むかし 田邑の帝と申すみかどおはしましけり
その時の女御 多賀幾子と申すみまそがりけり
それうせたまひて 安祥寺にてみわざしけり
人々捧げものたてまつりけり 奉りあつめたる物 千捧ばかりあり
そこばくの捧げものを木の枝につけて 堂の前にたてければ
山もさらに堂の前にうごき出でたるやうになむ見えける
それを 右大将にいまそがりける藤原の常行と申すいまそがりて
講の終るほどに 歌よむ人々を召しあつめて
けふのみわざを題にて 春の心ばへある歌たてまつらせ給ふ
右の馬の頭なりける翁 目はたがひながらよみける
山のみのうつりてけふにあふことは春の別れをとふとなるべし
とよみけるを いま見れば よくもあらざりけり
そのかみはこれやまさりけむ あはれがりけり