夢惑う世界 草紙<蜃気楼> |
蜃気楼 その45 | 発行日 2003年7月13日 編集・著作者 森 みつぐ |
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季節風
通勤途中の民家の庭で、白いムクゲの花が咲き始めた。花は、1日花とのことなので、毎日毎日、新しい花を見ていることになる。なかなか美しく心に染みいる花である。
ところが私の場合は、ムクゲを見ると、やはりムクゲコノハを思い描いてしまう。大きな蛾で、後翅がピンク、黒、青紋とこれまた美しいヤガの仲間である。ただ、幼虫は見たこともなく図鑑には、「食草は、オニグルミ」としか書いていないので、ムクゲとは関係ないのかも知れない。でも私は、ムクゲの花を見ると、ムクゲコノハを連想してしまう。(蛾類幼虫図鑑には、やはり食草はムクゲが記されていた。) |
言いたい放題
人口減少社会が、そろそろ始まる。そして多くの知識人がそれを危惧する発言を行っている。日本産業が活力を失うと。
右肩上がりの経済成長は、鈍化して縮小する危惧も声高に訴えられ続けている。人口減少と経済縮小は、リンクされて語られる。全てが、経済を中心に考えられている。
人口減少社会は、本当に危惧すべき事なのだろうか。私は、そうとは思わない。この日本の国土に1億2千万人強という人口は、多すぎるのではないのだろうか。世界有数の人口密度を誇る日本である。知識人の多くは、人を経済大国日本での労働力としての人、消費者としての人としか見ていない。そして世界有数の経済大国の日本が、後退してゆくことを危惧しているのである。ナンバー1を望む多くの人にとっては、それは耐え難いことなのかも知れない。
行き過ぎた競争社会を望まない私にとっては、物の豊かさよりも心の豊かさを求めている私にとっては、人口社会がもたらすだろう別の意味での効果に期待する。追いつ追われつの経済至上主義の競争社会からの逸脱により、新しい豊かさの価値観を創造し、育成してゆくことによって、別の意味での社会の活力が得られることを期待している。そして、そのことによって人口は、安定期を迎えることになるだろうとも。 |
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つくしんぼの詩
大型トラックの事故が多発している。そのお陰で交通事故と言えば、大型トラックの代名詞になりつつある。そして大型トラックは、国民から目の敵にされている。
しかし車は、交通事故を起こすのが当たり前なのである。事故を減らすことはできるが、無くなりはしない。無事故は、偶然の賜物であることを肝に銘じなければならないだろう。そう言う意味で、交通事故は、何ら大型トラックだけに限られたことではない。交通事故の加害者に、誰でもなりうるのである。
交通事故を減らすのは、私たちの生き方そのものを問う必要に迫られる。 |
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虫尽し
キューバでの採集最後に、トリニダーの街裏にある丘に上った。頂上にある鉄塔に続く道以外に、もう一つ別の小径があり、そこで昆虫採集をしようと思ったのである。
頂上付近でその道へ続く藪の中を通ろうとしたら、黒い物体が目に入った。“うん!やけに大きな牛だこと!”“そこを通りたいんだけれども!ねえ、だめ!・・・”最後の最後に、こんなところで躓くなんて思っても見なかったよ! |
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情報の小窓
『・・・それどころか労働時間が終われば、つきあいや接待などの疑似労働時間を増加させる。というのも、競争社会のなかで不安をあおられているため、多忙意識のなかで不安をまぎらそうとするからである。つまり、人間的な自由時間が増加するのに恐怖して、労働時間の減少を疑似労働時間を増加させることで相殺し、多忙意識に逃げ込もうとする。』
岩波新書「人間回復の経済学」神野直彦著 |
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Copyright (C) 2003 森みつぐ /// 更新:2003年7月13日 /// |