触れて楽しむ天文ショー

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 今年は、5月21日の金環日食をはじめ、いろいろな天文現象を見て楽しむことができる年のようです。いわば天文ショーの当たり年で、その都度私の回りでも話題になっています。
 ふつう天文現象は見て観察・観測するもので、触ったりなどして体感することはほとんど不可能です。私もそう思っていたのですが、今から10年以上前、ほとんど偶然に日食を体感することができました(私が体験した日食は、ネットで調べてみると、1997年3月9日午前の部分日食のようです。とても印象が強かったせいか、そんなにも前のような気がしません)。その日はとても良い天気で、陽気にさそわれて近くの河原を散歩していたら、それまでさんさんと射していた陽が急に無くなり、冷たい気を感じます。回りの人たちも、暗くなったと言って日食になっていることが分かりました。体感的には、それまでの暖かい陽気から5、6度も気温が下がったような気がし、冷気を感じたのです。(後に、その感じは、寒冷前線が通過する時にしばしば感じる気温の変化と似ていると思いました)。
 今回の5月21日朝の金環日食も体感できないかなと期待していたのですが、大阪ではおおむね曇り空のようで陽がたまにしか出ていないようでしたし、ちょうど出かける予定があって7時過ぎから外を歩いていたのですが、そんなにゆっくりと回りの様子を体感している時間的余裕もなかったので、ほとんど日食を感じることはできませんでした。そんなわけで残念に思っていたのですが、その3日後、常磐大学の中村正之先生から日食の写真とその立体コピーが届きました。
 中村正之先生は、常磐大学コミュニティ振興学部 コミュニティ文化学科の教授ですが、天文教育活動もいろいろとなさっておられるようで、「夢集団・星とロマンを語る会」の代表として、触れる天文教材を開発し、それを使ったワークショップを行ったり、その貸し出しなどもしておられる方です。
 届いた立体コピー図版を触ってみて、本当に素晴らしい天文ショーの写真だなあと思いました。6時37分から8時37分まで、きっちり15分ごとに撮られた写真9枚が並んでいて、初めから終わりまでの日食の様子がよく分かります。6時37分の1枚目の写真では、太陽の右上が少し欠けています。それから次第に欠ける部分が広がって行って、4枚目では左下の三日月形となり、5枚目の7時37分の写真できれいな細いリング状の金環食(リングはまったくの均等ではなく、左上がやや太く右下が細くなっている)となり、6枚目では右上が三日月形になり、それから次第に太陽の部分が増えて行って、8時37分の9枚目の写真で左下が少し欠けた状態となって、終わっています。全体を順に触っていくと、月が太陽の右上から左下に向って移動して行っていることが分かります。
 せっかくですから、この立体コピー図版から分かることについて考えてみました。
 まず、太陽と月とは見た目の大きさがほとんど同じだということが分かります。7時37分の金環食の写真で長さを測ってみると、太陽の大きさ(外側の直径)が約4.1mmくらい、月の大きさ(内側の直径)が約3.7mmくらいで、月のほうが太陽に比べて1割ほど小さく見えています。手元にある「惑星に関する数値」をみてみると、月の赤道半径は1736km、太陽の赤道半径は696000kmで、太陽の大きさは月の約401倍です。次に見た目の大きさですが、これは距離に反比例して小さくなります。地球から月までの距離は最小36万kmから最大41万km、地球から太陽までの距離は最小1億4700万kmから最大1億5200万kmと変化します。地球からの、月と太陽の距離の比は、可能性としては、0.0024から0.0028までの範囲です。月を1とした時の太陽の見た目の大きさは、この距離の比に先ほどの大きさの比の401を掛け合わせて、0.96から1.12となります。1以下の時は皆既日食、1以上の時は金環日食となるわけです(もちろん、位置がちょっとでもずれるといずれの場合も部分日食になるわけですが)。
 次に、日食の各写真には時刻が記されているので、太陽の前を移動して行く月の速度が計算できそうです。太陽の見た目の大きさ=視直径も、地球からの距離の変化に応じて31.4分から32.5分まで変化しますが、平均をとって32分としましょう。この写真の1枚目(6時37分)ではすでに太陽の右上が少し欠けているので、日食の始まった時間はそれより少し前、6時30分ころとしましょう。5枚目の完全な金環食の時刻は7時37分ですので、角度32分の距離を月が約1.1時間で移動していることになります。大ざっぱに言えば、 1度の角度を約2時間かけて移動していることになります。地球を1周する(360度移動する)のに、約720時間、30日かかることになります。(月の移動速度の計算には、地球の自転などの動きも考慮しなければならないと思いますので、この計算はあまり正確とは言えないかも知れません。)
 
