和歌と俳句

與謝野晶子

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みじか夜や 嵯蛾の大堰の 山あひの 軽舸に吹かる くろ髪のすそ

若き日の 火中にたちて 相とひし その極熱の さかひにあらず

おん胸の 寸土をたまへ 花うゑて めでむと云ぶに 外ならねども

起きよと云ふ いづれの王ぞ こたふらく 鶯かへる 御内の少女

南無ほとけ 海の底土に 玉となる 日も女にて 見そなはせわれ

わが千とせ えしらぬ人の 幸に このひと時を あざましめなむ

紅き日の もとに青みぬ 山と木と 水と麦生と つばめの羽と

草の家は 日向あくどし 小琴もち 尋のこなたへ 逃げもおはしぬ

春風は わが面すぎて かくれけり かづき給へる うばの玉藻に

すてがきす 恋しうらめし うしつらし 命死ぬべし また見ざるべし

六月を うしと思ひぬ にはか雨 麦の穂にふる らうがはしさに

柑子とる 日をよろこびて 村人は つくりてあらむ しろ銀の箱

ふるさとの 山の焼生に 雨ふれば 春ちかき香の たつと思ひし

ある時は きたなきものの 目近しと 思ふがわろき 君を見るかな

くれなゐの 三重をくづさぬ 人の襟 けぢかに見つつ 東山ゆく

法華寺の 黒き千手の おん像の 御手勧進す 奈良の大路に

船べりの 波と御袖の うすものの 風とかよひぬ 夕川の人

たちばなや 薫るころもの 萎えみだれ いにける姿 おもほゆわれは

春の陽は 藁にかくれて ありけると あたたかげにも われよぶ兄よ

黒瞳 気あがりしたる 頬のいろに ひとしき色の 帳あげきぬ