アンコールワット遺跡群(タ・プロム寺院)
2002年12月15日

悪夢のようなポル・ポト政権が滅んで10年。新生カンボジアは世界遺産に登録されたアンコールワット寺院の観光を命綱にして、力強く生まれ変わろうとしていた。

しかし私が今回の旅行で1番心に残った風景は、世界中の学者や研究者達が智恵と技術を結集して修復しているアンコールワット寺院の美しい姿ではなかった。
もちろん、クメール王朝の栄華の歴史を刻む輝かしい王達の戦争の記録のレリーフや、美しい女神デバターたちや、数々の神話の彫刻は予想以上にすばらしいものだった。
でも、私はそれらの遺跡群の中にあって、修復の手が入らずに発見当時の姿のままで残されているタ・プロム寺院が1番印象に残った。

ここは自然の力を明かにするために樹木の除去や寺院の改修をしないままで据え置かれているとのことだ。
スポアン(溶樹)と呼ばれるガジュマルの大木が遺跡を押しつぶすかのような勢いで巨大な枝と根を天と地に向けて伸ばしている。
樹齢はおよそ300年とのことだが、この木は俗にチーズの木と呼ばれている。まさに溶けたチーズが天空から流れ落ちてきたような感じだ。

木の根がわずかな石の隙間を見つけて侵食している。
この辺りはアンコール遺跡群の中でもとりわけ森が深く、鳥や獣が豊富に生息しているところらしい。300年前に鳥が運んだ一粒の種が放置された寺院の壁面の上に命を芽生えさせたのだろう。
タ・プロム寺院は特に東洋人に好まれる場所だといわれている。この鬱蒼とした森に包まれ、崩れ落ちた廃墟の中で、悠々とそそりたつ巨木をみていると、人間の力の限界を感じてしまうのは私だけだろうか。
1186年、仏教寺院として創建されたが、後にヒンズー教寺院として改宗。
壁面には苔に覆われた女神デバターの美しい彫刻が残り、巨木に破壊されるままになっているタ・プロム寺院を静かに見守っている。

まさに栄枯盛衰というか平家物語や「もののあわれ」に通じる雰囲気をもつ神秘的な場所だった。

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