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週報短文

バックナンバー 2013年7月


2013年 7月28日

聖礼典を執り行うこと

 本日の午後は教会全体研修会において、「説教と聖餐」をテーマに学びのひとときをもちます。2011年5月には「礼拝と聖餐」同年7月には「洗礼と聖餐」について学びました。今回はその続きです。学びに至る経緯は、2年前の研修会でお伝えしましたが、日本基督教団の教会の中で、未受洗者を聖餐にあずからせる教会・牧師があり、数年前そのことが教団の会議で公にされ、教団内に混乱を招いています。教師制度、教会制度の議論も起こっています。この一連の事柄を契機にして、関東教区では聖餐についての学びを実施しました。埼玉地区でも聖餐について集会がもたれました。西川口教会もまた日本基督教団という合同教会の一員ですから、教会形成、教団形成の責任を負っています。教団の現状が一つの契機でしたが、どんな時代でも教会の使命を果たすために、教会生活・信仰生活の筋道を学び、共有していく必要を覚えて、研修のときを持つことにしました。
 ここで振り返りますが、教会員になるとき受ける洗礼と、教会員として受け続ける聖餐とを、教会では「聖礼典」と呼びますが、聖礼典とは何でしょうか。1530年に定められた、ルター派教会の基礎をなす信条であるアウグスブルク信仰告白第7条「教会について」に、このように記されています。「唯一の聖なる教会は永遠に存続する。教会は聖徒の集まりであって、そのなかで福音が純粋に教えられ、聖礼典が正しく執行される」。すなわち教会は、キリストの恵みによって罪を赦され、キリストのもの、つまり聖なる存在とされた者たちが集まって造る共同体であり、しかも、その共同体の中で、混じりもののない福音の真理がきちんと説教され、また洗礼と聖餐のふたつの聖礼典が間違いなく執り行われるところに成り立ち、存続し続けるのです。聖礼典は、説教と共に教会がキリストの教会であり続けるために不可欠な行為です。″(加藤常昭著「雪ノ下カテキズム」より引用) キリストが定められた教会の不可欠な行為である聖礼典への理解を深めましょう。(No.475)


2013年 7月21日

次世代を育てること

 今月から、午前10時半からの一般礼拝は大人も子供も一緒の礼拝となりました。すべての世代の者たちが一つになって、主なる神を礼拝します。大きな変革のときを、「礼拝をささげるとはどういうことか」、教会としてしっかりと受け取る機会となることを願っています。子供たちに求めることは、大人にも求めます。何よりも、神様を愛する子供になってもらいたい。言い換えれば、イエス様が大好きな子供になってもらいたい。そうなったなら、礼拝は使命を果たしたことになります。このことを祈り願っております。神との活き活きとした生きた関係に入っていただきたい。それは大人たちも同様です。
 祈祷会・昼間祈祷会では現在「箴言」を少しずつ学んでいます。箴言は、次世代の人々の教育に熱心で、それにより共同体(家庭や社会)を堅実に形成するという視点が常にあります。教育と共同体形成になくてならぬものは神からの知恵です。先週は箴言第12章でしたが、準備で出会った説き明かしに共感して、皆様に紹介しました。
 “「邪悪な者は、ひっくり返り、失せ去る。だが、義人の家は、存続する。」(7節) (新共同訳では、「神に逆らう者は覆って滅びる。神に従う人の家は耐える。」)
 悪者がいつかは滅びる。みんなのために心を砕く義人の家は繁栄する。箴言は繰り返しそういうことを言いますが、現実の世界はそううまくはできていないじゃないかと、誰でも考えます。でもまずこのような格言は、若者の教育のために用いられたことを考慮に入れる必要があります。「悪いことでもうまくやれば成功するぜ」などと教える教師がいるでしょうか。それからもっと大事なことは正義を実現する神が世界を統治しているのだという強い信念です。このような一種の楽観主義が若者を育てるのです。(「ユダヤの知恵 箴言カレンダー」(勝村弘也著)より) ”
 信仰からくる明るさをもって、次の世代の人たちを育てていきましょう。共に成長しましょう。(No.474)


