教会員向けなので、わかりにくい表現もあるかと思いますが、どうぞお読みください(金田佐久子)。
2026年 7月 5日 
神のために力を合わせて
2026年度「教会と聖学院との懇談会」が、7月1日(水)、聖学院の上尾キャンパスを会場に開催され、出席しました。チャペルにて、開会礼拝が献げられ、司式と奨励は、大学チャプレンの柳田洋夫先生でした(柳田先生は、今年度から埼玉地区北本教会の牧師に就任されました)。
次いで、田村綾子聖学院理事長のご挨拶があり、キリスト教教育の大切さを改めて知りました。
本日の懇談会のメインプログラムは、鈴木光先生(日本基督教団勝田教会牧師・聖学院大学講師)の講演「青年伝道について考える~伝道のステップを意識して~」でした。スライドを拝見しながら、講演を聴きました。「伝道のステップ」とは、伝道する相手の視点に立って考えてみることです。
まずは、伝道のステップ「0」(ゼロ)が重要です。それは、「イエス様に救われた喜びを確認すること」「教会の使命である大宣教命令を確認すること」〔マタイ28・19~20〕。
伝道のステップを考える前提・枠組みは、「人を救えるのはイエス様だけ」であり、主役は「イエス様」と「その人」であり、私たちは伴走者であること。大切なのは、イエス様を伝える相手の視点で考えることです。
伝道のステップ1「イエス様に出会う」では、「あなたの教会で、青年がイエス様に出会う『入り口』は?」と問われました。勝田教会では「クリスチャンでない人大歓迎」と看板に書いているそうです。教会堂の入り口だけではありません。青年が興味を持てる活動があるか、青年とつながることができる人はいるのか、教会同士や学校と協力関係があるのか。鈴木先生は、「入り口がなければ入れません」と言われました。
私たちは、教会に人が来てほしいと願って祈っていますが、講演を通して、相手の視点で考えることが私たちの課題だと気付かされました。
講演後のグループの懇談もよい時間でした。キリスト教主義学校と教会が力を合わせて行くことの必要性と大切さを感じました。(No.1096)
2026年 6月28日
祈りに誠実に生きる
日本キリスト教団全国教会婦人会連合が発行している機関紙『教会婦人』第762号の日本基督教団弓町本郷教会の鬼形恵子牧師による巻頭言「祈りに誠実であったハンナ」(サムエル記上1章12~28節)を読み、感銘を受けました。
旧約聖書のサムエル記に登場する女性ハンナ。ハンナは、エルカナという男の妻でしたが、彼にはもう一人、ペニナという妻がいました。彼女には子どもがいましたが、ハンナにはいませんでした。エルカナはハンナを愛し大切にしていましたが、ハンナは自分に子どもがいないことに、さらに、ペニナからの嫌がらせに苦しんでいました。エルカナは毎年家族と聖所に出かけ祈りをささげていました。苦しむハンナは神殿で、一人で祈り、誓いを立てました。「主よ、はしための苦しみを心にとめ、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげします」と。その祈りが聞かれ、ハンナはやがて男の子を産み、その子をサムエルと名付けます。乳離れの時が来て、ハンナはサムエルを聖所の祭司エリに託しました。
巻頭言にこうありました。
“(ハンナは)…祈ったとおり、時期が来たらサムエルから手を放し、神に託すのです。…やっと生まれたサムエルを、幼いうちに神殿に預けることはどんなに辛いことだったでしょうか。ずっと息子と一緒にいたいと願ったでしょうし、そうすることもできたのです。ハンナがかつて祈った時、内容を知っていたのはハンナ自身だけでした。心の中で祈ったので、聖所に居合わせた祭司エリも内容を知らなかったのです。でもハンナは、神への祈りに誠実でした。神を信じていたので、祈った自分の言葉をごまかすことはできなかったのです。ハンナは祈りのとおり、サムエルを神殿に預けました。…”
今年も、西川口教会アシュラムを開催し、日毎の祈りが更新されることを願っています。ハンナのようにささげた祈りに誠実に生きることができるよう、聖霊の助けを願い求めます。(No.1095)
2026年 6月21日
早天祈祷会への招き 祈りと御言葉に生きる
「はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18・19~20)
「だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。」(マタイ6・6~7)
今年の4月の半ばから、試みとして、島隆三先生、島静江先生と私の3人で、オンライン早天祈祷会を始めました(zoom利用)。火曜から金曜までの週4日、朝6時から約25分間です。島隆三先生に導いていただいています。『アパルーム』日本語版を用いていますが、隆三先生が朗読してくださっています。お試し期間も2ヶ月が過ぎ、何とか続けられそうと判断し、教会の早天祈祷会の再開として役員会に申し出ました。
長い間、早天祈祷会は休止しておりました。父の介護が始まったことを言い訳に休んでいた面は否めません。2020年春からは、コロナの出来事がありました。これは教会にとって厳しい試練でしたが、一方でオンライン会議が普及したのは副産物でした。川口がん哲学カフェいずみでもオンラインカフェを開催するようになっていました。会堂に集まるとなると制約もありますが、オンラインであれば、スマホやパソコンやタブレットを使って、どこからでも参加できます。祈祷会の運営にあたり、お互いが守られることが必要なので、教会員と関係者に限定させていただきたいと思っています。教会アシュラムが終わってから、参加を募ります。よろしくお願いいたします。(No.1094)
2026年 6月14日
花の日によせて
教会の行事暦では、6月の第二日曜日は「花の日」となります。「花の日」とは、花や人などすべてのものに命を与えて守ってくださる神に感謝し、隣人愛の心で日頃からお世話になっている地域の方々にも感謝の気持ちを伝える日です。
1856年6月第2日曜日に、アメリカの教会で花を飾る子ども礼拝が行われたことが起源とされています。それがアメリカの教会で子どもの日と結びついて現在の花の日となり、アメリカの教会が日本に伝道して、花の日も日本の教会に伝えられました。
西川口教会では、以前は、キッズクラスで、お花を持参して、川口警察署をお訪ねしてきましたが、現在はそれが適わず残念です。しかし、日曜に地域社会のために仕事をしている人々に感謝を表すことは忘れないでいたいと思います。
