[ 後編 ]
マッコイは故郷の街を思い出していた。
上流と下級、身分の差というやつが明確に区分けされた巨大都市ノーブル・・・
マッコイとその母はその街で下級と呼ばれる人々よりも更に「一番下」と称される場所にいた。
橋の下の家。両手におさまる小さな財産。縛られることのない、けれど得るものもない生活・・・
食べ物を盗んでくるのが彼の毎日の仕事だった。
大きいが軽く、盗みやすい『フランスパン』は母と2人で食べてもすぐにはなくならない。
マッコイはこのパンが好きだった。
特に大通りの小鹿亭、その焼き立てのフランスパンが最高だった。
いつもつまらなそうな顔をしていた母も、パリパリのパンを持ち返った時だけは口元を緩めた。
毎朝、通りに並べられるパンの中から一本をかすめ取っていくのが習慣になっていた。
しかし毎朝毎朝必ず盗みにくるものだからパン屋も黙ってはいない。反撃を開始した。
マッコイが最も盗んでいきやすい位置に『石』を詰めたパンを置いたのだ。
そうとは知らないマッコイは見事にこのパンを引き当て、前歯を少し失う事になる。
次の日から戦いは激しさを増していった。
マッコイは仕返しとばかりに2本の『フランスパン』を盗んでいった。
そうするとパン屋は2本のパンに石を詰めて罠をはる。
マッコイが3本、4本と盗めば、パン屋もまた3本、4本と石を詰めていく。
1ヶ月後・・・石入りパンを売るパン屋「小鹿亭」は大通りから姿を消した。
パン屋が潰れたことでマッコイの母はますますつまらない顔をするようになった。
貧しい生活だ。楽しいことなどそうあるはずもない。
けれど河向こうの橋下に住む猿顔のおばさんはいつも楽しそうだった。
同じような貧しい生活。歳も母と同じくらいだろう。加えておばさんは足が不自由だった。
それでも彼女はいつも楽しそうに笑っている。
なぜ?
ある日、母とおばさんの違いは「夫」がいるかいないかだということにマッコイは気がついた。
母がいつもつまらなそうな顔をしているのは、素敵な異性が側にいないからなのだ。
マッコイの父はマッコイが生まれてすぐに事故で亡くなったと聞いている。
父のことを考えたことはほとんどない。
マッコイは母に再婚を勧めた。けれど面倒くさそうにいつも適当に返されるだけだった。
マッコイが12歳のとき、母はこの世を去った。流行り病だった。
街を襲ったその病に猿顔のおばさんも上流階級の人間達も次々に命を落としていった。
死はあまりに唐突だった。
人の身分や幸・不幸は関係ないらしかった。
それならば・・とマッコイは考える。
同じ死ぬならその時まではずっと楽しいほうがいい。
自分は猿顔のおばさんのようにいつも笑って暮らしていこう。
素敵な異性を隣に立てて。
マッコイは病に負けない身体に生んでくれた母に感謝しながら故郷を離れた。
昔のことをぼんやりと思い起こしているうちに酒場についた。
扉を開けると喧騒に包まれる。賑やかなこの場所がマッコイは好きだった。
席について辺りを見まわす。お目当てのケーシーさんはすぐに見つかった。
きわどいバニー服に身をつつみ、忙しそうに酒場の中を動き回っている。
こんな綺麗な女性が恋人だったらそれはどんなに素敵なことだろう!
オーダーを取ってまわる彼女を目で追いかけながら、マッコイは鼻の穴を膨らませた。
長期戦で彼女にはあたる・・・先の誓いを思い出す。ストレートな告白はお預けだ。
彼女のハートを盗むまで迂闊な行動は厳禁だ!
そうこう考えているうちに彼女はマッコイのすぐ隣の席に酒を運んできた。
丁度マッコイに背を向ける位置で止まる。
いつ見ても惚れ惚れするプロポーションだ。何かこう、訴えかけてくるものがある。
腰まで伸びる金髪は絹糸のように細く美しく流れる。
セクシーなお尻はまるで彼にこんにちわと挨拶をしているようだった。
マッコイは吸い寄せられるように、素直にお尻に対してスキンシップで返し・・・
「エッチ!」
甲高い女性の叫びと「パーン!」という平手の音が街にこだまする。
またやってしまった・・・
マッコイの意識はそこで消えた。
盗賊の街ミスト。
世界中からすねに傷持つ者達が集まるこの街は今日も意外と平和だったりする。
( 完 )
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