春雨のなかより見れば葦原の奥つ山にはみ雪降りたり
山なかに下駄はきかへぬ萱草のここだ芽をふく日向に疲れて
枯芝原よべ降りし雪のとけしかば辛夷の花は雫してあり
旧道ののぼりくだりを行きしかば雉子鳴くもよ草山の上に
たまさかに妻と言語り時惜しみ春の夜なかの雉なく聞ゆ
古池に藻の草ふかく沈みたり寒けくもあるか白梅の花
白梅の花明るくて古池に搖るる光りのけはひこそすれ
夜おそくわが手を洗ふ縁のうへに匂ひ来るは胡桃の花か
遠空の山根に白く雲たまり著しもよ梅雨あがりの雲
故郷に夜おそく入り梅雨がふる夜汽車の窓に流れつつ降る
汽車のなかに来つる夏野の青羽蟲爪もて弾き飛ばしつるかも
丘の上に白き馬ひく人見えず白き馬行く夏草の中を
藪のなか露にぬれたる掌をひらき木瓜の青果を見せたり我子は
雨やみし露のしづくの草明りすかんぽの穂の長く伸びたり
来て見ればおくつきのへの隠り水あさざの花は過ぎしにやあらむ
たまさかに吾がまゐりこしおくつきの松葉牡丹の花さかりなり
人間の我の願ひはいと脆し夜は明けはなる朝顔の花に
朝顔の花に向ひて不覚なる涙と思へど疲れて流るる
咲き盛る朝顔の露にさはりたりほとほと夜は明けむとするも
電燈に照らされてゐる朝顔の紺いろの花暁近づけり
曇天の池一ぱいに蓮の葉立ち搖れもこそせね紅のはちす
ぽつかりと朝の曇りに花ひらく紅蓮華こそ大きかりけれ
蓮葉の廣葉のかげのこもり水光るともなし朝の曇りに
はすの花ひらきそろひて寂しけれ羽をすぼめ来る一羽の燕