また、病んでいる人々を覚えてお見舞いやカードをお送りしています。
「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」(マタイ9・35~36)
イエスはご自分の故郷のガリラヤの町々や村々を巡って、人々を訪れてくださいました。イエスのお姿が花の日の心と言えるかもしれません。
先々週、誤嚥性肺炎で入院していた父が退院でき、牧師館に戻りました。超高齢なのだから肺炎の癒しはお恵みである、と言ってくださる方もありました。父には嚥下障害が残ったため、経鼻経管栄養(鼻から胃まで管を入れて、栄養剤を入れる)となり、痰吸引が必要となっています。退院前から訪問診療と訪問看護の手配を始めました。担当のホームクリニックも、訪問看護ステーションも24時間365日の対応をしてくださいます。何と心強いことでしょう。こうして、家で守られての暮らしが始まりました。サポートしてくださる方々に感謝の気持ちでいっぱいです。(No.1093)
2026年 6月 7日
神からの使命がある
「生かされる限りは使命がある
使命がある限りは生かされる」
島隆三先生の母教会の恩師である伊藤すま師がたびたび口にされていたと教えていただき、何とタイムリーなことかと思いました。
先週の5月31日の主日礼拝では、石田一郎さんの百歳の長寿祝福式を予定通り執り行うことができ感謝です。西川口教会において初めてのことでした。牧会部の細やかな心配りも感謝でした。
人の命は神の御手にあることですから、私たち人間には、どうすることもできません(もちろん、自分のことも、他の人のことを大切にすることは必要)。長く生きるということは心身の衰えを身に負い、愛する人との別れもたくさん経験することです。その思いは察して余りあります。
旧約聖書のイザヤ書には、このような預言があります。
“見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。 それはだれの心にも上ることはない。代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ。 わたしは創造する。 見よ、わたしはエルサレムを喜び躍るものとして その民を喜び楽しむものとして、創造する。わたしはエルサレムを喜びとし わたしの民を楽しみとする。泣く声、叫ぶ声は、再びその中に響くことがない。そこには、もはや若死にする者も 年老いて長寿を満たさない者もなくなる。百歳で死ぬ者は若者とされ 百歳に達しない者は呪われた者とされる。”(イザヤ65・17~20)
長寿祝福式ではこのイザヤ書の御言葉の一部を朗読して、祝福のお祈りをしました。
聖書の神は、天地の造り主であられ、すべての命の源です。命は体だけではなく、神の前に喜び躍って、輝いて生きる命なのですね。神は、喜び躍る者として私たちをお造りになり、私たちをご覧になって喜び楽しまれるというのです。そのような祝福の日々が、御心ならば、お一人ひとりに一日も長く続きますように。(No.1092)
2026年 5月31日
第76回関東教区総会
5月27日・28日、関東教区総会が、大宮ソニックシティ小ホールで開催されました。
開会礼拝では、新潟地区東中通教会の片岡宝子師より、「あらゆる名にまさる名」(フィリピ2・5~11節)と題して、説教がありました。共に、聖餐の恵みにあずかれて感謝でした。
昼食休憩の後、来賓の紹介とご挨拶、関東教区に赴任された新任教師の紹介と、隠退教師への感謝のときがありました。島隆三師が伝道50年、神学教育50年の恵みと感謝、「東京聖書学校に献身者を送ってください」と挨拶されました。関係学校・団体報告承認の件が上程され、各学校から報告がありました。
次に准允式が執行されました。土浦教会に赴任され、聖書科の教師をされている髙橋海帆子師が准允を受けられました。
議事進行と共に教団総会議員選挙が進められました。
昨年度の大きな出来事は、関東教区が詐欺被害に遭ったことです。熊江秀一教区議長より被害の発生の経緯と対応、今後の対策、会計処理について述べられました。
28日の夕方に、協議会「教団機構改定と日本基督教団出版局」が開催されました。協議会前半は、日本基督教団書記の黒田若雄師より、今年の教団総会で協議される教団機構改定の主旨と内容の説明がありました。教団総会議員の削減、常議員数の削減、そのための教規変更です。皆で、祈りを合わせたいと思います。
2日めは議事の続きと、教団総会議員選挙を順次進めていきました。午後に、昨年度内に召された教区の教師と信徒の追悼者の記念礼拝がささげられました。2025年度議長報告他、全ての報告が承認されました。2026年度関東教区活動方針・予算案等、全ての議案が可決されました。
すべての議事を終え、田中かおる教区副議長の閉会の祈りによって、教区総会が終わりました。関東教区の宣教に主の祝福を祈ります。(No.1091)
2026年 5月24日
聖霊降臨日(ペンテコステ)を迎えて
本日は、今年の聖霊降臨日です。
主イエスは、復活したのち、弟子たちにご自身を現され、天に昇られる前に、弟子たちの上に聖霊が降ると約束して、「エルサレムを離れず、待っていなさい」と言われました。
「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒1・8)。
そのとおり、五旬祭の日に、心を合わせて祈っていた弟子たちに聖霊が降りました。弟子たちは聖霊に突き動かされ神の偉大な業を証しました。
キリストの教会は、父と子と聖霊の神、三位一体(さんみいったい)の神を信じています。聖霊もまた神であられます。神は聖霊として、私たちと共にいてくださいます。
「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(ヨハネ14・26)。聖霊の神が私たちを導き、キリストの言葉を思い起こさせて、私たちを変えてくださいます。
聖霊は御子キリストの霊です。御子の霊である聖霊を受けた私たちは神の子とされています。
「あなたがたが子であることは、神が、『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります」(ガラテヤ4・6)。「あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、『アッバ、父よ』と呼ぶのです」(ローマ8・15)。