 それからしばらくして、中村先生から今度は6月4日の部分月食の写真と立体コピーが届きました。
 その日は水戸地方はあいにく曇り空で、雲間から撮った写真だとのことです。19時19分、19時37分、20時33分、21時9分の4枚です。
 地球の大きな円い影の中に満月が入り込んでいることが触ってよく分かります。1枚目では満月の1/3くらいが、2枚目では2/5くらいが、3枚目では1/3くらいがそして4枚目では右上がほんのわずか欠けています。たぶん20時前にもっとも欠けていたと思われます。
 この立体コピー図版からは、すぐに地球と月の大きさの比が分かります。地球の実際の大きさと、月の位置にある地球の影の大きさは、太陽の直径に比べて太陽までの距離がはるかに長く、また地球から月までの距離は太陽までの距離に比べてはるかに短いので、ほぼ同じと考えていいでしょう。手元にある物差しで測ってみると、地球の影の直径は約15.5cm、満月の直径は約4cmです。地球の大きさは月の約4倍弱ということになりますが、これは、地球と月の赤道半径の比(6378/1736≒3.67)よりやや大きいようにも感じます。立体コピーの膨らみ方が影響しているかも知れません。
 また、私はこの大きな地球の影と日食の時の見かけの太陽の大きさとを触り比べて、月食のほうが日食よりもずっと起こりやすいだろうと思いました。でも、調べてみると、月食のほうが起こる回数がとくに多いということはありませんでした。太陽・地球・月の相対的な位置関係によって決まってくることなので、そう簡単に考えることはできないようです。
 
  *ここで、日食から月食までの日にちに注目してみます。日食は5月21日で、その約半月後(15日目)の6月4日に月食になっています。日食では太陽・月・地球の順に、月食では太陽・地球・月の順に 1直線になっているわけで、この間に月は新月の位置から満月の位置まで地球を中心に半周していることになります。日食は新月の時に、月食は満月の時に起きることになりますが、新月や満月の時にいつも日食や月食が起きるわけではありません。その主な理由は、地球の公転面(黄道)にたいして月の公転面が 5度余傾いているためのようです。ちなみに、月の満ち欠けに基づく旧暦では、新月はいつも 1日、満月はいつも15日となります(今年の5月21日は旧暦では4月1日、6月4日は旧暦では4月15日)。
 
 さらにその後、6月6日の金星の太陽面通過の写真と立体コピー図版も届きました。
 その日は大阪は晴れていて、職場でも数人がグラス越しにほくろのような金星の動きを時々見ていました。でも水戸地方はあいにく小雨がぱらつくような曇り空だったようです。ようやく午後1時過ぎになって、薄い雲を通して数枚撮影できたとのことで、その図版を触ることができました。
 大きな太陽の右端のほうに小さな米粒のような金星が触って分かります。太陽の直径は 9cmくらいで、金星の直径は、小さくて測りにくいですが、2mm前後のようです。見た目の大きさでは、太陽は金星の40〜50倍といったところでしょうか。実際の直径では太陽は金星の115倍ほどもありますが、金星は太陽のこちら側にあるので、見た目ではそれほどまで小さくはなっていないのですね。
 各写真には時刻も記されていて、1枚目:13時1分、2枚目:13時12分、3枚目:13時22分、4枚目13時41分となっています。1枚目では、金星は太陽の縁から7mmくらいの位置にあります。4枚目ではほぼ太陽の縁から出ていますので、この40分間に金星は太陽面を約7mm動いたことになります。例によってまた金星の移動速度を計算してみると、
32分*7mm/90mm/(2/3時間)≒3.73で、1時間で3.73分移動することになります。このままの速度で太陽の回りを1週したとすると、
360*60/3.73≒5790時間 となり、約240日になります。この値は、でき過ぎかもしれませんが、実際の金星の公転周期約225日とそんなに大きくは異なってはいません。
 また、金星が太陽の縁から出て行っている様子を写した約7分間の4枚の拡大写真(13時30分27秒、13時31分31秒、13時34分56秒、13時37分20秒)も添えられていました。今度は金星は直径1cmくらいもあって、1枚目ではちょうど太陽の縁に接している状態です。それがだんだん右側に移動して行って、4枚目では金星の半分くらいがまだ太陽面に残っている状態です。
 
