山を見て愁ふる時に少女来て白き扇をとらせたるかな
ほの白き天の川をば見に出でて夜鳥の啼くに逢へる寂しさ
枕上窓のよろひ戸あかつきの樹海の風の末端に鳴る
暁は雲はた水も動かずて死の荘厳のここちこそすれ
潮鳴る音にくらべて寂しけれ樹海の風は一しきりにて
湖をすべてななめに覗きたる撫の林のながき路かな
山高きところなれども地の底に湖畔は似たり精進の夕
ほの赤き小舟ばかりの影となり富士のうつれる暮方の水
去る雲も枕さだめて寝る雲もあてに振舞ふ富士の夕ぐれ
たそがれの風に靡くは岩山の蝋石色のつめたき玉簪花
ほととぎすホテルの裏の花畑に臨める富士は紫にして
それぞれの中に入日を負ひて立つ松籟山の深き暗色
山めづる心の外のこころより朝暮の霧の身にも沁むかな
御空をば引くや大地の引かるるや霧の中なる赤松の綱
藍色の濃霧の中に返の枝はつはつ見えてうぐひすぞ鳴く
曇れどもなほ真近きは玻璃の質失はぬなり朝山の雲
富士にある雲のひかりと赤松の精進の山の相てらす昼
日昇りて白き光にしびれ行く湖上の浪の見えわたるかな
うぐひすや富士の西湖の青くして百歳の人わが船を漕ぐ
船にさすからかさ重し湖へ富士の雲皆おちんとすらん
雲さわぐ裾野が原に萩の花唐紙の紅の色したる立つ
わが目には暗きところの見えずして白くさびしき山中の湖
富士の雲つねに流れて束の間も心おちゐぬ山中の湖
から松のところどころに屯する裾野が原に霧くだりきぬ
籠坂の峠に及び見かへれば雲に引かれてなびくみづうみ
雨こぼれ葡萄の色の山の霧うづまくもとの籠坂の路