聖霊は神の息です。自由に働かれます。
「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである」(ヨハネ3・8)。
聖霊のお働きにより、教会は存在しています。ペンテコステ、おめでとうございます!(No.1090)
2026年 5月17日
天とはどこか
先週の主の日の午後は教会墓地の「春日部墓苑」にて墓前礼拝をささげました。先週木曜日は、今年の「昇天日」でした。使徒信条は主イエス・キリストが「天に昇り」、父なる神の右に座しておられると告白します。教会は既に地上の生涯を終えた兄姉は天に召されたと信じています。では、天とはどこにあるのでしょうか。現代において、空のはるか彼方に主がおられると、私たちは思ってはいません。宇宙空間のどこかに主がおられるということではありません。
“…先に天があってそこに神がおられるのではなくて、神がおられ、キリストが赴かれたところに天があります。「天」は地上と同じレベルで考えられる場所ではありません。地を超える超越者がおられる超越的な場所を「天」としか呼びようがなかったとも言えるでしょう。しかし、キリストがそこに赴かれたことによって私どもと深い関わりに生きるようになりました。すぐに思い起こすのは天に赴かれる前の主イエスが弟子たちとなさった対話です。これはまさしく牧者であるキリストが弟子たちと交わしてくださった魂への配慮に関わる慰めの対話です。そこではこう言ってくださいました。ヨハネによる福音書第14章1節以下のみ言葉です。「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」。…「私どもは、主イエス・キリストが赴かれた永遠の父のみもとに、私どもの住みかが既に整えられていることを信じ、自分の命もまたそこにあることを望みとすることができるのです。」その意味では、私どもの死は「天に召される」ことであると遠慮なく語ってよいのです。…”(『雪ノ下カテキズム』より)(No.1089)
2026年 5月10日
「命あるものよ、心せよ」
今、参加しているオンラインの祈りのグループで、最近、旧約聖書の「コヘレトの言葉」が取り上げられ、久しぶりに耳を傾けました。
かつて祈祷会で、東京神学大学の小友聡先生の著書を手掛かりにコヘレトの言葉に取り組みました。同じころ、NHKEテレ番組『こころの時代』に小友先生が出演され、コヘレトの言葉の現代的な意義を味わったことを思い出しました。
「何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時…
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時…」(コヘレト3・1~2、4)。
本日は母の日、午後は教会墓地で墓前礼拝をささげます。まさに、人は生まれる時、死ぬ時があることを思わずにはいられません。
こういうドキッとする言葉もあります。
「…死ぬ日は生まれる日にまさる。
弔いの家に行くのは
酒宴の家に行くのにまさる。
そこには人皆の終りがある。
命あるものよ、心せよ。」(コヘレト7・1~2)
小友先生は、こう説き明かしておられます。
“…弔いの家に行けば、確かに人生の終わりがあります。ここでコヘレトが言わんとするのは、生きる者は死ぬ日を意識せよ、ということです。そうすることによって、生きることの意味に気づかされるからです。
「メメント・モリ」(死を覚えよ)という中世ヨーロッパの思想があります。死を直視することによって、より良く生きられるという逆説的な思想です。生は死と隣り合わせであり、死と表裏一体で繋がっているからこそ、意味あるものとなります。死と向き合う時に、生は光を放ちます。…”
私たちに母を与えてくれた造り主である神に感謝します。みもとに召された人たちが、私たちに死ぬ日が来ることを意識させてくれます。
今を大切に生きることができますように。(No.1088)
2026年 5月 3日
「コリントの信徒への手紙一」を読もう
主日礼拝では約2年余りヨハネによる福音書から説教してきました。本日から、使徒パウロが執筆した「コリントの信徒への手紙一」の説教を始めます。この手紙について、日本聖書協会による概説をもとに、簡単に紹介いたします。
コリントの信徒への手紙一は、初期キリスト者たちがどのような問題に直面したか明確にしてくれる文書です。例えば、西川口教会は現在創立77年目となり、まだまだこれからという面はありますが、今までの歴史や伝統があります。しかし、コリントの教会はそのようなものが一切なかった、生まれたばかりの教会でした。
コリントは、エーゲ海とアドリア海に挟まれた地峡にある町で、東西にそれぞれの海に面する港がありました。そのため、様々な文化が入り込んだ世俗的な都市でした。コリントには、女神アフロディテを古くから祭る神殿がありました。この多様な文化の影響にある町で、使徒パウロの伝道を通して救われる人が起こされました。コリントの町で生まれたばかりの教会が直面した様々な葛藤を、この手紙は見させてくれます。
コリント教会の葛藤・問題は、生易しいものではありませんでした。手紙には使徒パウロがどのように対処したかも述べられています。人間的ではなく霊的な対処です。それを通して、キリストの体とよばれる教会とはどのような共同体であるのかが明らかにされていきます。それは、現代に生きる私たちに必要な導きとなると信じます。
この手紙には、ある程度信仰生活を過ごしている人にとって、親しんでいる言葉がたくさんあると思います。特に、霊の賜物についての教えにおいて、あらゆる賜物の中で愛が最も大いなるものであるという第13章があります。第15章においてはキリストの復活の出来事が記され、神がいかに死を打ち破ったか、そして主イエスを信じる者すべてに、新しい命と霊の体を与える約束をしたことが慰めをもって語られます。(No.1087)
2026年 4月26日
『アモス書を読もう 正義を大河のように流れさせよ』
水曜と木曜の祈祷会では、今週からしばらくの間、アモス書に取り組みます。今年の春刊行された並木浩一著『アモス書を読もう 正義を大河のように流れさせよ』を手掛かりに学びます。
『アモス書を読もう』の「はじめに」にはこうありました。
