夢惑う世界 草紙<蜃気楼>
夢惑う世界 蜃気楼 その71 発行日 2006年5月21日
編集・著作者   森 みつぐ
  季節風
 今年は、5月に入っても気温が低い日が続いている。雨も降り続いて、なかなか山野に歩きに行くことができないでいる。それでも草木は、すっかり枝葉を伸ばしている。奥手のプラタナスも、大きな葉っぱを空に向けていっぱいに広げている。
 2週間ほど前になるが、近くの山へ歩きに行ったとき、まだ新緑の乏しい林道の下草に、大きな白いオオミズアオが風に揺られてしっかりと掴まっていた。あれから、すでに2週間、すっかり新緑眩しい林道になっているだろう。また行きたいのだが、今日も雨。
  言いたい放題
 毎日のように悲惨な殺人事件が、マスメディアを賑わしている。子どもたちが被害者になる事件や、逆に子どもたちが加害者になる事件も多くなっている。また、コンビニや郵便局などが狙われる強盗事件も相変わらず頻発している。
 いつ我が身に降りかかってもおかしくない、物騒なご時世になってしまった。十数年前、このような不可解なアメリカのニュースが報道されていたのを思い出す。子どもたちの事件、悲惨な殺人事件など、その当時は、日本とは別世界での事件としか思えなかった。ただ、いつしか日本も、このような物騒な国になってゆくのだろうなと、漠然と感じていたのは確かである。
 文化の異なる国同士なのだが、グローバル化を目指す企業や政府によって、グローバル化と銘打ったアメリカナイズが急速に広がった。物(金)が第一という価値観への変化や地域社会の崩壊が加速され、日本人の心が育たなくなった。無機化した心しか持てない人々は、企業や政府が作り上げてきたのである。
 今一度、現実を直視し、自分の生き方を問い直してみる必要があろう。
  つくしんぼの詩
 今週、NHKのクローズアップ現代で「微生物ハンター」についての特集を行っていた。微生物ハンターは、世界中で、人類にとって有益な微生物を探し回っているとのことである。
 生き物を扱うからといっても、採集家や収集家ではなさそうである。彼らは、経済的価値のある微生物を探している。人類にとって有益な微生物は、金儲けの対象になるのである。この世の中、生き物の価値も市場原理で決まる。人間も何もかもが。
  虫尽し
 先日、薄暗くなり始めた家の前の道を歩いていると、5mほど先で黒い物が蠢いているのを見つけた。近付いてゆくと、路上で翅をばたつかせているクロアゲハであった。翅は問題なさそうなのだが、翔べないでいる。家に持ち帰って、暗い部屋のカーテンに止まらせた。
 翌朝、探したのだが見つからない。窓下には、ふさふさした黒い塊が落ちていた。“なんだろう!”窓をよくよく見ていると、大きなアシダカグモが隠れていた。“えっ!もしかしたら、あの塊は、・・・!!”“あんたは、ゴキブリを退治してくれたらいいの!!”・・・
  情報の小窓
『むしろ、人々が排除されないように、誰も負けないようにすることが必要なんだ、というわけですね。そして、負けているといいながらも、抵抗としての自由を行使できるのは、強い主体だけだ、といわれます。今の世の中の趨勢をみると、こうした自由を発揮する人々がいるにはいるけれども、非常に少ない。多くに人々は現に作動している権力のなかに何とかとどまっていたいので、どんな屈辱的な条件でも受け入れる。組合員がリストラされても、労働組合も戦わない。社会運動もしない、ということになっています。・・・(省略)・・・負けることに意義を見出すのは、現在の権力とは違う権力のあり方を構成することができるという考え方がその背後にあるからではないでしょうか。ところが、今の多くの人々は、「まあ、こんなものじゃないか」というかたちで黙従してゆくわけです。』
 中公新書「社会の喪失 現代社会をめぐる対話」市村弘正・杉田敦

Copyright (C) 2006 森みつぐ    /// 更新:2006年5月21日 ///