火を噴けば 浅間の山は 樹を生まず 茫として立つ 青天地に
天地の 静寂わが身に ひたせまる ふもと野に居て 山の火を見る
八月や 浅間が嶽の 山すその その荒原に とこなつの咲く
火の山の 裾の松原 月かげの 疎き月夜を ほととぎす啼く
月見草 見ゐつつ居れば わかれ来し 妻が物思ふ すがたしぬばゆ
青草の なかにまじりて 月見草 ひともと咲くを あはれみて摘む
あめつちに わが跫音のみ 満ちわたる 夕さまよひに 月見草摘む
紅滴る 桃の実かみて 山すその 林ゆきつつ 火の山を見る
虫に似て 高原はしる 汽車のあり そらに雲見ゆ 八月の昼
白雲の いざよふ秋の 峰をあふぐ ちひさなるかな 旅人どもは
糸のごとく そらを流るる 杜鵑あり 声にむかひて 涙とどまらず
うつろなる 胸をいだきつ 真昼野に わが身うごめき 杜鵑聴く
ほととぎす 聴きつつ立てば 一滴の つゆより寂し われ生きてあり
あめつちの 亡び死になむ あかつきの しじまに似たり 杜鵑啼く
わかれては 十日ありえず あわただし また碓氷越え 君見むと行く
胸にただ 別れ来しひと しのばせて ゆふべの山を ひとり越ゆなり
さらばなり 信濃の国の ほととぎす 碓氷越えなば また聞かめやも
瞰下せば 霧に沈める ふもと野の 国のいづくぞ ほととぎす啼く
ふと聞こゆ 水の音とほし 木の蔭に 白百合見出で ながめいるとき
身じろがず しばしがほどを 見かはせり 旅のをとこと 山の小蛇