“アモス書はわずか9章の小さな預言書です。アモスはこの預言書の起点となった預言者です。彼の衝撃的な発言が核となり、この預言者の名を冠する書物として成立しました。アモスの預言は神の裁きに値する社会的不正義と人間感覚の喪失を語り、預言書の中でも異彩を放ちます。アモス書は後の世代の人々がアモスの言葉を取り込み、他の文書の表現をも用いつつ、預言文学にまで成長させた書物です。このアモス書の全体を他の文書との関わりを考察しつつ読むことは、イスラエルの信仰、思想文学の特色を味わうよい手段です。本書はそれを試みます。・・・”
アモス書単独ではなく、他の文書との関わりを考察しつつ読むとあり、楽しみです。
また「あとがき」にはこうありました。
“…この書物の主要な箇所では、アモスの精神が創造的に継承されています。本書はその観点を重視しました。アモスの精神は共同体の崩壊と不正義の横行、富者たちの人間的感覚の喪失、戦争における倫理感覚の麻痺、社会と宗教批判の感覚を鈍らせる宗教的な慣行に対して批判的です。彼の批判の射程は現代に及んでいます。・・・”
新約聖書のヘブライ人への手紙に「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができる…」(ヘブライ4・12)とありますが、旧約聖書の預言者の言葉の鋭さには圧倒されるものがあります。並木先生の書物に助けられながら、アモス書が現代に語りかけるメッセージを心して聞きたいと思います。(No.1086)
2026年 4月19日
「神の言葉におののく人」
大島力先生の『イザヤ書を読もう 下 慰めよ、私の民を』を手掛かりにしてのイザヤ書の学びは、今週で最終回となります。現代の旧約聖書神学の成果も取り入れられた説き明かしは新鮮でした。
イザヤ書は全部で66章あります。最終章の第66章2節後半にはこのような言葉があります。
“私が目を注ぐのは
苦しむ人、霊の打ち砕かれた人
私の言葉におののく人”(協会共同訳)
大島先生の説き明かしです。
“…「私の言葉におののく人」という文言はイザヤ書ではこの箇所と66章5節のみで、貴重な言葉であると共に、とりわけ「神の言葉におののく」という姿勢を第三イザヤ〔イザヤ書56~66章〕がいかに大切にしていたかが分かります。それは神殿宗教の枠内で伝統祭儀を行うことより、はるかに優ることであったのです。・・・
66章1~6節は総じて、神殿を中心とする宗教祭儀のあり方を厳しく問い、「神の言葉におののくこと」が最も重要なことであるとしています。同時に「神の言葉におののく人々」は、ユダヤ人にも異邦人にも「神の家」が開かれていると考えている人々のことです。その者たちがエルサレムの新しい担い手として登場していると言えるでしょう。・・・”
イザヤ書第66章2節後半の言葉は、私自身とても励まされてきた御言葉です。自分が苦しいとき、神が苦しむ私を顧みてくださる、と信じ、支えられました。「霊の打ち砕かれた人」というと、詩編詩51編19節「神の求めるいけにえは砕かれた霊。神よ、砕かれ悔いる心をあなたは侮りません」の言葉が思い起こされます。「私(神)の言葉におののく」ことが、伝統祭儀よりも重要であるとは、偽善を鋭く批判された主イエスの姿勢に通じるものがあると思います。
2026年度の始まりにあたり、「神の言葉におののく」、この一事を失わないようにと、神から語られたように感じています。(No.1085)
2026年 4月12日
H兄の思い出
先月末に召されたH兄の思い出を書かせていただきたいと思います。
Hさんは、中学を卒業して、すぐに住み込みで大工の修行をされました。一人前になって独立するという目標があったので、厳しい修行に耐えることができたと伺いました。
Hさんは、26歳のときに浅草教会で洗礼をお受けになりました。受洗のときに与えられた聖書の言葉は、「あなたのすることはすべて、言葉によるとわざによるとを問わず、いっさい主イエスの名によってなし、彼によって父なる神に感謝しなさい」(コロサイ3・17口語訳)。
自分で商売(建築業)をするのに家と土地を持っていなければ始められないと、川口の現住地に居を構えられました。そして、西川口教会の前身である川口本町教会に転入されました。
その後、結婚にあたり、どんなときも、この思いでやっていこうと、聖書の言葉を書いたそうです。「わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている」(ピリピ4・11~12口語訳)。葬儀礼拝のご挨拶でお嬢様がその板を見せてくださいました。
Hさんは54歳の時に大病をし、奇跡的に癒された後、聖書を書くことをお始めになりました。たくさんの大学ノートを見せていただいたことがあります。全巻を書き終えるには4年間かかります。晩年に至るまで続け、10回目の途中でした。
Hさんは、自分がキリスト者であると、いつでもだれにでも表明しておられました。自宅の前で初代牧師の横山義孝先生と路傍伝道をしたときは、「わたしはここに住む大工です」と証したそうです。「『わたしは神のもの』と言い表す者を神は守ってくださる」と確信しておられました。その通り、神はHさんを守り、キリストの証人として用いてくださいました。(No.1084)
2026年 4月 5日
生ける主イエスを目の前にして
本日は今年の復活日。イースター礼拝をささげます。十字架に死んで葬られたイエス・キリストは、死に勝利にして復活し、今も生きて、共におられます。教会は、十字架と復活の福音に依って立っています。教会はキリストの体、教会の頭(かしら)は生けるキリストです。
イエス・キリストの復活がなければ、私たちが信じること自体が無駄であり、空しくなると、使徒パウロが語っています。
“・・・キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。・・・キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。・・・もし、死者が復活しないとしたら、「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」ということになります。”(コリントの信徒への手紙一第15章14、17、32節)
3月28日の朝、H兄が神のみもとに召されました。先週、洗足木曜日の4月2日に告別式が執り行われました。受難週にH兄の葬儀となったことには、神さまのご計画があるのではないかと感じました。
H兄は、1959年、西川口教会の前身である川口本町教会に転入会して以来、教会員として忠実に生きてこられました。特筆すべきは、1964年、現会堂を、全身全霊で、信仰によって建ててくださったことです。その後も会堂には気を配り、折にふれて、手入れをしてくださいました。その仕事が誠実であったことは、時が経てば経つほどに証しされています。
