和歌と俳句

與謝野晶子

山を見て愁ふる時に少女来て白き扇をとらせたるかな

ほの白き天の川をば見に出でて夜鳥の啼くに逢へる寂しさ

枕上窓のよろひ戸あかつきの樹海の風の末端に鳴る

暁は雲はた水も動かずて死の荘厳のここちこそすれ

潮鳴る音にくらべて寂しけれ樹海の風は一しきりにて

湖をすべてななめに覗きたる撫の林のながき路かな

山高きところなれども地の底に湖畔は似たり精進の夕

ほの赤き小舟ばかりの影となり富士のうつれる暮方の水

去る雲も枕さだめて寝る雲もあてに振舞ふ富士の夕ぐれ

たそがれの風に靡くは岩山の蝋石色のつめたき玉簪花

ほととぎすホテルの裏の花畑に臨める富士は紫にして

それぞれの中に入日を負ひて立つ松籟山の深き暗色

山めづる心の外のこころより朝暮の霧の身にも沁むかな

御空をば引くや大地の引かるるや霧の中なる赤松の綱

藍色の濃霧の中に返の枝はつはつ見えてうぐひすぞ鳴く

曇れどもなほ真近きは玻璃の質失はぬなり朝山の雲

富士にある雲のひかりと赤松の精進の山の相てらす昼

日昇りて白き光にしびれ行く湖上の浪の見えわたるかな

うぐひすや富士の西湖の青くして百歳の人わが船を漕ぐ

船にさすからかさ重し湖へ富士の雲皆おちんとすらん

雲さわぐ裾野が原に萩の花唐紙の紅の色したる立つ

わが目には暗きところの見えずして白くさびしき山中の湖

富士の雲つねに流れて束の間も心おちゐぬ山中の湖

から松のところどころに屯する裾野が原に霧くだりきぬ

籠坂の峠に及び見かへれば雲に引かれてなびくみづうみ

雨こぼれ葡萄の色の山の霧うづまくもとの籠坂の路