものですが、この作品にはなにか希望のようなのが感じられるという方もおられました。
 ただ、私の最近の作品は、説明しないと、見たり触れたりしただけでは何だか分からないものが多くなってしまいました。本当は、見ただけで、触れただけで、これはいいなと思ってもらえるようなのがよいとは思いますが。あとは、作品の力、鑑賞者の力に期待するしかありません。
 
(2026年9月26日)