和歌と俳句

若山牧水

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とある日の 朝のさびしき こころより 冬の野に出でて 君恋ふるかな

子のこころ 或ひは親の むきむきに 恋しとはいへど いまは燃えぬかも

あは雪を 手にもてるごとき あやふさを 老いませば君に つねに覚ゆる

咒ふべき そむきがちなる 子のこころ 老いたる親の その錆心

今は早や あきらめてかも おはすらめ 老いたる人の みなするごとく

落葉樹の 根がたのつちに うづくまり 君おもひ居れば 匂ふ冬の陽

うすがすむ みなかみの山 多摩川の 浅瀬に鮎子 まだのぼり来ず

水仙の たばにかくれて ありにけり わが見出でたる 白椿花

甲斐が根に 雪来にけらし むらさめの いまは晴れてな うち出でて見む

秋の朝の 酒場のつめたさ ひとびとの つかれたる顔 黙し動かず

萎えたる われのはだへに しみじみと 秋の朝日の さして居るなり

さびしさや 酒場の小窓に こぼれたる 秋の朝日を 酌みも取らうよ

秋の朝 酒場の鏡に 見入りたる われのひとみの 静かなるかな

崖のつち ほろろ散る日の 秋晴に 漆紅葉の さびしくも燃ゆ

浮雲に とりどり影の うまれつつ 真昼の空は 傾かむとす

秋の夜の ほのつめたさに いざなはれ 友恋しさは 火のごとく燃ゆ

消えみ消えずみ はるけき空に うす雲の うちもたなびき 朝野分する

秋の風 今朝は吹くぞと 閨あけて まだ覚めぬひとを かへりみるかな

風を強み 幹のあをみの いとどしく その根のつちは 揺れてやまなく