第五章  帰ってみればこは如何に・・・

 太郎は来た時と同じように亀の背中に乗って竜宮城をあとにしました。
振り向くと乙姫が寂し気に手を振っています。太郎は戻りたい気持ちを必死に我慢して手を振りました。
とたんに周りは暗い海の中に変わり、急に息苦しくなってきました。太郎は来た時のことを思い出し、ゆっくり呼吸をするとだいぶ楽になりました。
 そろそろ海面の明るさが見えてきたころ亀がいいました。
「太郎さん、あなたに言っておきたいことがあります。その玉手箱は絶対開けてはいけません。」
「なぜだ?箱を開けねば竿も魚籠も母の薬も出せないではないか。」
すると亀が言いました。「とにかく開けてはいけません。あなたのために言っているのです。」
「しかし・・・・」
太郎が問いただそうとすると、もう海面に出ていました。
亀は言いました。「お別れです。もうあなたに会う事はないでしょう。最後に言っておきますが、何があっても絶望してはいけませんよ。箱さえ開けなければ大丈夫です。」
 気がつくと太郎は砂浜に立っていました。帰っていく亀を見ると来た時と違いたくさんの藻がついていました。


 太郎は急いで家に帰りました。ところが何としたことでしょう、家のあった場所には何もなくただの茅場があるだけです。太郎は村中を歩いてみましたが、どの家もありません。
 とぼとぼと歩きつづけていると、隣村にきていました。
大根を干している老人に聞いてみると、老人が言いました。「あの村はもう何十年も前の台風で飛ばされてしまったよ。もともと貧しい村じゃったから逃げた村民もだれも戻らんかった。」
「あの村に太郎と母親が住んでいたはずだが。」
太郎が聞くと老人はしばらく考えて言いました。「太郎?ああ、そんな青年がいたなあ。わしが子供のころ竿と魚籠をとりあげてやったら、あくる日海に入って死んだという噂じゃった。母親もしばらくは施しで生きていたが冬になって死んだなあ。」
太郎は思いました。「何ということだ!おれがうかれている間に母が死んでしまうとは!いったいあれから何年たったというんだ!」
老人が言いました。「そうじゃ、太郎というのは、ちょうどあんたのような格好じゃったよ。いつもぼろを着とった。」
 太郎は最後まで聞かずに走りだしました。走って走ってずっと遠くの海岸まで来ていました。砂に足がもつれ、うっかり玉手箱を落としそうになりました。
「おお、危なかった。ふたが開いては大変だ!」
太郎は玉手箱をじっと見つめました。
「この中には、いったい何が入っているのだろう。竿か、魚籠か、母もいないのに母の薬か・・・」
太郎は海に向かって叫びました。
「おい亀!なぜおれを竜宮城なんかにつれていった!」
答えはありませんでした。
「あのままなら貧しくても幸せだったのに・・・いや幸せとは言えないかもしれない。母はいずれ死んでいただろう。おれも野垂れ死んだかもしれない。だから竿と魚籠と母の薬をもらうために竜宮城へ行ったんじゃないか!しかしおれは我を忘れて浮かれてしまい帰るのがこんなに遅くなってしまった。」
太郎は砂をつかむと海へ向かって投げつけました。
「神がいるのなら、なぜこんなひどい目に会わすのか!それともおれのせいなのか!」
太郎は手を見つめました。砂のついた手は若く昔のままでした。
「なぜおれは歳をとっていない!このまま歳をとらないのか?」太郎は急に恐くなってきました。こんな誰も知る人のいない所で、どうやって生きていけというのでしょう。
 そのとき玉手箱が目に入りました。「これを開けたらどうなるのだろう?おれの望みとは何なのだろうか。」太郎は美しい紐を解き、ふたに手をかけました。
「何が入っていても、これ以上の不幸はあるまい。」
ふたを開けたとたん中から白い煙りが出てきて太郎を包みこみました。

 煙りが消えたときには太郎は九十歳をとうに超そうかという老人になっていました。
「な、なんと!これがわしが望んだことなのか?」太郎は泣き崩れました。
「こんなに老いとは苦しいものなのか!息がつらい・・・体が重い!」太郎はひゅうひゅう息をしながら言いました。「こんなことならどこかへ消え去ってしまいたい・・・」
 すると玉手箱からまた煙りが出てきて老人を包みこみ、煙りが消えたときには一羽の年老いた鶴が立っていました。鶴は一声哀し気に啼くと、どこへともなく飛んでいってしまいました。

終り


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