使徒言行録に次のような御言葉があります。
「わたしは、いつも目の前に主を見ていた。
主がわたしの右におられるので、
わたしは決して動揺しない。」(使徒2・25)
H兄の信仰の姿勢はまさにこのようでありました。いつも、生けるキリストを見るようにして、歩んでおられました。(No.1083)
2026年 3月29日
主イエスの十字架の前に立って
本日から今年の受難週が始まります。受難週のこのとき、いっそう深く十字架の出来事の意味をかみしめて過ごしたいと願います。
使徒パウロは、コリントの教会の人々にこう告げています。「なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていた」(コリント一2・2)。ガラテヤの人々には、パウロはこのように激しく語ります。「…目の前に、イエス・キリストが十字架につけられた姿ではっきり示されたではないか」(ガラテヤ3・1)。パウロが告げた福音は、十字架につけられたキリストのお姿でした。
4つの福音書は、十字架がどんなにむごたらしいか記していません。おそらくそれは、福音には関わりがないからだと思います。むしろ、イエスが十字架上で語られたお言葉を書き残しています。
福音書のイエスの十字架上の言葉を書き出して、違った言葉だけを並べると7つあります。教会の歴史において、これらの言葉は「十字架上の七つの言葉」と呼ばれ、レント(受難節)や受難週には繰り返し思い起こし、黙想するのがひとつの伝統となりました。私たちも、十字架上の主イエスの御言葉を心に刻みたいと思います。
第1の言葉「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23・34)
第2の言葉「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ23・43)
第3の言葉「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です。・・・見なさい。あなたの母です」(ヨハネ19・26、27)
第4の言葉「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27・46)
第5の言葉「渇く」(ヨハネ19・28)
第6の言葉「成し遂げられた」(ヨハネ19・30)
第7の言葉「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカ23・46) (No.1082)
2026年 3月22日
埼玉地区総会2026
3月20日、武蔵豊岡教会を会場として、埼玉地区総会が開催されました。
開会礼拝の説教者は、所沢みくに教会の加藤久幸牧師、説教題は「教会へのメッセージ」(テサロニケ一1・1~10)でした。開会礼拝後、組織会を経て、議事に入りました。
2025年度は、2024年度から引き続き、常設委員会の一つである社会委員会が活動を休止しており、地区委員会が「8・15集会」「2・11集会」を開催したことが報告されました。
日野原記念上尾栄光教会が、2025年12月に教団を離脱したことが報告されました。埼玉地区は、57教会・伝道所となりました。
2025年度は、地区教会全体修養会が軽井沢南が丘倶楽部で開催され、宿泊を伴う修養会は久しぶりでしたが、多数の参加者があり感謝でした。
2025年度の地区活動の諸報告、決算報告が質疑応答を経て承認されました。
2026年度地区宣教活動計画、会計予算も可決されました。2026年度地区宣教活動の主題は「一致と連帯、福音の前進に仕える」、聖句は「兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。」(フィリピ1・12~14節)です。
聖霊の働きにより力を発揮する主の御言葉によって一人一人が導かれ、日本基督教団信仰告白を正しく告白し、主イエス・キリストの福音を担い、「一致と連帯、福音の前進に仕える」ことで、主にあって喜ばれる埼玉地区の教会・伝道所であり続けたい、と心から祈り願うものです。
地区総会で決議された活動を、地区内教会・伝道所が責任をもって共に担っていけますよう、主のお助けを祈ります。(No.1081)
2026年 3月15日
M姉召される
先週の礼拝の報告で、M姉の逝去をお知らせしました。先週の木曜日に家族葬が執り行われました。
M姉が西川口教会の礼拝に続けて出席するようになったのは、夫であるKさんのひと言がきっかけでした。やがて、2007年12月23日のクリスマス礼拝において、ご夫妻共に洗礼をお受けになりました。
M姉が洗礼を志願した時の証しを紹介いたします。
“…元気だった主人が病気になり、大変落ち込みました。その主人が、ある日突然「教会に行ってみようかな」と言いました。私は驚き、信じられませんでした。そして、その時から二人で休まず礼拝に行くようになりました。途中から主人の歩行が大変になり、行けなくなりましたので、今は私ひとりで出席しております。
一番喜んでくれたのが子供と孫でした。二人の子供が私の誕生日に聖書をプレゼントしてくれました。今は毎週の礼拝にこの聖書を持って出席することが楽しみです。教会の方々が笑顔で声をかけて下さり「お祈りしてますよ」と言って下さり、感謝しています。聖書については、分からないことばかりですが、礼拝で聖書を読み、牧師先生の説教を聞き、少しずつですが、理解出来る気がしてきました。キリストについても分からないことばかりですので、洗礼を受けることに悩んでおりましたが、子供達が来る度に、いろいろ話してくれました。それから少しずつ洗礼について考えるようになり、決心がつきました。
今では主人と二人で毎朝のお祈りをすることが日常となりました。私も神様の前では、罪人であること、そして罪のためにイエス様が死んで下さったことを信じることが出来ました。”
証しを読み返して、M姉が求道の日々の中、キリストの救いに罪と死の問題を乗り越える道を見出されたことを改めて知らされました。告別式の説教で語らせていただきました。(No.1080)
2026年 3月 8日
東日本大震災から15年
今週の3月11日で、東日本大震災から15年となります。奥羽教区と東北教区それぞれに、東日本大震災関連記念の礼拝があります。共に祈りを合わせることができますように。
