山路こそ 雪のした水 とけざらめ 都のそらは 春めきぬらむ
雪分けて 外山が谷の うぐひすは 麓の里に 春や告ぐらむ
おぼつかな 春の日數の ふるままに 嵯峨野の雪は 消えやしぬらむ
思ひ出て 古巣に帰る 鶯は 旅のねぐらや 棲み憂かりつる
月みれば 風に櫻の 枝なべて 花かとつぐる ここちこそすれ
花をみし 昔の心 あらためて 吉野の里に すまむとぞ思ふ
思ひつつ 花の果物 摘みてけり 吉野の人の みやたてにして
吹みだる 風になびくと 見しほどは 花ぞ結べる 青柳の糸
もみぢ見し 高野の峰の 花ざかり 頼めぬ人の 待たるるや何
庭よりは 鷺ゐる松の 梢にぞ 雪はつもれる 夏の夜の月
松が根の 岩田の岸の 夕涼み 君があれなと 思ほゆるかな
葛城や まさきの色は 秋に似て よその梢は 緑なるかな
汲みてなど 心通はば 問はざらん 出でたるものを 菊の下水
思へただ 暮ぬと聞きし 鐘の音は 都にてだに かなしかりしを
あらしふく 峰の木の葉に ともなひて いづちうかるる 心なるらん
心をば 深きもみぢの 色に染めて 別れて行くや 散るになるらん
涙のみ かきくらさるる 旅なれや さやかに見よと 月は澄めども