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Message From Tokuda


  読書の夏 Date: 2006-08-27 (Sun) 
ペースは落ちずに読み続けてます。


まず予告通り、笠井潔の「哲学者の密室」。
あの分厚い本のちょうど中盤は過去の話となり、そこだけはグイグイ引き込まれました。

それはナチスドイツのとある収容所の話となるのだが、当然全体の物語の発端および真相はここに隠れてると。
この過去の収容所におけるドラマが、現代で起こった殺人につながっているのだ…と、そういうわけですな。

このパートの主人公が収容所の所長、でありそこが実にグー。
ナチスの悲劇を「収容所所長からの視点」で物語る…てのが、実に新鮮でした。

というのは、
ホロコーストの首謀者はアイヒマンを筆頭に、“殺人鬼”的でなく、
“銀行員風”の人間(外見や雰囲気)であることが多く、
それは、
「幹部達は意外にもどこにでもいるような、小役人風の男であったのだ」、などと驚きをもって評されることが多い。

しかし、この物語で、
収容所の所長、というのは役人(それも事務能力に長けたやり手)でないとつとまらないポジション。
というのが初めて理解出来た。
人格崩壊者や快楽殺人者やドSの色情狂では務まらないと。
と、いうのは、
収容所の本質は結局、金品資源集めで、各収容所はベルリンの本部より“ノルマ”を課せられていた。
それは、
<××日間につき、金銀宝石を貨物車×両・時計×両・紙幣貨幣×両・髪の毛×両、本部へ搬送の事>
という至極具体的なもの。

これらはすべて処理した死体から奪い、目録を作り本国へ輸送する。
ある意味毒ガスは、上記作業を効率化していった最終型だったようだ。

収容所には“運営費”がかかるが、戦時下はどこの国も似たようなもので、
運営に最低限必要な予算物資をベルリンに提出しても、
「戦時下緊急時につき」と、申請は通らないばかりか、中継所で横領が重なり、
収容所に届くのは必要な半分以下。
でもそれで課された「ノルマ」を達成しなければならない。
…ということで、所長に求められるのは、高い事務能力。
ヒルズ族どころじゃない、会社運営の手腕。

人手が足りないから、全員は殺せないし、となると食べ物はいるし、
弾薬は貴重だから、銃殺は非効率(→ガスにいきつく)、
仕事内容がヒドいものだから、部下の(荒れる精神の)掌握も難儀だし(→憂さ晴らしの暴力を容認する)、
助っ人で加わってるウクライナ兵は隙あらば寝首かこうとしてるし、
おまけに当初は収容所の不正を監査する部門がベルリンにあったようだ。

そんな中、このパートの主役は、
ノルマ達成率の超優良で知られるアウシュビッツで、「所長道」をたたきこまれる。
そのアウシュビッツ所長の教え「所長道・一番大事な事」、は、
「収容者の女には絶対手を出すな」
と言うあたりで、皆さんも所長がどんな職務なのか、想像できてきませんか。
もちろん!これは“収容所の所長さんて大変なんだよ!”という物語ではありません。
こんな調子で綴られる収容所の日常は、かえって生々しく、
かなりココロにくさびをうたれました。

その後話は現代に戻りましたが、密室殺人の結果は一気に読み飛ばし。
しばらくあらためてナチス関連の本を読んだ夏となりました。



「扉は閉ざされたまま」石持浅海
ホロコーストのヘヴィさからギヤチェンジすべく、軽めの一作を。
かわった設定、に命をかける氏の作品。
今作はこの年の書評で、のきなみ好評を勝ち取った。

たしかに最後の一行ではじめて死体のある密室のドアが開く…というのは斬新。
文章はあいかわらず読みやすいし、あっという間にひきこまれる。
加えて“犯人と探偵の恋愛”の要素が加わると。

読後感としては、、、俺はその恋愛の結末に大きく気をとられました。
「不幸せ?いやこれって幸せだろ…あ、そうでもないのか」
と、色々考えましたが、まぁいずれにしろ、この犯人のプライドはけっこうなモノなのです。



「螢」麻耶雄高
続いてこれも本格。
叙述トリックの新機軸、ということらしい。
要は叙述トリックをふたつ合わせ技にした、ということだった。
ひとつめにわざと気づかせて、気づいたらふたつめにひっかかる…という仕組み。
無論、両方に気づかなかったら大びっくりなワケです。
全てが終わったのち、イデオン的大オチがやってきます。



「セリヌンティウスの舟」石持浅海
もういっちょ石持作品を。
今度も今までに無い特殊状況本格。がんばるよこの人は。
舞台となったダイビング、俺もやるんだけど、そこでの事件。

