夢惑う世界 草紙<蜃気楼>
夢惑う世界 蜃気楼 その 発行日 1999年11月30日
編集・著作者    森 みつぐ
  季節風
 朝夕、すっかり冷え込んできた。しかし、まだ日中気温は、20℃近くまで上昇する。ある日、洗濯物を干していると、サツキの葉上に、緑色したアマガエルがちょこっとへばり付いていた。そう言えば、夏の雨交じりの日には、何処からともなくカエルの聲がしていたが。この辺りには、カエルが生息できそうな場所はないのだが、何処でオタマジャクシは、悠々と泳いでいるのだろうか。多くの家から庭が消え、コンクリートで埋もれてしまった。それでも、ほんの僅かな土さえあれば、緑は育つ。もうすぐ12月だと言うのに、ヤマトシジミが元気に翔んでいた。
  言いたい放題
 東海動燃・ウラン処理の臨界事故、神奈川県警の度重なる不祥事、商工ローン・日栄の恐喝まがいの取り立てなどなど世間を騒がす事件は、後を絶たない。
 しかし、サラリーマンなら似たり寄ったりのことが、自分の勤務する会社で日常行われていることと思ったのではないだろうか。ただ、その内容が社会に及ぼす影響の度合いが違うだけである。しかし、人権侵害であることには違いない。労働者にとっては、このような社会一般から乖離した倫理観の企業の中では、まともなアイデンティティを育むのは困難であろう。そう言う理由からしても、自立した社会人になることが望まれるが、同時に企業も変わらなければならない。
 日栄社長は、参院・参考人招致において、恐喝まがいの取り立ては一社員の問題で会社ぐるみでないと明言した。私は、この社長のように、人並み以上に努力してきたことを公言し、部下に対しても同じようにすることを要求する人間を信じていない。この前読んだ文藝春秋にも、このような考えのA社社長の理念が載っていた。このような理念を労働者に一方的に押しつけたとき、安心して楽しく暮らすための労働が、ストレスに変わり、不祥事の火種は燻り続けることになる。
  つくしんぼの詩
 アメリカで、丘陵の自動車道を歩いていたら、路傍の叢には、ペットボトルやビンなど多くのゴミが散らかっていた。多くの国で同じであるが、ものが溢れている国ほど酷い。
 アトランタの地下食堂街を通った。殆どがファーストフード店で、飲食料品の容器は、全て使い捨てである。そして、それを袋に詰めてくれる。買った人はというと、近くの椅子に座って食べ、容器はゴミ箱に入る。お客にとっては、非常に便利かも知れないが・・・。
  虫尽し
 私は、日中歩く。とにかく道が続く限り緑の中を歩く。こういう場所で出会う虫は、やはりチョウやトンボが主である。隠れているのまで無理して探そうと思わない無精な昆虫採集をしている。林道を歩いていると、前方をハエみたいな虫が飛び立っては降りる。細長い脚の昆虫・ハンミョウである。日本には、世界一美しいハンミョウがいる。やはり、歩くと楽しい。
  情報の小窓
 『「非効率」とされるものをすべて否定してゆく社会観はあまりに偏狭であり、浅薄な商業主義を蔓延させるだけで、人類史の文化的価値を否定するものである。薄っぺらな時代認識や流行の議論に漂っている限り、決してあるべき未来は見えてこないこと。ジョークとナンセンスへの悪乗りだけで思考を収斂させる努力に欠ける・・・』
 中公新書「国家の論理と企業の論理」寺島実朗著

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