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『清宮万太郎くんの事情』
…7…

 

 

 計算違いをしたんだと思う。僕だけじゃなくて、周五郎様も。

 恨むわけにはいかない、だって、周五郎様には僕の今夜のスケジュールなんてお話ししてなかったんだから。ご存じないなら、気遣えなくたって仕方ない。言えば良かったのだろうか、このあと予定があるって。でも……そんなことしたら、お優しい周五郎様のことだ。きっといろいろご遠慮される。

「畜生っ……! どうしてなんだよぉ……!!」

 怒りのやり場も思いつかなくて、僕は革張りのハンドルにバンと額をぶつけていた。

 

 午後11時、予定ではとっくに有泉様と周五郎様をお送りして、愛美花ちゃんの待つホテルの部屋に行けるはずだった。チェックインは昼間、時間があったので済ませておいたんだ。愛美花ちゃんからは部屋に着いたって、メールが来ていた。

 二つ折りの携帯を開いて、ぼんやりと見つめる。着信履歴を確認して、溜息つく。それから、一番上にあったナンバーを選択して、リダイヤルした。ワンコールで相手は出た。

「……万太郎くん?」

 部屋の壁に響き渡る愛美花ちゃんの声。海が見渡せるように大きく窓の開いた一室で、きっと彼女は待っている。僕がそこに辿り着くのをずっと待っていてくれる。可愛いカバーの掛かったベッドに腰掛けているのかも。部屋の照明も落として。

 そんな風に想像したら、すぐには声が出ない。自分で電話しておいて情けないけど、しばらくは息ばかり吐いていた。

「……ごめんっ……」
 その一言を、発するだけで、もう心臓が潰れそうだった。

 どうして、僕は。こんなことなら、最初から今日の予定をキャンセルすれば良かったんだ。でもっ……やっぱりそれは出来なかった。だって、今日じゃなくちゃ出来ないことがあったから。今日なら言えそうなことがあったから。

「ごめんっ、ごめんね……! 本当に、ごめんっ! もう、そこには行けないよ……僕っ、愛美花ちゃんとの約束、守れない……!」

 

 元はと言えば、おふたりの食事の時間が延びたんだ。

 5時にレストランに着けば、たっぷり3時間掛かったとしてもデザートを終えるまでで8時。そのあと、ホテルに一度戻って、多分しばらく名残を惜しむのだろう。でもどんなに遅くても10時頃までには有泉様をご自宅にお送りしようって、そう打ち合わせていた。

「申し訳ない、私が連絡するまで……ここで待っていて欲しい」

 今日一日も、いつ田所様に気づかれるか、ギリギリの瀬戸際で行動していた。僕の他にも応援してくれる人間はいたはずだ。でも、周五郎様の今日の全てを成功させるための最後の要は僕だったんだ。僕がどこまでもおふたりをお守りする。そう誓ったんだから。

 でもっ……でも。きっと、周五郎様はすぐに戻っていらっしゃるって信じていた。有泉様を連れて、おふたりがそれぞれの生きるべき場所に戻るために。そしたら、僕も今までの非礼を詫びて、愛美花ちゃんのための自分に戻れる。今まで、悲しませた分、罪滅ぼしをするんだ。……もしも、許されることならば。

 

 ……けど。周五郎様は、来ない。僕の中でもピンと張った何かが切れた。

 

「どっ、どうして? 私、待ってるんだよ。こんな風に連絡してくる暇があるなら、すぐに来てよ! 会いに来てよ……今日は、私の誕生日なんだよ! 一緒にお祝いしてくれるんでしょう……違うの!?」

 愛美花ちゃんが携帯を握りしめて必死に訴えているその姿が、僕には手に取るように分かった。会いたいよ、会いたいんだすぐに。でも、出来ないんだ。だって、僕は周五郎様に誓ったんだから。

 ……僕、愛美花ちゃんと周五郎様を天秤に掛けて、きっと周五郎様を選んでしまったんだ。こんな僕、もう愛美花ちゃんの彼氏でいる資格なんてないんだよ。最低なんだよ、全く。

 でもっ、好きなんだ。大好きなんだ。どうしたら、この気持ちを上手に伝えられるんだろう。僕には何もないのにっ……でもっ……!