 今年はこれからも、7月15日に木星食、8月14日に金星食などがあるとのことです。天候などの条件もあるでしょうし、また中村先生のご都合もあることですので、そんなに期待してはいけないと思いつつも、つい期待してしまいます。届いたらまた、回りの人たちにも見せたり触ったりしてもらいながら、一緒に楽しもうと思っています。

◆アメリカ・オレゴン州コーバリスでの皆既日食
 2017年8月21日(日本時間では22日)、アメリカ合衆国の北西海岸のオレゴン州から南東海岸のサウスカロライナ州まで斜めに横断するように幅100km近くの帯状の地域で、皆既日食が起こりました。
 常磐大学の中村正之先生が、オレゴン州コーバリスで皆既日食を観測し、その感動を伝える文章とともに、画像と立体コピー図版を送ってくださいました。
 皆既日食は、地球・月・太陽が一直線に並び、月が太陽を完全に隠してしまう現象です。この時は月の視直径が太陽の視直径よりも大きくなっています。地球・月・太陽が一直線に並んでも、月の視直径が太陽のそれよりも小さい時は金環日食になります。月の視直径は最大32.5分から最小29.2分まで、太陽の視直径は最大32.5分から最小31.4分まで変化しますので、月の視直径が太陽のそれを上回る皆既食は金環食よりも発生頻度がかなり少ないということになります。また、皆既日食では、金環食や部分食では見られない、ダイヤモンドリングやコロナなども見られるので、天文ファンには逃すことのできない好機とされているようです。次回の皆既日食は、2019年7月3日に南太平洋や南米などで見られるとのことですが、日本では2035年9月2日まで皆既日食はありません。
 中村先生からは、日食の各時点での様子を示した図計14枚と、ダイヤモンドリングの拡大図2枚、コロナの拡大図2枚が届きました。
 1枚目は9時00分で、この時は太陽は円い形でどこも欠けていません。(月が太陽の西側の縁に触れて(第1接触)太陽が欠け始めるのは9時05分からです。)2枚目は9時20分で、太陽の右やや上が少し欠けています。3枚目は9時40分で、右側半分近くまで月が入り込んでいます。4枚目は10時00分、さらに月が入り込んできて、太陽は左端の4分の1くらいしか残っていません。5枚目は10時15分34秒で、太陽は左やや下のごく細い円弧が残っているだけになっています。
 それから約1分後、6枚目の10時16分48秒では、左下にぷくっとしたふくらみがあります。これは、ダイヤモンドリングだそうです。ダイヤモンドリングは、月が太陽を完全に隠してしまう(第2接触=太陽の東縁に月が内接する)直前、月の縁にある凹凸の凹(谷)の部分から太陽の光がわずかに漏れ出て輝いているものだそうです。このダイヤモンドリングの拡大図では、左下のふくらみとともに、全体が円いリングのようになっていて、これは淡いコロナを表しているとのことです。その直後、10時16分56秒に第2接触、皆既食が始まります。
 その約1分後、7枚目と8枚目は10時17分56秒のコロナの写真2枚で、左右に並んでいます。同じ時点の写真を画像処理の仕方を変えて載せているようで、太陽の回りになにかが円く広がっていることが触ってよく分かります(右側の写真のほうが、左右にややとがったような形になっている)。これらのコロナの写真2枚を拡大したものがあって、その1枚では、コロナが太陽(拡大図では太陽の直径は4cmくらい)の回りに3cmくらいの幅で広がりさらにその先に細い線がいくつも伸びていることが分かります。もう1枚のコロナの拡大図ではコロナに現われる磁力線がとくに分かるように画像処理をしたということで、太陽の回りに多数の細線や太線があることが分かります。これらの線は、上下方向(南北方向=太陽の自転軸)よりも左右の方向(東西方向)のほうがずっと長いです。左右にちょっとうねうねしながら伸びる数本の太い磁力線は7〜8cmくらい(太陽の直径の2倍近く)あるようです。さらに、コロナの拡大写真には、コロナからだいぶ左に離れた位置にレグルス(しし座のα星。1等星で黄道上にある)が映っていました!これは、カメラのピントが十分に合っておらず星の弱い光が強調されて映ったもののようです(ジフラクションリング(回折環)というそうです)。