《奥羽教区より》
「東日本大震災15年を覚えての礼拝」
3月8日(日)14時30分~15時30分
会場・日本基督教団 新生釜石教会
メッセージ・柳谷雄介牧師(新生釜石教会)
YouTube配信あり
“震災による被災の痛み、原発事故による放射能汚染の痛みに思いを寄せつつ共に祈りをあわせたく願っております。
各地の被災の現実の中にあって歩んでおられる方々、被災の痛みを分かち合いつつ共なる歩みを続けておられる方々、お一人お一人の歩みを主が慰め、支え導き、祝福で満たしてくださいますようお祈り申し上げます。”
《東北教区より》
「東日本大震災15年記念礼拝」
3月11日(水)14時30分~15時30分
主会場・東北教区センター「エマオ」
説教者・野田 沢教師(学生キリスト教友愛会総主事)
東北教区YouTubeチャンネルより配信あり
“2026年3月11日で東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故発生から15年を迎えます。今年も東北教区ではこの日を覚えて記念礼拝をささげます。・・・
また、ご自宅などで個別に受信して礼拝にご参加いただくことも可能です。
それぞれの場で東日本大震災15年を覚えて、ご一緒に礼拝をささげましょう。”
福島県には、原発事故により、いまだに震災時に住んでいた場所へ戻れない人が、多くおられます(福島県庁のサイトによれば、昨年11月1日時点で23,701人)。忘れてはならないと思います。主の癒しと回復を祈ります。(No.1079)
2026年 3月 1日
「あなたへの手紙」を書いて
日本キリスト教団出版局が毎月発行している『こころの友』という伝道新聞があります。『こころの友』の2ページには「あなたへの手紙」という連載があります。キリスト教や聖書が初めての方へ向けて、自分への手紙としても読めるような内容になっています。昨年秋、教団出版局の編集担当の方から「あなたへの手紙」への執筆依頼をいただき、「川口がん哲学カフェいずみ」のことをメインに書き、2026年1月号に掲載されました。このような機会が与えられ感謝なことです。
「『こころの友』、読みましたよ。載っていましたね」と埼玉地区での集会でお声をかけていただいたり、西川口教会の連絡先も載せてあったので、教会に「がん哲学カフェを始めたいです」という問い合わせのお電話をいただいたり、ありがたく思いました。
まことに思いがけない反響は、母の短大時代同級生の方から、西川口教会に連絡をいただいたことです。お便りには短大時代の親友グループの写真がたくさん添えられていました。1957年(昭和32年)に広島への修学旅行(単なる修学旅行ではなく、似島(にのしま)にあった戦災孤児の学園でボランティアをした)の写真。次いで、1958年の短大キャンパスでの写真。さらに、夏休みに親友5人で行った東北一周の旅行。大阪から青森まで24時間列車に乗って、青森、秋田、十和田湖、奥入瀬、岩手、三陸、仙台、東京・上野まで、とのこと。まさか、70年近く前の母の学生時代の写真を見ることになろうとは、全く予期せぬうれしい驚きでした。母が亡くなって30年になります。たくさんの写真と懐かしくも温かな思い出を分かち合ってくださったお気持ちに打たれました。神は不思議なことをなさいます。良き友を得て、母は恵まれた学生生活を過ごしていたことを知り、神に感謝しました。
私は母の召された年齢と同じ歳になりました。与えられた日々を大切に、主に従っていきたいと思います。(No.1078)
2026年 2月22日
地域の牧師会で励まされ
先週の2月16日の午後、日本基督教団埼玉地区一区の教師会が浦和別所教会で開催され、出席しました。地区一区教師会では、慣例で会場になった教会の歴史を簡単に紹介することになっています。今回は牧師の澤田石秀晴先生が、8年前の2018年2月の現会堂の献堂式の記録を配って、浦和別所教会の歴史を語ってくださいました。
浦和別所教会の創立者は横山英男先生。1934年(昭和9年)、自宅を拠点として伝道を始められました。西川口教会の母教会は浦和別所教会で、戦後、浦和別所教会の川口の開拓伝道が当教会のルーツです。さらに、横山英男先生は同じく戦後、ご自宅に戦災孤児を受け入れて孤児救援事業を始められました。これはなかなかできることではありません。この事業は、現在、社会福祉法人・児童養護施設ホザナ園となりました。澤田石先生は2016年4月に着任され、既に始まっていた新会堂建設の大事業を担われました。
浦和別所教会の歴史を伺った後は、今年度末で教会を辞任し、新しい任地に行かれる先生の祝福を祈りました。出席者全員お互いの教会の近況を分かち合い、祈りを合わせました。教師会の後に、自由参加で、澤田石先生より会堂を案内していただき、たいへん参考になりました。
翌日、2月17日の午後は、当教会を会場に、埼玉県南牧師会が開催されました。私が奨励を担当しました。県南牧師会は、川口市・蕨市・戸田市の教会の先生方に呼びかけて、月1回開催しています。出席できない先生も多いのですが、教団教派を越えた交わりの豊かさを味わっています。こちらも、3月末でお辞めになる先生の祝福を祈りました。県南牧師会は、クリスマスの夕べ実行委員会としても活動しています。今年のクリスマスの夕べは、リニューアルした川口リリア音楽ホールを会場に、12月15日に行うことが決まりました。音楽ゲストもほぼ内定しました。
地域への伝道の使命に共に生かされ、励ましをいただき、感謝です。(No.1077)
2026年 2月15日
皆で祈って考えながら
先週の日曜の朝は久しぶりの降雪で、そのためもあると思いますが、礼拝直後の教会総会は、私が主任牧師になってからいちばん人数の少ない総会でした。このことも今の西川口教会の姿の一つであると思います。教会総会で選出された役員と継続役員と牧師が2026年度の役員会を構成します。皆様のお祈りをお願いいたします。
日本基督教団ホーリネスの群発行の機関紙『ホーリネス』を長く購読しています。最新の2月号の特集は「霊的一致を目指して―共に歩む群―弱さの中で十字架の主と共に歩む」でした。教会総会の前にしての緊張もありましたので、特に「弱さの中でこそ」というK教会のS先生の率直な言葉に共感しました。紹介したいと思います。
