夢惑う世界 草紙<蜃気楼> |
蜃気楼 その12 | 発行日 2000年4月8日 編集・著作者 森 みつぐ |
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季節風
春の訪れを一番感じるこの季節に入院していたので、2週間ぶりに見た庭々の木々や路傍の草花が、大分生き生きしてきたように思えた。通院で市立病院へ行ったとき、病院手前にある空き地の土手に、レンゲソウの赤紫の花が、まだ殺風景な色調の草地を染めていた。
今年は、少し春が足踏みしていたようだが、ここに来て一気に弾けそうな春の陽気である。木々の葉も春の陽光が眩しそうに、少しずつ萌黄色を開き始めている。近所の庭木にも、赤紫の花が一杯に咲き乱れているモクレンが春の風に揺らめいていた。 |
言いたい放題
年間総労働時間1800時間は、何処に消えてしまったのだろうか。現在の構造不況による人員削減が、更なる労働時間の増加をもたらしている。適正な人員とは、年間総労働時間を何千時間と想定しているのだろうか。
昨年、日経連がワークシェアリングの必要性について問題提起をしたが、連合は「人件費抑制は、雇用の分かち合いではなく賃金の分かち合いに過ぎない。まずサービス残業の解消、有給休暇の消化が先」と反論した。しかしながら、サービス残業や有給休暇の未消化を見て見ぬ振りをしているのは労組である。同じ穴のむじなとしか言いようがない。
今後日本は、急速に少子高齢化社会へと向かう。労働力人口が激減することは、明白だろう。短時間勤務は、雇用の創出のみならず女子および高齢者にも、一つの労働形態として大きな意味を持つものである。まして、最近の豊かさを問い直す風潮の中で、時短を獲得するための一手段である。賃金の分かち合いは、会社への帰属意識を高めるための退職金や福利厚生を必要最低限にすることによって解決できるだろう。
ワークシェアリングで労働者は、賃金よりももっと大事なものを得る可能性があることを忘れてはいけない。 |
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つくしんぼの詩
前回医療について書いたせいか、先日まで2週間余り網膜剥離で入院していた。以前、白内障の手術をしているので眼球内が見えづらく、何処から剥離しているか分からないままでの手術だったが、順調に快復している。
病気になってみると、やはり人生について考え直してみたりする。私は、永生きする。しかし、その前に目の方がダウンしてしまう。まして退職する前に、このような状態になったら、悔やんでも悔やみきれないと。やはり、目処が立ち次第、自分の思うがままの道を歩まなくてはいけないと。 |
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虫尽し
アルゼンチン南部のパタゴニア地方は、強い風が吹き荒ぶ荒涼とした原野が何処までも広がっている。飛行機の小窓から覗き込んでも緑は見えてこない。目的地までバスに揺られて車窓から見る景色は、半砂漠化したような原野が何処までも続いている。ところが、この憂鬱な心境も砂地の原野を歩いていて吹っ飛んでしまった。原野には、銀紙でこしらえたようなチョウが、きらきらと翔び交っていた。 |
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情報の小窓
『すでに大量の資源を消費している先進国の人間にとって、経済成長は優先目標になり得ない。効率・成長・競争を優先するアメリカ・モデルが二十一世紀を先導する可能性はない。・・・ヨーロッパ人は、文明の共通ルールと固有の文化の多様性の組み合わせに向けて、接続可能な社会に向けて模索を開始している。・・・』
NHKブックス「日本をどう変えるか」正村公宏著 (経済学) |
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Copyright (C) 2001 森みつぐ /// 更新:2001年5月14日 /// |