名古屋市美術館でメキシコの絵にふれる

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 2月22日、名古屋市美術館で行われた視覚障害者対象の鑑賞会に参加しました。
 午前10時に地下鉄伏見駅でアートな美の方々と集合し、5分余歩いて美術館へ。10時半から、簡単な説明の後各グループに別れて鑑賞開始です。参加者は視覚障害の方が5名で、1人の参加者にそれぞれ名古屋市美術館のボランティアとアートな美の方が付き、名古屋市美術館のボランティアの方が主に説明するというかたちで行われました。美術館には「エコール・ド・パリ」「メキシコ・ルネサンス」「現代美術」「郷土の美術」の4つのジャンルのコレクションがあるとのことですが、各グループは興味に合わせて各コレクションを鑑賞したようです。私はメキシコ・ルネサンスを中心に鑑賞しました。
 
 まず、懐しいフリーダ・カーロ(1907~1954年)の「死の仮面を被った少女」(1938年)に再開です。もう10年近く前、フリーダ・カーロに興味を抱いて作品を鑑賞したいと調べてみたところ、国内では名古屋市美術館がこの作品を所蔵しているのみだということを知り、鑑賞させていただいた作品です(楽しい美術鑑賞の一日。なお、昨年春に国立民族学博物館で行われた特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」でも、この作品の拡大した写真が展示されていました)。
 立体コピー図版も触りながら思い出しながら説明を聴きました。サイズは、わずかに横長の葉書大(14.9×11.0cm)で、キャンバスではなくブリキに描かれています。緑の草地に5、6歳くらいの少女が裸足で立っています。(草地の奥のほうは緑が薄くなっていて、立体コピー図では遠くに山並の輪郭もあった。)画面の上のほうは、青い空に白い雲です。少女は、ピンクの袖なしのワンピースを着て、肌は茶色ないし小麦色?のようです。右手に黄色の花マリーゴールドを持ち、左手は花に添えています。顔は表情はなく、よく見ると耳のあたりに紐のようなのが見えて白い骸骨の仮面になっています(立体コピー図でも顔は卵型で特徴がない)。そして、少女の右足元には虎(正しくはジャガー)の面が置かれています。この面、耳は小さく、目は丸く大きく、口が大きく開き舌がべろんと出て血が流れ出し血だらけのようで、なんとも怖そうです。
 絵は全体としては異様な感じがしますが、この絵には作者のフリーダ・カーロの次第に悪化してゆく障害や繰り返される中絶や流産といったきびしい現実が反映されていると思います。そして、そうしたことをメキシコの民衆に親しまれている手法やモチーフも使って表現しているところにも特徴があるようです。まず、絵はキャンバスではなくブリキに描かれていますが、スペインによる征服後、メキシコの人たちの間では願い事に関連したことをブリキの上に絵や文字で描き、教会などに奉納する風習が広まったようです(エクスボトあるいはレタブロとも呼ばれる。日本の絵馬にちょっと似ているかも知れない)。少女が右手に持っているマリーゴールドは、メキシコでは死者を道案内する花とされ、11月1、2日の死者の日(カトリックの万聖節と万霊節に当たる日)のころは市街はマリーゴールドでいっぱいだそうです。また、少女の被っている白い骸骨の面はメキシコでは「死の仮面」と呼ばれ、死者の日をはじめ祭壇などにごくふつうに飾られているアイテムのようです。少女の足元に置かれているジャガーの面は子供の魔除けとして使われるものだとか(ジャガーの図像は中米や南米では古代から宗教・呪術的意味合いで使用された)。
 
 続いて、メキシコ・ルネサンス期に壁画家としてもっとも有名なディエゴ・リベラ(1886~1957年)の「プロレタリアの団結」(1933年)。(1929年、フリーダ・カーロ22歳、ディエゴ・リベラ43歳の時、2人は結婚。)縦160cm余、横2mほどの壁画(合板・金網・石膏の3層にフレスコ)で、17人の群像だそうです。中央の大きな人(レーニン)が、両手を前に出して、左手のひらと右手のひらの間に回りの人々の手をはさみ包み込むようにして団結をあらわしているようです。回りの人たちの中には拳骨を振り上げている人、手をひらひらさせている人、最前列で旗(この旗には「万国の労働者よ、団結せよ!」と書かれている)を持っている人などもいます。レーニンばかりでなく描かれた17人すべての名前はわかっていて、レーニンの両隣りはマルクスとエンゲルス、その両隣りはスターリンとトロツキー、旗を持っている人はユダヤ人でアメリカの共産主義者ジェイ・ラヴストーン(1897~1990年)だとか。黒人1人と女性2人(そのうち1人はドイツの革命家ローザ・ルクセンブルク)も描かれているとか。
 この壁画は、ニューヨークの新労働者学校のために制作された、植民地時代から1933年までのアメリカの歴史を主題とした「アメリカの肖像」という総数21パネルの連作壁画の中央パネルだそうです(21枚のうち現存するのは、この壁画を含めて8枚だけとのこと。アメリカに迎えられて制作したディエゴですが、その壁画の多くは撤去されたり破壊されたりしたようです)。
 