2013年 7月14日

主日礼拝の献金袋

 7月から、午前10時半からの一般礼拝は大人も子供も一緒の礼拝となりました。教会の兄姉におきましては、子供のケアのご奉仕について、理解と協力をお願いいたします。子供も一緒の礼拝を行うということは、教会としては礼拝に関する大きな決断でしたから、この時を「礼拝をささげるとはどういうことなのか」、しっかりと受け取るよい機会としたいと願っています。
 本日の週報のお知らせ欄に、礼拝の席上献金について告知しました。「一般礼拝の席上献金は、専用の封筒で献げることになりました。来週21日の一般礼拝から実施します。封筒(水色)は受付に置いてありますので、各自お持ちくださり、備えてくださいますよう、ご協力をお願いいたします。」
この趣旨も、全日の懇談会の資料にありますが、改めて書いておきます。
 「献金は、神にささげる感謝と献身のしるしです。心をこめてささげましょう。礼拝前にこの封筒に献金を入れて用意し、礼拝で献金が集められる時に、献金袋にお入れください。ご用意のない方はこの袋だけお入れください。礼拝献金は、主として西川口教会の宣教の活動のために用いられます。」
礼拝の席上献金用専用封筒は、受付に置きます。新来の方には、受付担当者が説明の上渡してください。子供たちも、新来の方も、礼拝に続けてお出でくださっている方も、趣旨をご理解の上、献金してくださいますようお願いいたします。
 献金が、感謝と献身のしるしであって、心を込めてなされるものであるならば、礼拝のそのときにあたふたと用意するのではなく、あらかじめ封筒に準備して、祈り心をもって献げることがふさわしいのではないでしょうか。信徒の訓練としても実施しようと考えました。主はわたしたちの心をご覧になっておられます。
 「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」(サムエル上16・7)(No.473)


2013年 7月7日

主日礼拝について

 本日から朝の礼拝は一つとなり、午前10時半からの一般礼拝は大人も子供も一緒の礼拝となります。全世代の者たちが、神の民として、神の家族として、主イエスの弟子として礼拝をささげます。神は礼拝する者を求めておられます。御心に適う礼拝を追い求めます。子供のケアのご奉仕について、理解と協力を切にお願いします。
 先週6月30日の、今年度第1回教会全体懇談会は、貴重な意見交換の場となり、感謝でした。全体懇談会の最初のテーマ「子供も一緒の礼拝」については、事前に資料を配布して、2012年度から今までの経緯、現在の課題、今後の見通しについて短く説明をしてから、意見を述べ、また聞き合いました。子供も一緒の礼拝を創めることをよい機会ととらえて、改めて「礼拝をささげるとはどういうことなのか」をしっかりと受け取りたいと思います。子供たちに求めることは、大人にも求められます。子供たちは、わたしたちがどのように礼拝をささげているか、しっかり見ています。
 ちなみに、洗礼志願者、信仰告白志願者の準備は、現在牧師である私が担当していますが、その学びの会で教会生活について説明します。そのときには、教会員として求められることをお伝えします。教会の使命を共に果たすことです。@礼拝すること A交わりに生きること B訓練を受けること(教育) C奉仕すること D伝道すること、です。そして毎日祈るよう勧めます。一度に何もかもできませんから、主日礼拝・諸集会を大切にし、月定献金を献げて、できるところから奉仕を担っていきましょうと勧めます。
 子供ばかりでなく、礼拝に来るようになった人に、礼拝とは何であるか、礼拝にどのような姿勢で臨むのか、その根拠はどこにあるか、明確にしてお伝えすることが大切です。まだまだできていないので、改善しなければなりません。先日配布した資料の「礼拝について」・「礼拝奉仕について」を、きちんと整えていきたいと思います。(No.472)


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