“…教会の土台はイエス・キリストです。そうと知り信じている人々の集まりでも、私は、「霊的な一致」はそう簡単には実現しないだろうと思います。・・・どの時代のどの教会の誰にでも、納得できない、祈れない葛藤を持つ時があるでしょうし、懸命に取り組むからこそ、自我を押さえられない場面が出てくるでしょう。・・・己が弱さを受け入れるのは難しいと思います。当たり前な感覚として、強さ大きさを良しとしたくなるものです。
現代は少子高齢化の時代です。伝道活動の現状維持さえ難しい教会もあるでしょう。だからこそ、今こそ、祈りによって霊的に満たされ、一致し、福音伝道にまい進しましょう! と、声高く叫ぶ元気な信仰もあるでしょう。でもそれは私の言葉ではないと感じてしまいます。
大変な時も弱い時もみんなで祈ってきましたよね。これからも祈り賛美し、神様の御声を聞く耳を願いつつ、何が御心に適うことか一緒に考えながら歩みましょう。というのが、ささやかな私の今の決意です。”
「いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです」(フィリピ3・16)。己が弱さを受け入れ、主を礼拝しながら、キリストの日に向かって共に歩めますように。(No.1076)
2026年 2月 8日
「小さな出会いから」
静岡県M市にある社会福祉法人M学園の機関誌(隔月1日発行)をいつも興味深く読んでいます。毎号、M学園に関わる外部の方の寄稿があります。今年の2月1日号の寄稿文「小さな出会いから」に共感しましたので、引用して紹介したいと思います。お書きになった方は牧師であり、元特別養護老人ホーム施設長で、現在はインドネシアの大学で教えておられるそうです。
“…わたしは、毎週の礼拝や毎日の朝の集いを通して、老人ホームのご利用者に神様の愛について語らせていただきました。・・・最近は、「神さまの役割とわたしたちが果たすことが別なんです」と語っています。
「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる」(詩編126編5節)という聖句があります。何が理由かはわかりませんが、この農夫は苦しみの最中にありました。しかし、種を蒔く時期が来たのに、悲しみにうちひしがれて仕事を放棄してしまったら収穫できるでしょうか。収穫を信じて種を蒔くのは私たち人間の役割なのです。その種に太陽の光を照らし、雨を降らせて実らせてくださるのは神さまの働きです。
神さまは道を示されますが、最期までは教えてはくださいません。・・・しかし信じて前進するときに、いろいろな出会いを通して成長させてくださいました。・・・
人生において、わたしたちは多くのことを選択しています。それはわたしたちの役割であり神さまが代わりにはしてくださいません。けれども、わたしたちに様々な出会いを与えて、よりよい選択をするために導いてくださるのです。神さまはすべての人を導いてくださいますが、多くの人はそれに気づいていません。・・・
神さまは「わたしの代わりにわたしの手になって働いてくれないか」と、あなたを導いてくださったのです。そしてこれからも誰かが笑顔になるために、神さまはあなたを導いてくださいますから、信頼して前進していきましょう。”(No.1075)
2026年 2月 1日
地区合同教師会(2026年)
1月26日、地区合同教師会が和戸教会で行われ、18教会・1伝道所、講師を含めて24名が参加しました。
礼拝堂にて、開会の祈りの後、講演「教会に託されたこと」と題して、前地区委員長で隠退教師の小林眞先生より講演を伺いました。コリントの信徒への手紙一第15章1~8節には、福音・救いの中心が示されている。キリストの十字架と埋葬(死の確認)と、キリストの復活と顕現。この福音の言葉が、礼拝で、復活の主が十字架を語られ、救いの出来事が起こる。教会は、福音の伝承に立つ、と語られました。
さらに、小林先生が信仰告白して、牧師になられるまでの歩み、東京神学大学で学ばれた頃の出来事(教団紛争のただ中で)、着任した4つの教会(小・中・大規模)における牧会の経験を伺いました。「その年齢でしかできないこと」として「鉄棒教室」を開催すると子どもたちが集まり、洗礼を受けた人もおられるとのことで、感銘を受けました。東海教区議長や教団副議長等の立場からの経験、教団の代表者として他宗教との関わりで得た経験も分かち合ってくださいました。
小林先生が牧会において留意(目標)してこられた点は次の三つ。 ①聖書を正しく・深く読む。 ②教会形成に資する人間関係をたてる。③教会には、雑用はない。→会員・求道者を迎え、すべて共に礼拝するために!
預言者エレミヤの召命の出来事から、「建て、植える」とは「礼拝者の創造」であること、御言葉の力により回心が起こる、それこそ伝道である、と語られました。牧会とは、「人の正しさ」が壊され、「神の義しさ」が立つこと。教会の奇跡を継続させること。救いの業の保持・継続こそ牧会。問安とは「信仰の安否を問うこと」の言葉も心に残りました。54年の長きにわたる小林先生の伝道・牧会の講演は、内容豊かで、示唆に富み、信仰の筋道の通ったお言葉でした。
地区教師会の良き交わりを主に感謝します。(No.1074)
2026年 1月25日
埼玉地区の交わりに共に生かされ
今年度の埼玉地区講壇交換礼拝は、昨年秋に相手先教会が久美愛教会(さいたま市緑区三室)と決まり、楽しみにしておりました。先週1月18日、当教会に澁谷弘祐先生を迎え、私は久美愛教会に赴き、それぞれの教会で礼拝と愛餐の良き交わりを持つことができました。
日本基督教団関東教区埼玉地区の規則には、「地区デー」(現在では「成人の日」)の近日中に、〔新年〕合同礼拝と、講壇交換礼拝を実施するよう定められており、埼玉地区の大切な活動として位置付けられています。強制ではなく、各教会が実施を決定して行っています。
西川口教会では、ほぼ毎年、地区講壇交換礼拝を実施してきました。相手先教会が決まり、日が近くなると、互いの教会のために祈ります。牧師を迎えて共に礼拝することで、一人の主を共に仰ぐキリストの体である教会の一員であることを自覚します。昼食の交わりを共にすることが多いですが、教会の方からの自己紹介や証しなどを伺い、さらに励まされます。
以前、講壇交換礼拝に役員を同伴することがありましたが、最近は私独りで行くことが多くなりました。相手先教会に行きますと、どんな地域に教会があるのか、どんな方々が礼拝に来ているのか、礼拝の順序はどうなのか、どんな週報なのかなど、普段は意識していないことに、意識が向きます。教会という存在それ自体、また礼拝において、週報において、様々なことを発信していることが分かります。講壇交換礼拝は、地区の交わりであると共に、他教会から刺激を受けるよい機会だと思います。
