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「人生の節目、主の支え」 

                                熊谷 雅晴
  主より許され、限られた人生。一人ひとりが違う。この10月に定年を迎えることができ、主に感謝している。

 救いを求めたきっかけは父の死である。母は小学入学前に死去、39歳の若さであった。九州から川口に引越し、男四人きょうだい、食べていくために父はガンバリぬいた。67歳で亡くなった。一人虚脱感に襲われた。貝になり、目はうつろ、パチンコ、酒と退廃の生活に入り込んでいった。何とかせねばとの気持ちが芽生え、川口に来た時、叔母の母教会・原宿教会に行ったことを思い出した。戦後の暗い社会にあって教会のクリスマスの明るく楽しい場面が鮮やかに浮かんできた。そして西川口教会に救いを求めた。25年前である。当時教会は横山先生御夫妻、五味先生、松元先生、小林先生、信徒も錚々たるメンバーで活気があった。

 心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。(ヨハネによる福音書 14章1節)

 主はわたしに語ってくださった。忠実な信徒となった。なりすぎた。律法的な自分自身に嫌気がさした。罪を犯し、自分を責めた。苦しかった。そして、12年目が過ぎ、主がありのままのわたし、弱いわたし、罪深いわたし、全てを御存知で赦し、愛してくださる主を信じることができ、解放された。感謝です。

 あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。・・・試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。(コリントの信徒への手紙 一 10章13節より)

 恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、・・・あなたを助け・・・わたしの救いの右の手であなたを支える。(イザヤ書 41章10節)

 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。(テサロニケの信徒への手紙 一 5章16節〜18節)

 さまざまな試練があった。しかし御言葉が支えてくださった。
 健康面では、病院のお得意様として病院に貢献してきた。島先生ご夫妻の14年間に3回の入院手術、中でも胃ガン手術では強がりを見せつつも、わたしとわたし以外の人々との間に生死の境、垣根を感じた。そして幸いなことに皆さまの社会に戻れた(後遺症はあるが)。
 仕事面ではバブルがはじけ、首切、差別が横行し、年収ダウン、ボーナス、退職金なしの契約に追い込まれた。夜中に抗議の電話をし、社長は謝ってくれ、次回からはボーナスのみ若干ではあるが、出るようになった。
 人間関係では職場、家族、きょうだい、教会内にあった。言葉の恐ろしさを分かっているつもりであるが、結果的に断絶状態に追い込まれている。無念さ、くやしさが迫る。一人ひとりが相手の立場に立てば争いはなくなるのだが。わたし自身も含め、人間の弱さを思い知らされる。主の御言葉一つとっても、受けとめる人間によって180度違う。主の御心は一つなのに、自分に都合の良いように受けとめ他人に強制する。これが人間である。

 何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。(コヘレトの言葉 3章1節)

 今も試練はあり、祈り続けている。わたしの祈りは聞かれるのか。その時期は(召天後も含め)。あるいは御心にかなっていないから聞いてくださらないのか。わたしには分からない。遠藤周作氏の名著「沈黙」で棄教した宣教師のことがある。主は赦してくださり、苦しむ宣教師を慰めている。ここに主の愛を知る。

 残された人生が何年か分からないが、試練を甘んじて受け、主よりの祝福、恵みを実感して歩んでいきたいと願っています。定年でのんびりと思っていたが、会社より仕事を頼まれ、感謝しています。わがままなわたしを支えてくれている家族に感謝しています。

(2005年11月20日 夕拝にて 立証)
 


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