第一章  むかし むかし 浦島は・・・

 昔々、現在でいう四国の大平洋側のある国に浦島という小さな村がありました。
その村には太郎という心のやさしい正直者の青年が住んでいました。太郎は年の頃なら23才くらい、病の母と暮らしているため、いまだに独り身でした。貧しい村の中でも太郎の家はとくに貧しく、その日も病気の母に食べさせるために魚を釣りに行っていました。
 太郎の村は潮の流れの影響で魚が少なく、舟も網もなく短い釣竿しかない太郎はその日も3匹の小さな魚が釣れただけで、とぼとぼと浜辺を歩いて帰ってきました。すると向うの方で何やら子供たちが騒いでいます。何だろうと見てみると、小さな亀をイジメているではありませんか。
子供たちは手に手に木の棒をもって「亀なら頭をひっこめやがれ!」とはやし立て棒でつついたり叩いたりしています。亀は必死にもがいて逃げようとしますが、どうすることもできません。
「お前たち、亀をいじめたらいかんぞ!」そう太郎が言うと、年長の子供が言いました。
「お!こいつとなり村の太郎じゃねえか」すると他の子供たちも口々に「そうだ、そうだ、浦島村の太郎だ!」「なんだその着物は、ボロボロじゃねえか!」「おめえ貧しくて嫁のきてもないらしいな!」
太郎は腹が立つのをこらえて言いました。「その亀をたすけてやれ。」すると年長の子供が言いました。
「たすけてやるかわりに、その釣竿と魚籠(ビク)をくれよ!もちろん魚もだ!そしたらたすけてやってもいい。」
太郎は困ってしまいました。竿がなければ明日からどうやって魚を捕れば良いのでしょう。太郎が黙っていると、また子供たちは亀をイジメだしました。「亀なら頭をひっこめやがれ!亀なら頭をひっこめやがれ!」
「まて!竿と魚籠をやるから亀を助けてやれ!」とうとう太郎は竿と魚籠を子供たちに渡してしまいました。子供たちは口々にはやしたてながら帰っていきました。「やーい、やーい太郎!魚が捕れずに野垂れ死ね!」「やーい、やーい太郎!おかあといっしょに野垂れ死ね!」
 太郎は力なく子亀を拾い上げると波打ち際に持っていってやりました。
「もう捕まるんじゃないぞ」亀はもうしわけなさそうに海に帰っていきました。
「なんでこんなことをしてしまったのだろう。」太郎は自分のやさしさにうんざりしました。

 家に帰った太郎に母親が言いました。
「太郎、魚は捕れたかい。」
太郎は仕方なく今日あったことを話しましたが、竿を取られたことまでは、とても言えませんでした。
話をきいた母は言いました。「それは良い事をしました。困っているものを助けるのは良い事です。神様は必ず見ていますよ。今日はまだ干し魚が残っているから大丈夫です。」
太郎は言いました。「しかし神様はおれたちが困っても助けてくれないじゃありませんか。」
母は言いました。「そんなことを言ってはいけません。そのうちきっと良い事があります。」
太郎は黙ってしまいましたが思っていました。「神様は新しい竿をくれたりするのだろうか。」
その日の夕飯はすこしのヒエと、ほんの少しの干魚でした。
「干魚はもう何日分も残ってない。なんとかしなければ本当に野垂れ死んでしまうぞ。」



第ニ章へ