北原白秋

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廃れたる 園に踏み入り たんぽぽの 白きを踏めば 春たけにける

やはらかに 髪かきわけて ふりそそぐ 香料のごと 滲みるゆめかも

きりはたりはたり ちやうちやう 血の色の 棺衣織るとか 悲しき機よ

ロンドンの 悲しき言葉 耳にあり 花赤ければ 命短し

いと高き 君がよき名ぞ 忍ばるる 赤きロンドン 赤きロンドン

狂ほしく 髪かきむしり 昼ひねもす ロンドンの紅を ひとり凝視むる

縫針の 娘たれかれ おとなしく ロンドンの花を 踏みて帰るも

枇杷の木に 黄なる枇杷の實 かがやくと われ驚きて 飛びくつがへる

枇杷の實を かろくおとせば 吾弟らが 麦藁帽に うけてけるかな

吾弟らは 鳰のよき巣を かなしむと 夕かたまけて さやぎいでつも

馬鈴薯の 花咲き穂麦 あからみぬ あひびきのごと 岡をのぼれば

黒鶫 野辺にさへづり 唐辛子 いまし花さく 君はいづこに

病める児は ハモニカを吹き 夜に入りぬ もろこし畑の 黄なる月の出

日の光 金絲雀のごとく 顫ふとき 硝子に凭れば 人のこひしき

啄木鳥の 木つつき了へて 去りし時 黄なる夕日に 音を絶ちしとき

雲あかく 日の入る夕 木々の實の 吐息にうもれ 鳴く鳥もあり

あかあかと 五重の塔に 入日さし かたかげの闇を ちやるめらのゆく

かかる時地獄を思ふ、君去りて雲あかき野辺に煙渦まく

和歌と俳句