「……ごめんっ……ごめんねっ……ごめんっ……」
それしか、言えなかった。でも、もう電話の向こうの愛美花ちゃんは何もしゃべってくれない。聞いてるのかも、分からない。

 

 ぷつっと、通話が切れた。愛美花ちゃんが電源を落としたんだ。それきり、いくらかけ直しても、駄目だった。

 


 しんと静まりかえった、ここは赤坂のホテルの地下駐車場。

 僕が運転席のシートに沈み込んでいるのは、黒光りするリムジン。今日のために周五郎様が特別に用立てたものだった。見たことも、ましてや運転したこともないすごい車に案内されて、正直足がすくんだ。すごく過去の出来事のような気がするけど……まだ、今朝の話なんだよな。

 ……もう、すっごい馬鹿だと思う。

 愛美花ちゃんが怒るのも当然。こんな僕にはとっとと愛想を尽かした方が、彼女の将来には有益だと思う。僕なんかと付き合ったって、何もいいことないんだよ。ただの、お抱え運転手。もしかしたら、今日付で解雇されるかも知れない身分。……それくらいのこと、しちゃったんだから。

 でも、ホント、情けないよ。こんな風にひとりぼっちで置き去りにされて。それなのに、僕はまだ、周五郎様を恨んでない。それどころか、もっともっと愛おしさが増している気がする。あ、もちろん、危ない感情じゃないよ。人間として、ひとりの男として、周五郎様は僕にとってかけがえのない御方だと思うんだ。

 周五郎様が、今夜一晩でもお幸せに過ごされるなら……僕は、もうそれでいい気がする。

 夜の12時になると魔法が解けるシンデレラ。それと同じように、ラッキーボーイだった僕の魔法も解けるんだね。……愛美花ちゃんと知り合って過ごした、夢のような日々。初めて抱きしめたこと、キスしたこと。そして……忘れられない夜のこと。

 僕には分不相応の出来事だったんだ。だから、覚めるのが当然の夢。それにもっと早く気づいていれば良かったね、そしたら、こんなに悲しまなくてもすんだのに……。

 

 ふと、目にとまった。

 助手席に、ずっと置いてあった小さな紙包み。今夜愛美花ちゃんに手渡すつもりだった、僕の精一杯の気持ち。無駄になっちゃったな……それだけはちょっと口惜しい。

 本当は、知っていたんだ。クリスマス・イヴのあの夜。僕が手渡したプレゼントを開けて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ顔を曇らせた彼女を。気づかない振りをしていたけど、ちゃんと分かっていたんだ。

 ゴールドとシルバーの小さなハートが付いた可愛いピアス。もちろん、愛美花ちゃんがずーっと眺めていたガラスのショーケースの中にそれはあった。でも……その隣に、もうひとつ。もっと彼女が欲しいものがあったんだ。

 包みを開いて、小さなケースの蓋を開く。中から出てきた……可愛いリング。あのピアスとほとんど同じデザイン。でも大きめのダイヤが付いていて、立派なエンゲージになりますってお店の人が言ってくれた。ちゃんと、ちゃんと、名前も入れて貰ったんだよ。僕の気持ち、伝わりますようにって、心を込めて。

 ――Lovin' you. M to Amika.

 きっと、これが愛美花ちゃんが本当に欲しかったもの。僕があの日、プレゼントするべきだったもの。あのときは、恥ずかしくて、もしもこんなの嫌って言われたらどうしようかって、不安だったから。つい、無難にピアスにしちゃってゴメンね。

 ちっちゃなダイヤだけど、キラキラ光ってる。防犯のためか、地下駐車場全体にこうこうと付いている夜間照明。車のルームライトなんてつけなくても、ちゃんと見える。

 これを渡して、きちんとプロポーズするつもりだった。もちろん、すぐにとは言わない。愛美花ちゃんにだって、ちゃんと選ぶ権利はあるから。でも、僕の気持ちは決まっている。これから先ずっと、ずっと一緒にいたいんだ。愛美花ちゃんを幸せにしたいんだ。

 ……そんなこと、もう言う権利はないけど。

 口惜しくて、口惜しくて、涙が止まらない。ギリギリのところで、自分の幸せを選べなかった。そんな馬鹿な自分が許せない。そして、愛美花ちゃんを泣かせたことも。本当に、本当に、幸せにしたかったんだ。僕の腕の中に飛び込んできた幸運を、ずっと抱きしめていたかった。

