2005年9月09日 荒武賢一朗さんと 建築あそび 講演記録 home
はじめに 江戸時代大阪の青物流通 都市と農村 幕末期
明治以降 おわりに 呑み語り1 呑み語り2
呑み語り2
s:あと
問題が起きたときに直接 生産者と仲買の人が話をしない、代理人を互いに立て合理的に解決しようとする。賢い方法。
感情が直に出過ぎて 無駄に決裂することを避ける、互いに共有できる利益の交叉点を探るというのは素晴らしですね。
現代人より賢いんじゃないか、成熟した大人の手法だなと思ったり してしまいました。交渉と言うのは、相手の利益を考えないと成立しないという、事を分かっている。冷静でいいですね。
敵か味方かのように単純に対立させて語ることはないように思えた
例えば現在で言うと、核兵器を保有しているという北朝鮮に、「諸問題があるから経済制裁しろ」と言ってる。気の毒なことだし人権は守られなければいけない。しかし相手の利益というか、相手はどうして欲しいのかということをマズ考えて 交渉手法を練り メッセージを発する態度がすくない。直感情をぶつける、背景はわかるが マズ無いよう見えるのですがね。内向きのメッセージなのでしょうが。相手を批判してるように見せかける政治的ショーにしてるばかりですよね。こちらの要求だけを、正論だと言っ、内向きに流して見せるばかりでにみえるのです。
自分たちの祖先が植民地政策をしたという問題は 曖昧にしたり 棚上げにして 賢い戦略を練り交渉しないと・・。こちらの・あちらのナショナリストの餌食ネタを提供すたいるだけになるし。問題を難しくするために、言っているじゃないか〜という風にみえたりするんだけど。
今日の話と 関係ないんだけど、お話しを聞いてて、そんな想像もしてしまいました。
あとは ですね〜
mチャン居る間に、
彼女が育ったに福島の話をしましょう〜 福島河岸や
柳町に関する話をmチャンにしていただいて、また野菜の話しに戻るということで、取りあえず野菜の話は一旦終わりましょう。。
会場 わらい
s:テープはどうかな良い感じなんじゃないかな。あぁあと10分あるな。mチャンここのきてよ
m:わたしよく分からないけど・・どこを見たんですか
my:旧城下町を全部ですよ。・・
地図を広げるmチャン・・
m:旧市内というか、
my:最初は
県庁の展望台から眺めて、ズーット歩いて、稲荷神社からズー〜ズー〜と歩いて
m;お二人で
my:二人で、レンガ通りこう行って。稲荷神社から 旧街道をずーっと、。なぜそういうことをしたかというと、荒武さんに
リストを・・。さっき
汽船の話が出ましたけど、
明治17年ぐらいの三菱郵船。今の日本郵船という会社なんですけど。そこのお客さんのリストがあり
福島の人の名が多数出てくるんです。ここの福島町
10丁目、11丁目。1・2が柳町で。3・4が荒町で。ズーット福島の商人が出て来ていて。実際に今この人達が居るのかどうかという話と、その現状はどうなっているのかということを 調べていて。
無いとしたら、別な方にいろいろ聞いて こういう商売をやっている人ですよと・・ま今日 行った感じだと、
m:あちこち有ったでしょう
my:更地になっている、
駐車場に成っているのが多くって、
m:そうなんだ 最近はね〜
my:で、これ
中合だよとか。あと、これ
家具屋さんだよと。教えてもらったんです。看板は無くなったんですわ。商売やめちゃったのかな〜
my;ここの・写真店とか・・。ズーット歩いたんです。結局ま〜西方さんだと、西方商店の西方だと思うんですけど。・・ズーット歩いたんですね。これ北山三郎という
古関裕二の実家だという。
m:家の母がよく行っていたんですよ。、
my:南から北まで全部歩いたんです。出来れば当時の状況がどういう状況で、・・
皆
で名簿を見つめている。会場・・わりばしないかな〜良い割バシかってきたのね〜 と台所でかたづける音がする・・ガタガタカチカチ・・
m:私の母とか 生きているとき来てくれると分かったのにね〜
明治生まれだからね〜
my:ああそうなんですよね
m:もしものときには私の友達が、ここが私の同級生の家なの。これこれです
あ:は〜は・・
m:この
スタートが私の
友達の家なのね。私の同級生の人は今ここに居るんですよ、ここに茶屋ヤッテイルんですよ。
あ:
飛ばしたな〜
my:とばしちゃった〜
m;ここに行ったら歴史なんか一杯ある。ここ日本銀行の・・
あ:ここの前は通ったんですよ。
m;ここに寄ってくれると良かったのにね〜
my:
ひえ〜なんだ
