北原白秋

41 42 43 44 45 46 47 48

水の音 常は幽けき 庭ながら 人入り乱り たづきあらなく

まとに見て 松が枝黝き 日のさかり しばらくは聴かず 蝉の声すら

やり水の ちりりとくぐる 篠の根も 眼には光れど 心には観ず

うち見には 瓢枕に 仮寝して ただにとろほろと 人ぞ坐したる

この仏 いまだ酔ひ臥し 安らなり おのづからいつか 起き出まさなも

うたた寝ゆ 或は目ざめて たほたほと 振らす瓢か 酒をこほしみ

胸を張りて 朗らなりける 歌ごゑの 君なりしかも 塵もとどめず

よく遊び 常に愛でにし 山水と さやけかりしか とどこほる無く

狩野の 川瀬にすむ鮎の 若鮎の 今かさ走り にほふその子ら

霊柩車 火にほろびたる 街ぬけて ひたに香貫の 道駛りつつ

かきおろす 柩にうごく 日のひかり 夾竹桃は 今ぞくれなゐ

油もて すべなゑがくか 芋の葉を 露のまろびて 落つるその玉

すべはなし 風にかがやく 芋の葉を ゑがく油絵 われは観てをり

群れつつを 生簀の鰯子の 片寄りに そろひさ走り めぐりやまぬかも

船にして 網くりたらむ 子らがこゑ 夕焼の頃は とみに勢りぬ

三津の浜 ゆふさりつかた 出ありくと 絵を描く友の 傍に寄りゆく

南湖院 潮騒ひくし 春もやや 闌けにつつありて 人は果てたり

臨終まで 我をたのめと 沙汰せよと 待ちまけし君を ひとり死なしぬ

死顔の 神さぶ見れば 灯をつけて 揺るるコードの 影か隈だつ

和歌と俳句