 夢、だったんだね。


 一張羅のスーツは、何も周五郎様の一日を演出するためじゃなかった。これは、僕が一生に一度、心からの愛を告げるために仕立てたもの。その膝にぼとぼとと涙のしずくが落ちていく。もう……どうでもいいんだ。「ナカノ」の社員という地位も、何もいらない。

 僕の幸せの全ては、周五郎様の今夜に使ってしまったんだから。神様は、ふたつの約束はしてくれない。僕の方は諦めなくちゃいけないんだ。

 

 ――どこかで車の止まる音。ばたんとドアが閉まる音がする。こんな時間に誰だろう……時計は11時55分……今日が終わる。

 

 さすがに冷え込んできたな、自販機のコーヒーでも飲もうかな……そう思って顔を上げる。いつの間にか真っ白になった窓硝子。その向こうで、コンコンと音がした。

「え……?」

 駐車場の入り口にいた守衛さんかな? そう思って慌てて涙を拭う。それから、ドアをガチャッと開けたら……?

「万太郎くんっ! やっぱりここだったねっ!!」

 あまりのことに声が出ない。まばらに車の止められている駐車場をバックに、僕の天使が微笑んでいた。

 


「あっ……愛美花……ちゃん!?」

 ようやく、そう叫んだら、目の前の映像がふわっとさらに近づいてくる。髪の毛とか真っ白なコートとか、そのフチが後ろからのライトでキラキラと輝いてる。すごい、後光が差してるみたいだ。

「なんで……、なんで、ここにいるの!? だって……」

 こんな時、どうすればいいんだろう。でも腰が抜けちゃった僕は、シートから立ち上がることも出来なかった。酸欠の魚みたいに口をぱくぱくして、もう、ろれつが回らないったら。

 だって、僕、一言も言ってない。今日、どこに行くか、何をしてるか。

 だから、今僕がここにいることも、愛美花ちゃんは知らなかったはず。なのに……どうして? どうして、会いに来てくれたの!? ――周五郎様が……いや、そんなことが出来る余裕があの方にあるわけない。いつもはどうか分からないけど、今夜は無理だ。

「万太郎くんの『おめでとう』を聞かないと、私の誕生日は終わらないの。だから、会いに来ちゃった。……どこに行くのか教えてくれなくても、だいたい分かってたんだ。周五郎様が会社に内緒で何かするなんて、絶対に女性関係だと思ったの。明日が婚約披露のパーティーだったら、チャンスは今日しかないもんね。幸い、周五郎様は目立つから、色んなところで目撃証言が取れたわ。で……今夜は多分、って」

 ふわふわふわ。彼女は細いヒールの音も立てずに、歩いてくる。だから、本当に彼女なのか、良くできた幻影なのか分からないんだ。冷たい指先が頬に触れたとき、ようやく「生きてる」って分かった。

「あんなに携帯の声が響くんだから、きっと地下の駐車場だと思ったの。都内で地下の駐車場があって、周五郎様がご利用になりそうな場所をだいたい絞って……で、二つ目でビンゴ。私の勘もなかなかのものね、タクシーの運転手さんにも誉められちゃったわ」

 長くてくるんとしたまつげの下の大きな瞳。僕をじーっと見つめる。そして彼女は僕の首に腕を絡めて、おでこをこつんとくっつけた。

「おめでとうって……言ってくれないの?」

 ふたりの間に白い息が湧き立つ。いつか見た大きな滝壺の水しぶきみたいだ。でも、白くけむった向こうで、確かに愛美花ちゃんが僕を見てる。神妙な顔をして。まだ半分寝ぼけているみたいな間抜け顔が綺麗な瞳に映ってる。

「あ……お誕生日、おめでとう」

 ありがとうって、小さく呟いて。そして、彼女は23歳最初のキスをくれた。

 時計は丁度0時に戻る。僕はギリギリで約束を守った。

 


「いいのかなあ……こんなことしていて」

 最高級のベッドってこういうんだなって思いながら、僕は白いシーツの上、まどろんでいた。ああ、天井が高いなあ。贅沢な造りってこういうところに違いがあるんだな。

「いいのよ。だって、周五郎様だって、今頃同じコトしてるわ」

 僕の胸を前髪でくすぐりながら、愛美花ちゃんもちょっと眠そう。もう今日は限界だから寝なくちゃ、って可愛らしく呟く午前3時。明日のお肌は大丈夫? って聞いたら、もう今日だよってふくれてる。そして、精神状態が安定すれば平気なのなんて、強がって。