動機はぱっと見「わけわかんねーよ、うそくせー」って思えるが、
俺も年を取って、なんか、ニュアンスで犯人の意図が理解出来るような気がした。
夏休みの終わりは…というやつです。
文化祭は終わらせない、ビューティフルドリーマーね。



「刑事の墓場」首藤瓜於
脳男の作者。久々に読む。
デビュー作脳男の頃は覆面作家っぽかったけど(有名作家の覆面という噂もあった)、
今はだいぶプロフィールが公開されているようだ。
なんか演劇もやってるんだってね。
さて…。

これもエンタメとしてなかなか面白いです。
キャラとかはTVドラマ、アニメ的ですが、警察小説独特の味つけがあってギリ硬派に読ませる。
でも、、、ラストの温泉話でガックシ。
俺と同じ気持ちを味わった人は多いのではないだろうか。
「今までの、ぜ〜んぶウソ」
と言われたような気がしました。

しかし、<警察内部の権力争い、派閥、キャリア組>、とかそういうのって、すっかりおなじみになりましたね。



「樒/榁 」殊能将之
この「石動」シリーズは全部読む事に決めてます。
とにかく今の時代は、<本格系の作家が皆メタ本格を書く>となってると思う。
でもそれは「今までにないものを…」「みながびっくりっするようなものを」と考えるあまりそうなっていくのでしょうね。

この石動シリーズもその典型で、毎回毎回毎回…趣向をこらします。
しかし、今作はなぜ本になったのか分からないくらいの息抜き作品。
シリーズ物はたまにこういうのが出版されます。
音楽のように、「2年でアルバム1枚、シングル2枚」とかそーいう契約とかあるんでしょうか。
帳尻合わせ、契約履行、そんな手応えしかありません。



「重力ピエロ」伊坂幸太郎
ようやく読みました。
石田衣良とともに新進の売れ売れ作家として、双璧をなすこの作者。
帯も「小説、まだいけるじゃん by担当者」とあって、
まさにこれぞ新感覚!というイメージで売っています。

が、、、好みの問題なんですが、俺は大アウト。
久々に虫酸が走る文章を読みました。
なんだか同人ぽいしね。
本人はインタビューで、ハードボイルド系の作家をフェイバリットにあげていましたが、
間違いなく大江健三郎→村上春樹のデッドコピー。
インタビューでの発言は本星を隠すための煙幕でしょう。
作者が読者に好きになってもらいたいキャラを、作者がほめてどーすんだ、と思います。
ここに物語はマジで不在、同人ポエムといった感触でした。



「交渉人」五十嵐貴久
毎度ハリウッドエンタメみたいな小説を書く作者。
今回は王道ネタのネゴシエーターに挑戦です。
しかしこれが中々先を読ませません。
案の定、ラストに事件は加速し、収拾がつかなくなりそうなとこで、
主人公がドスンと決めます。
これまた王道のカタルシスで、気持ちがいいもんです。

でも…あれ、、、ページがまだ残ってるぞ。
そうです。
ここから延々と犯人が動機を語ります。
白い巨塔とおんなじ医療問題をギャンギャンに訴え続けるのですが、、、
これ読み飛ばした人多いのでは?
もちろん、病院の不正隠しは大変な問題です。
しかし、ま、例えるなら、、、

パルプ・フィクション公開時、劇中の使用で大リヴァイバルヒットした、
ミザルーの作者デイック・デイルにインタビューしに行ったら、
延々とディックのルーツであるインディアンの歴史を聞かされた…。

このエピソードに近いっす。



「キマイラの新しい城」殊能将之
さて最後はまた石動シリーズ。
が、これは素晴らしい傑作で実はこの夏一番良かったもの。
相変わらずの変設定に加え、今までそこそこにしてたギャグが全開。
結構笑いました。
本格の皮をかぶってギャグ、としても決してハメをはずさないので、読んででキモチがいいです。
ところどころであわやホロリともさせ、
その上、事件の全体像がなかなかつかめず、心地よい本格感が味わえます。
六本木ヒルズでの大立ち回りは正直爽快感すらありました。
「黒い仏」で出来たアントニオの設定がピリリと活かされ、
水城も登場し、シリーズ物のよさも感じつつ。


といったとこで以上。



さていよいよ秋に突入しました。
この秋はマイケル・スレイドという作家を攻めることにしました。
カナダの3人組のペンネームだそうですが、
なんだかぶっ壊れた小説を連発しているようです。
第1作から順番に、翻訳されているものはすべて読もうと思っています。
でもキモチ悪いのばっからしいので、間に軽快な日本人作家の小説を挟む必要がありそうだ。


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