m;昔の話とか知っている人が居るって。
my;:あ拠点だったんだ〜
あ:明日一番で行きます。
m;あたしの友達だから 言ってみてください、◎ちゃんね〜。佐藤さんのことも知っているから
s;あぁ しっている
会場 わらい・・なんだ〜・・
m:ここのに今、店を出して。◎チャンが中心になってヤッテイから。ここに行くといろんな人が来て
昔話をしていくって。ここに
渡し船があったりとかね。
my:なんだ〜一番肝心な〜・・
m;ここがスタートだから・・。
s:最初のスタートの所なにやさんだったの
m:
魚屋
my;あぁやっぱり魚屋か
あ:これは朝早くおきて行って ちょっと・・。
my:ここが
船運の終点で。色んな資料を見ていると、魚が阿武隈川ドンドン上ってね〜魚と塩とね〜
m:ちなみに私の母は、これ西庁舎でしょう。自治会館。ここにあったの。家は塗装業なんですけど、載っていないね〜。
あ;なんだ〜・・
笑い
m:この通りには
産物屋がズーットあって。kチャンいるでしょう。あの人の昔の知り合いのお父さんの実家もこの並びかな〜。ここが福島で一番栄えていた
中町という
s:居ないね
my:中合ここから移ってきたって、
m;中合は
近江商人なんでしょう。
あ:これは、myさんには 東北の関係者だけしか渡していないです。実は近江なんかも沢山入っているんですよ。そういう意味では
福島とか仙台には近江の人がたくさん入っていて。
三菱と契約して行っているのかな〜という気もするんですね。
my;これ近江屋やという 内池ですね。内池醸造のね。
なんだ飛ばしちゃったよ〜
m;◎チャンのとこに行くと詳しいと思うよ。今の町おこしもやっていて 彼女が一番だって
my:なんだ身近にいい人が居るんじゃないか〜、これで何か書けそうですねマスマスもってこれは・・・
m;行ってみて◎ちゃんの所に。とても関連があるんだよね
s:今
町おこしどういう風にヤッテイルかも分かるよね〜キット。
m;この地図を作ったの◎ちゃんなの。
s・これ持ってきた
my:ここに来たら置いてあった。
m:これ持っていっていいですよ
my:県境ぐらいで和紙を一杯作っていて、
m:私が小さいとき
渡し船があったの。ワイハンで
デートコースでね〜、
s:おもいだした
会場わらい・ワハハワアワア・・
m;
わたしらじゃなくっ、私の兄とかは。・・・私は富士銀行の支店長宅があった
my:ない。みんな駐車場になっている 県庁に近いんで。豊田町とか 駐車場になっているのもあるんですけど、こっっちは
ガスカスでしたよ。
s:県庁に近いし、職員とかの 駐車場になっているとか。最も栄えた、100年程前の姿、町の栄華は見る影もないですね・・。
my:
かすかに 行って分かった。山形の方の小島グループっていう大きくなっている商人がいて、それが江戸時代の終わりに、この辺に取引に来ているんですよ。廻りの、郷の目とか・あの辺の御お百姓さんが、この辺で日常品を買って、肥料を買って・・・
m:紙屋とか雑貨屋とか、いまパットしいけどね。あとは産物屋だよね。蚕とか
s:
生糸でしょう
m:生糸。生糸の工場とかあったよね。
会場 ああぁ
s:
遊郭なんかもあったんでしょう
m:遊郭はもっと西側の・・
my:おれ小学校のときその辺で遊んだな〜。矢剣だから、それと知らずにその辺通っていたな
m;一本杉って言って、ホントに
遊郭の跡だね。そこは私の同級生も居たけども。その建物はそのまんまにしておいて。昔の
引き揚げ者の人とか、裕福じゃない・・わかるでしょ。中国にあるような廻りに全部建物があって真ん中があいて
庭になって。
s:四合院かな
m:部屋がいっぱいあって。一部屋に何人も住んでいたりね。真ん中は開いてるの。廊下の所を台所にして。そこに引き揚げ者みたいな人が居て・・。あとはお寺町だね。ここにまとまってお寺がある。
s:mチャンと◎チャンをガイドに
現地調査をしなければいけないねこれは。ジャー直ぐ廻った方がいいよ
m:
◎チャンは詳しいよ。元々ここ魚屋の娘なのよ。嫁に行ったんだけど、ここにズーット暮らしているから、昔のことも知っていると思うよ
s:ここで生まれ、ここで育ち、ここで暮らしている
my:今いろんな話を聞いておかないと・・
m:彼女はテレビにも出てるし、ラジオもでてるし、対談もしているし。政治的にも・・
あ:そういう意味でも積極的な方ですね。
m:
そうです。
とまだまだ話は続くのでありました・・お終い。
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