 

 ――同じホテルにいれば、大丈夫よ。そんな風に彼女が言った。こんな夜更けにチェックインなんて出来るわけないだろって言ったら、そんなの周五郎様のお名前を出せばどうにかなるって言う。

 結局、その手続きは彼女がてきぱきと済ませてくれた。もちろん、周五郎様のお泊まりになっている部屋よりはだいぶランクが落ちるけど、普通じゃとても泊まれないようなすごい部屋を使っている。経費で落としちゃえって……大丈夫??

 

「……ごめんね、本当に」

 もう、今夜は何度謝ったか分からない。でも、他の言葉が思いつかないんだ。顔を見るとごめんって言うから、彼女はさすがに辟易したみたい。お得意のふくれっ面で、僕を見る。

「ごめんね、よりも他に言うことあるでしょ? もう、嫌になっちゃう、ムードないんだから」

 抱きしめても、抱きしめても、足りないくらい、恋しくて。何度も彼女の存在を確かめてしまう。でも、いいのかな、本当に。僕、愛美花ちゃんよりも周五郎様との約束を守ったような男なのに――。

「ねえ、愛美花ちゃん。どうして、僕と付き合おうって思ったの? ……聞いていい?」

 今まで。ずーっと不安だった。聞きたくても聞けなかった。怖かった。ただのつなぎみたいな存在だったら、ショックが大きすぎるし。でもそうとしか思えないし……。誰もかもが不釣り合いな変なカップルだと思っていたはずだけど、一番それを強く感じていたのは僕だったんだから。彼女には他にいくらでも選択肢はあったはずだ。

「……怒らない?」

 そしたら。愛美花ちゃんはそろそろっと顔を上げて、僕を見た。裸のまま、ぴたーっとくっついている僕たち。愛美花ちゃんを見つめようとすると、彼女の綺麗な首筋から鎖骨のライン、そして可愛い胸元まで丸見えなんだよ。当たり前なんだけど、見るたびにまだドキドキするんですけど。

 ……で? 怒らないかって、どういうこと!? まさか、ここまで来て、どっきりカメラだって言うんじゃないだろうね。いきなり、「ナカノ」の社員がここにふみこんでくるんじゃないだろうね!?

「私ね、……白い手袋している人に弱いの。もう、ちっちゃい頃から、半分病気みたいに」

 ……はぁ? っと思わず口をあんぐり開けてしまった。言葉も返せずにいると、彼女は更に続ける。

「実は私の父が若い頃、タクシーの運転手をしていたのよ。今は事務所勤務なんだけど。父の仕事姿が格好良くて、絶対に運転手さんの彼が欲しいと思ったの。でも、なかなかそう言う人とは巡り会えないでしょ? 誘われるままにおつき合いする人ってみんな面白くなくて。全然ときめかなくて、嫌になっちゃった。……そしたらね、ある日、素敵な男性に出会ったの」

 それが僕? って、自分を指さしてみたら、ううんって首を振る。じゃあ、どういうことだよ、おいおいおい!!

「穏やかな物腰で、白い手袋が似合っていて。もうお目に掛かった瞬間にときめいちゃって。遠くからでもすぐに分かっちゃうの……でもねえ、その方は私よりもずっと年上で、奥様もお子さんもいて。ついでに一番上のお子さんは私よりも年上だって言うじゃない。もう絶対に無理だなって、すっごく落ち込んで。そのうちに、その方、腰を悪くして退職されちゃったの……」

「へっ……、それって。まさか……」

 ――ちょっと待て。約一名、該当する人物を知っているんですけど……。

「おっ、親父!?」

 愛美花ちゃんは真っ赤になって、俯いてしまった。僕はもう、なんと言ったらいいのやら。待てよぉ〜、冗談じゃないよ! それじゃあ、まるでさ〜っ!

