和歌と俳句

與謝野晶子

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君行ける 百里も近き ここちする 雨ののちなる うす色のそら

おん心 うらより覗く ことばかり して生がひの いかであるべき

この恋は 中ごろとなり おのれより 君が獄に かくれけるかな

相よれば まだ知る人の なしと云ふ はかなごとする 人は誰誰

その眠 おだやかならぬ あかしをば 君が額に 見る日は寒し

よそ人が おとろへしなど 無礼なる こと云ふばかり 痩せて妬みぬ

一人の 慈母にひとしき 人を見ぬ あはれさびしき 世にあるわれは

あなかしこ 誹謗のやから 五逆をも をさめて捨てず 恋のみひかり

上総なる 銚子の海の 秋風は 黒き声あぐ 沖にいそべに

元日は 晴れ二日には かつらぎの 峰ましろにぞ 雪のふりける

ましろなる 蕾ばかりの 貝がらを 蜻蛉羽ふり とびめぐるかな

その昔 はじめて君と 洛外の 霧にまかれし 日もおもひ出づ

生涯に 我を忘るる 日と云ふは あるべからざる ことか否否

君を待つ 門燈台に べに蟹の はひ上りゆく 夏の夕ぐれ

あやまちを はなはだつよく 悔ゆるとか 手なふれそとも 云はぬわれゆゑ

ももいろの くさり緑の しろがねの この千条の くさりわれゆく

灰だみし 霧檐を這ひ しろき鳩 ほのかに舞へる 秋の寺かな

地震ゆりぬ 梨子色の壁 ゆるがしぬ あぢきなき日に 著く文のごと

わが袂 家鴨の脚に にごしたる 水に濡れつつ 摘みし芹の葉

日も夜も おん名を呼びぬ 下根なる 念仏宗の 僧ならねども