 この皆既になっている時点を、中村先生がどのように体感しておられたのか、先生が送ってくださった文章から引用します。「あたりが急激に暗くなる。目が順応できないからそう見えるのだろうか。うっすらと黄色味が買った明るい夕焼けのような景色。気温も下がっているのがわかる、ひんやりと感じる。紺碧の空に翼をまとった白い真珠が光る。近くに金星も輝きを添えている。あたりから一斉に湧き上がる歓声!拍手!この感動のために私たちはここにいる!この場所で正解だ!感動が心も体も満たしてくれる。目と耳と肌で感動を皆で分かち合っている!」
 さらに、中村先生たちは「シャドーバンド」という珍しい現象も体感したそうです!シャドーバンドは、皆既中に(ときには皆既直前にも)体感される不思議な現象で、しかも皆既日食が起こったからと言っていつも現われるとは限らない現象だということです。おそらく、急激な気温の低下のために大気の各部分に温度のむらができて、そのために大気中を通る太陽からの光がゆらぐようになって、視覚的には地表面を縞模様のようなものがかなり速く移動しているように見えるようです。中村先生は、「わずか20秒くらいだったか。まるで自分が立っている地面が細かくサワサワと揺れているような錯覚を覚えた。小舟に乗って波に揺られているような不思議な感覚だった。」と書いておられます。また、私宛てのメールでは、「大気が揺らいで見える、というよりも、地上の地面がゆらゆら揺れて見える、という感じです。まるで乗っている船が小さな波で揺らいでいるような錯覚を覚えました。写真では取れません」とも書いておられます。シャドーバンドの体感は、視覚が基本になっているのかも知れませんが、その他の感覚もふくめて体感することもできる、ちょっと変った現象のようです。見えない私でも、もしかして大気のゆらぎのようなのを感じ取れるのかも、と思ったりしています(でも、そのためには、まず極めて珍しいシャドーバンドに遭遇しなければなりません!)。
 9枚目の写真は、上のコロナの写真から40秒後、10時18分36秒のものです。第3接触(太陽の西縁に月が内接する)の直後で、再びダイヤモンドリングの輝きが目に飛び込んできます(それまで目が皆既の暗い状態に慣れているので、こちらのダイヤモンドリングのほうがまぶしく感じられるようです)。この写真の拡大図もあって、細い環の右端がふくれていることが触ってよく分かります。中村先生は、「時計3時方向にダイヤモンドリング出現。あっという間の出来事である。最後にきらりとつよい輝きを残してダイヤモンドリングはフィルターの向こうに消えていった。」と書いておられます。(今回の皆既日食における皆既の時間は、6枚目と9枚目の写真の時間差よりやや少ない1分半余のようです。この間に、月は太陽の東縁から西縁に嘲って移動していることになります。)
 10枚目の写真は、上のダイヤモンドリングから約1分余経過した10時19分56秒のもので、太陽の右やや上がごく細い曲線になっています。11枚目の写真は10時26分15秒のもので、太陽の右やや上が細い三日月のような形になっています。12枚目は10時44分10秒で、太陽の右やや上がだいぶ太くなり、13枚目の11時4分6秒では太陽の右側半分以上が現われ、最後の13枚目の11時25分20秒の写真では太陽の左やや下が少し欠けているだけになっています。
 こうして、私はアメリカで起こった皆既日食の様子を、立体コピー図14枚と、中村先生の詳細な解説文を通して理解し、またほんの少しだけですが、皆既食の感動を共有できているかも知れません。ダイヤモンドリング、コロナの磁力線、とくになんとも表現し難いシャドーバンドは印象的でした。20年近く先になりますが、2035年に日本で起こる皆既日食、できれば自分自身で体感してみたいですね。
 
(2012年6月12日、2017年10月8日更新)