 次は、ホセ・クレメンテ・オロスコ(1883~1949年)の油彩画「メキシコ風景」(1932年)。新聞紙くらいの大きさ(縦約76cm、横約94cm)で、乾いたような大地にリュウゼツランの一種のマゲイが植えられている農園の風景のようです。マゲイはメキシコでは生活に欠かせない植物で、樹液の蜜水からはプルケという酒がつくられ、さらに茎などを発酵させ蒸留してテキーラがつくられるほか、その分厚い葉は建材として壁や屋根に使われ、葉の繊維は糸やロープ、布やサンダルにもなっていたそうです。しかし19世紀後半には、プルケやテキーラが重要な輸出品となり、広大なマゲイ農園が開墾されて農民たちは奴隷のように働かされたとか。この絵はそういう状況を背景に描かれたもののようです。
 画面中央やや下は窪みのようになっていて、その上に巨大な植物マゲイが葉を横に大きく広げ、先端は画面右端に達するくらいのようです。画面左側には母と子、画面右側には農園主らしき人。画面左の母は、座って袋を背負いなにか彫るような道具を持っち、上目遣いでなにか見つかってしまった、失敗したというような表情がうかがえるとか。子どもはどうしたの?という感じで母親のほうを見ているようです。画面右の農園主は、上から目線で、母子2人を見ているようです。おそらく母親はマゲイから根や茎など必要な所をかすめ取り(葉にも数箇所切れ込みのようなのが見えるとか)、それを農園主が見とがめているのかも知れません。マゲイ畑の上は青い空ですが、明るい白い雲が画面左下から右上に向って渦巻くように流れていて、なにか上昇気流のようなのを感じさせるとか。革命前の不穏なエネルギーをあらわしているのかも知れません。
 
 メキシコ・ルネサンス期の作品3点の後は、まずエコール・ド・パリのコレクションのモイズ・キスリング(1891~1953年)「ルネ・キスリング夫人の肖像」(1920年)。これは、立体コピー図版が用意されていました。大きさは、縦70cm余、横50cm余。椅子?の上に女性が足を組む?のようにしてゆったりと座っています。右腕は、肘を突いて縦に曲げ、腕が太く筋肉たっぷり?といった感じです。左腕は下に下ろしています。顔は下向きかげんで、足元を見ているようです(立体コピー図版では左右の目の形が大きく異なっていて面白かった)。髪は短く、真ん中で分けているようです。この作品、エコール・ド・パリの特徴がどのようにあらわされているのか、私にはよくわかりませんでした。
 最後に、現代のコレクションの中から草間彌生(1929~)の「ピンクボート」(1992年)。草間彌生は、十和田市現代美術館などで私にはちょっとなじみの作家です。長さ4m近く、幅1m弱の本物のボートの外面も内面も、長さ10cm余、太さ5cm弱ほどのピンクの詰物のようなもの(サツマイモみたいとかイモムシみたいとか言っていました)で隙間なく埋め尽くされているそうです。この詰物には触ることができました。表面はすべすべした布でその中に綿のような少しやわらかい物が入っていて、その綿のようなのを入れて閉じたきれいな縫い跡もよく分かります。この詰物が隙間なくボートの外側にも内側にも張りつけられているということですから、きっと数百個にとどまらず千個以上は使われていると思います。(オールも2本交差するようになっていて、柄の部分は布のようなのが巻いてあるだけのようですが、先のへらのような部分にもピンクの詰物が多数くっついているそうです。)この作品でも、同じような物が多数集まっている時の威力、うったえる力のようなものを感じます。
 
*追記
 午後は、個人として、同館で開催されていた「特別展 開館35周年記念 ガウディとサグラダ・ファミリア展」を見学しました。ガウディについては、私は昨年10月から12月にかけてNHKで毎週火曜日に放送されたカルチャーラジオ歴史再発見「ガウディ 創造の源」を聴き、また彫刻家の外尾悦郎著「ガウディの伝言」(光文社、2006年)などを読み、とても興味を持っていました。なにしろ建築だし、触れられるような模型などもまったくなく具体的にはほとんど分からなかったですが、それでも逆さ吊り実験や、聖堂内の樹木のような柱、スペイン内戦時に破壊された破片から組み立てた彫刻、外尾悦郎の楽器を弾く天使や合唱する子どもたちなどの彫刻群などについて説明してもらいました。
 帰りには、美術館周辺のいくつかの彫刻にも少し触ってみました。以前にも触ったことのあるバリー・フラナガンの「ボールをつかむ爪の上の野兎」はのびやかな作品のようですが、上のほうが触れなくて残念。モビールで有名なアレクサンダー・コールダー(1898~1976年)の「ファブニール・ドラゴン II」(1969年)は、長さ4m以上、高さ3m以上ある翼のある大きな龍で、尾が1回ぐるうっと巻いて、そこから赤い胴体が立ち上がり、胸の下くらいから両側に1対の脚が伸び、その上は触ることはできませんでしたが、胸の上くらいには白・黒・黄・赤・青の5色の翼が風でゆらいでいるとか。美術館の入口近くには「ウールワース・ビルディング」という面白そうな作品があるとのことですが、工事かなにかで近づいて触ることはできませんでした。
 
(2024年3月16日)