いざ行かむ 行きてまだ見ぬ 山を見む このさびしさに 君は耐ふるや
みんなみの 軒端のそらに 日輪の 日ごとかよふを 見て君と住む
鬢の毛に 散りしさくらの かかるあり 木のかげ去らぬ ゆふぐれのひと
木の芽摘みて 豆腐の料理 君のしぬ わびしかりにし 山の宿かな
春の日の 満てる木の間に うち立たす おそろしきまで ひとの美し
小鳥より さらに身かろく うつくしく 哀しく春の 木の間ゆく君
君すてて われただひとり 木の間より 岡にいづれば 春の雲見ゆ
山の家の 障子細目に ひらきつつ 山見るひとを かなしくぞ見し
ゆく春の 山に明う 雨かぜの みだるるを見て さびしむひとよ
ものごしに 静けさいたく 見えまさる ひとと棲みつつ はつ夏に入る
椎のはな 栗の木の花 はつ夏の 木の花めづる ひとのほつれ毛
あな胸の そこひの恋の 古海の 鳴りいづる日を 初夏の雲湧く
樹々の間に 白雲見ゆる 梅雨晴の 照る日の庭に 妻は花植う
くちつけを いなめる人は ややとほく はなれて窓に 初夏の雲見る
わが妻は つひにうるはし 夏たてば 白き衣きて やや痩せてけり
香炉ささげ 初夏の日の わらはたち 御そらあゆめり 日の静かなる
はつ夏の 雲あをぞらの をちかたに 湧きいづる昼 麦の笛吹く
燐枝すりぬ 赤き毛虫を 焼かむとて ただ何となく くるしきゆふべ
とこしへに 解けぬひとつの 不可思議の 生きてうごくと 自らをおもふ
あめつちに 頼るものなし わがなみだ なにいたづらに 頬をながれたる
はたた神 遠鳴りひびき 雨降らぬ 赤きゆふべを ひとり酒煮る
ひとりなれば このもちつきの 夏の夜の すずしきよひを いざひとり寝む