アシュラムセンタ―の年頭アシュラムに出かけたため、1月12日の地区最寄り一区新年合同礼拝はお休みしました。地区ホームページ委員のTさんの奉仕により、埼玉地区ホームページにアクセスして、新年合同礼拝の音声を聞くことができました。大勢の方々が埼玉新生教会に集まり、礼拝できたことが分かりました。感謝です。(No.1073)
2026年 1月18日
第51回年頭アシュラムに参加して
先週、1月12日から15日まで、滋賀県近江八幡市にあるアシュラムセンター主催の第51回年頭アシュラムの奨励のご奉仕に招かれて、出席しました。会場はホテルピアザびわ湖。滋賀県に滞在するのも、琵琶湖を見るのも初めてでした。
主題聖句は「見よ、わたしは万物を新しくする」(ヨハネの黙示録21・5)。アシュラムセンターが、次の50年に向けての新たな一歩を踏み出そうとしている、大切な年頭アシュラムに招かれて、私に何ができるのかと案じました。榎本恵先生から「教会形成とアシュラム運動」とテーマをいただきましたので、「私と教会アシュラム」というサブテーマをつけて、私自身の信仰の歩みに、教会アシュラムがどのように関わって来たのか、語らせていただきました。振り返ってみて、教会アシュラムで長年養われてきたと改めて気づかされました。奨励の一部を分かち合います。
“…初代牧師の横山義孝師は、西川口教会で教会アシュラムを始められた。後にアシュラム連盟の理事長として長く奉仕された。2代目牧師の三枝道也師・三枝育代師、3代目牧師の島隆三師・島 静江師も、教会アシュラムを継続してくださった。私が教会アシュラムに参加するようになったのは、島牧師の時代から。ようやく、「自分が聖書を読む」のではなく、「聖書を通して神の御言葉を聴く」ということが、少しずつ分かってきた。島牧師の時代の教会アシュラム助言者には、酒井春雄師、山下萬里師、岩波久一師他、ご奉仕いただいた。
献身に導かれたのは、西川口教会アシュラムでご奉仕くださった酒井春雄師の信仰自叙伝を読んだことがきっかけであった。
主任担任教師になって、2004年度から4年連続で、村瀬俊夫師にアシュラムの助言者をお願いした。村瀬師の影響は大きいものがある。・・・
日光オリーブの里アシュラムには2014年から参加し、自分自身のため霊的な養いをいただき、他の教会の方々との横のつながりを得られており、感謝している。”(No.1072)
2026年 1月11日
能登半島地震から2年(3)
被災4教会から、祈りのためのメッセージの続きです(抜粋)。
・七尾教会 釜土達雄(牧師・関連施設理事長)
能登全域で、解体工事や補修工事が行われています。限られた業者の方々に工事をお願いするのですから、順番を待つ辛さを感じてきました。・・・工事の開始を待ちきれないで、引越しをする人も多く、急激な人口減を痛感しています。・・・もとに戻った園舎や…学童保育施設があっても、園児や児童の声がしない園舎や施設では意味がありません。礼拝堂が元に戻っても、讃美の歌声が聞こえない礼拝堂では、意味がないのです。どうか、共に過ごす園児や児童、保護者の皆様のために…、元に戻った園舎や施設に、これからも、子どもたちが集まってこれるよう、・・・この能登の地に立つ教会に、キリスト者の讃美の歌声が途切れることにないように、お祈りください。震災復興は…「始まったばかり」なのです。・・・
・羽咋教会 内城 恵(牧師)
・・・富来(とぎ)伝道所がボランティア、来訪者の宿泊、滞在の支援拠点として用いられ…感謝です。羽咋教会と富来伝道所、牧師館は2007年の春に起きた能登半島地震の後に献堂された耐震構造であり、応急修繕で毎週日曜日の礼拝と祈り会をはじめとする諸集会を欠かさずに続けることができています。それでも地震の影響は大きく…、長老会で被害箇所の修繕、予算計画を検討、決議し、今年度中の修復を予定しています。十字架と復活の主の御心がなされますように。
・魚津教会 ウェーラー・R・E(牧師)
〔会堂の修理は完了〕・・・電鉄魚津駅のそばにあるアガペハウスの修理が必要です。アガペハウスでは10年前から聖書の学びや外国語礼拝等に人々が集まっています。・・・教会内と日本全国とスイスの有志に献金をお願いし、他に借入金を予定しています。工事は2026年春から夏までの間になる予定です。詩編127・1にあるとおり、魚津教会は主を信頼し前へ進みます。・・・(No.1071)
2026年 1月 4日
能登半島地震から2年(2)
先週は元旦礼拝をささげ、帰宅して夕方午後4時から、日本基督教団中部教区の「能登半島地震2年を覚えて 記念礼拝」に、YouTubeによるライブ配信を通してあずかりました。記念礼拝式次第に掲載されていた被災教会・施設の簡潔な近況報告と祈りの課題を転載します。
“被災4教会から 祈りのためのメッセージ
・輪島教会 新藤 豪(牧師)
・・・(2025年)1月中旬に礼拝堂は公費解体され更地となりました。牧師館は…隣家が倒れ掛かり中規模半壊、地震により傾きが生じました。修復のための地盤調査の結果、地下10mまで調べても硬い地盤がなく傾きは直せないとなりました。そこで牧師館も9月に解体され更地となりました。今、牧師は仮設住宅で生活して通っています。予定として、教団教区のお支えにより先に牧師館を同じ場所に建築します。地盤対策工事としてスクリューのある杭を打ち込み、1月下旬から着工、6月に完成の予定です。その後に礼拝堂の建築を進めていきます。・・・多くの人たちからご尽力いただき能登に生きる私たちは助けられています。・・・戻ることをあきらめた人もいます。しかし、教会がここにあることで、仮礼拝堂の十字架を見て祈りながら歩む町の人たちの希望の教会となりますようにと祈り願います。
・七尾教会 釜土達雄(牧師・関連施設理事長)
七尾教会と七尾幼稚園の震災復興工事は現在最終段階に入っています。地震直後・・・排水の配管工事がまず行われ、今年度にかけて、内装工事が行われました。・・・建物と建物を接合させているエキスパンジョイントの工事や屋上の防水工事、外壁の落下部分の補修工事、亀裂の補修工事などは、…2025年10月の末にようやく順番が回ってきました。・・・教会の駐車場は、擁壁部分が危険と判定され、駐車場自体の亀裂も含めて、全面工事が行われることになりました。2025年12月から工事が始まり、クリスマス前に工事が完了する予定です。”(続く) (No.1070)