「うっ……でもね? しばらくして、周五郎様に新しい運転手の方が決まったって聞いて。そしたらね〜……」

 彼女はむぎゅーっと僕に抱きついた。もう、体温とか、それから心臓の音とか、みんなダイレクトに伝わってきて、ぞぞぞっと鳥肌が立っちゃうくらい感動してしまう。でもさあ、そんな風にもったいぶるのやめてくれない? 心臓がドキドキして、変になりそうだよ。

「その人をひとめ見たときに思ったの。前の運転手さんよりもね、今までのどんな人よりもね、ドキドキして、すっごくときめくなぁって……一目惚れだったんだよ」

「あっ…愛…美花ちゃん……」

 何か、もう。いいのかな、そんなの。上手く出来すぎてるよ、だいたい白い手袋してる人間なんて、世の中にいっぱいいるだろ? どうして、僕なんだよ、僕でいいのかよ!?

「それにねえ……万太郎くんとか、万太郎くんのお父さんのこととか、調べてたら。すご〜いこと分かっちゃったんだ……ふふっ」

 愛美花ちゃんはそこまで言うと、くすくすって笑い声を上げて、また僕の胸に顔を埋めてしまう。もう、何なんだよ〜! 一頻り笑って、それから彼女がもう一度話を始めてくれるまで、僕はもうどうしていいのか分からなくて、でもあんまり身体を密着されるから僕の分身は異様に元気になるし……。

「万太郎くんはどうして自分があんなに簡単にナカノに就職できたか、不思議に思ってない? そりゃ、お父さんの代わりって言うのもあったけど、それだけだったら他にも有能な社員はいっぱいいるでしょう。すっごいおかしいなって思わなかった?」

 ……ちょっとさ、愛美花ちゃん。それはあまりに言い過ぎ。さすがに落ち込むよなあ。なのに、彼女は嬉しそうに、楽しそうに笑うから、まあいいかなって気がしてくる。いいなあ、愛美花ちゃん。やっぱ、すごく可愛い。

「万太郎くんのお父さんってね、周五郎様の亡くなったお父様と同期入社で無二の親友だったんですって。ほら、周五郎様のお父様って婿養子でしょう? で、すっごく頼りにされていて、ゆくゆくはブレーンのひとりになるんだとか言われてたみたい。頭取もかなりご執着だったご様子だけど、万太郎くんのお父さんはずっと周五郎様の運転手でいいって。控えめな方だったのねえ……」

 何だ、それは。知らないぞ、そんなことっ!? 父親の職場でのことなんて、何も知らない。もともと無口で家では昼行灯(ひるあんどん)みたいな人だし……。ということは、もしかして。僕って、上手くいけば今頃重役のご子息とか、そういうすげー身分になっていたってこと……!?

「私、小耳に挟んだわ。頭取ね、万太郎くんをずっと周五郎様のおそばに置きたいと思っていらっしゃるんですって。あの清宮の息子だから、絶対にモノになるって。ふふ、すごいなぁ……私もいずれは重役夫人かなっ?」

 ――あっ、愛美花ちゃん……? あのっ、あのですね? もしかして……、最初からそう言うつもりで僕に近づいたとか!? え〜っ、そんなっ。そりゃないだろ……!

「馬鹿ねえ……何を考えてるのよ?」

 僕の表情から考えてることまで読みとったんだろう。愛美花ちゃんはまたくすくすと笑う。もう、笑いすぎだよ、シワが出来るよっ!

「万太郎くんに会ったときにそこまで思いつくわけないでしょ? 宝くじよりも確率低いわよ。だから、その先は私の勘なの。で、今回確信したわ。愛しの彼女よりも周五郎様を守れるような人なら、絶対に出世するって。いくら聞いても、とうとう話してくれなかったもんね、なかなか感動モノだったわ……ちょっと妬けたけどね」

 とろけるみたいに愛らしい笑顔。本当に、僕だけのものなのかな。僕だけのものになってくれるのかな!?

 

 ……もう。

どこまでが本当で、どこまでおちゃらけてるのか分からないよ、愛美花ちゃん。でもっ、やっぱ好きだな。神様は頑張ったご褒美に僕にもちゃんと幸せをくれるのかなぁとか考えてしまう。

 

 やがて。すやすやと寝息を立て始めた彼女の左手、薬指。ちゃんと輝いてる僕のありったけの気持ちを眺めながら眠りにつく。

 愛美花ちゃんの「トキメキ」が、ずーっと続きますようにって、祈りながら。

 

おしまい♪ (040214)



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