生きた芸能史・春日若宮おん祭
 

御所車と巫女(みかんこ)

 
平成21年12月17日(お渡り式とお旅所祭)

「春日若宮おん祭り」は平安時代の末、洪水や飢饉を鎮める(五穀豊穣・国家安寧)ために、春日大社の御子神(春日若宮/天押雲根命))を三笠山の麓に勧請し、その御霊をお慰めする目的で始まった大和最大のお祭り。このお祭りのおかげで、国中が平安になったので、以来これまで874年間一度も途切れることなく催行されているそうですよ。

この「おん祭り」のことは今から30年以上前から「すばらしいから
ぜひ一度見に来たら良いよ」と奈良の方に何回も何回も誘われていたのですが……ついに今年、拝見することができました。

というのも・・真冬の奈良の寒さといったら、例えようもありません。……盆地特有の「底冷え!」がする上に、なぜかおん祭りの日は、雨に祟られることが多いという噂だったので・・・、いまいち足を運ぶ勇気が沸かなかったのです。

京都の三大祭「祇園祭」「時代祭り」「葵祭り」などのお祭りは、季節も良くて観光客が日本中から詰め掛けるほど有名なのですが、残念ながら奈良の「おん祭り」の知名度は、同じ奈良の東大寺の「お水取り」などに比べてみても、それほどでもありません。

さて、このおん祭りを見るにあたって、晴明さんは事前に情報を調べて、人手が20・30万人らしいから、車で行ったら奈良市内はすごい渋滞で身動きできないのでは? と頭を悩ませていましたが、おん祭りの行列は正午に県庁前スタートだから、午前九時ごろまでに奈良市内に到着すれば、なんとか渋滞や交通規制にひっかからないかも? それにちょうど、県立博物館で「神話」のテーマで展覧会があるので、それを見てから祭り見物しよう! と、いうことになり、早朝に車で自宅を出発することになりました。

奈良は、ほんまにのどかで・・・まったりしてましたぁ〜(゜-゜)

ところが、ところが、九時過ぎに奈良市内に入ってみると県庁前の駐車場はガラガラ!
県立博物館の「神話」絵画展も入場者はまばら! ほんまに今日。「おん祭り」あるんやろか? なんて不安がよぎるぐらい早朝の、と言っても午前10時ごろの市内は車も観光客も少なかったのです。

街中があまり静かなので、心配になって春日大社の参道に行ってみると、確かに参道には流鏑馬の馬が走るために真新しい砂が引かれ両側に竹が張り巡らされ「馬が驚きますのでフラッシュ撮影禁止」の張り紙があちこちに張り出されています。

「これは、やっぱり間違いなく今日、おん祭りのお渡り式があるんやね。お渡りが始まるまでにまだ時間があるから、その前に腹ごしらえをしておこう、ということになり、お好み焼きを食べてから、午後12時前ににスタート地点の県庁前広場に行ってみました。

広場では写真のような美しい時代衣装を着けた人々が三々五々集まって、カメラマンや観光客に取り囲まれながら、あちらこちらで楽しそうに談笑していたのです。

特にトップの写真の「御所車と巫女}さんは大人気( ^)o(^ )。すごい美人の巫女さんだったので、回りは黒山の人だかり。まるで記念撮影大会みたいでした。

傍にいた、紫の袴をつけた年長の巫女(神社の職員)? さんの話では「この御所車に乗る「みかんこ」さんはパレード用に選ばれた女性なので、本物の神社の巫女ではありませんから、一緒に写真撮影してもいいですよ」とのことでした。

そういえば、祭りの行列にご奉仕している方々も世話方に呼ばれて、これから歩く順番や並ぶ順番などを顔を突き合わせながら神妙な顔をして聞き入っていました。直前になって歩く順番が判るなんて、奈良らしくてのどかで、なんともほほえましい情景ですね。

そうそう、奈良らしいといえば、この人ごみの中に鹿たちも入り混じっていて、あちらこちらで鹿せんべいなどをねだっているのです。鹿たちにとっては衣装をつけていようがいまいが、通常の観光客との区別はないのでしょうね。ほんとにまったりしているでしょう!



列の先頭・「日使い」の前は榊の玉串に三種の神器をつけた「榊車」

ところで、先月「洞の丸山」に行った時、おおくぼまちづくり資料館の方から「昔はおん祭りの列の先頭に洞の村人が箒を持って沿道を掃き清めていたらしい」と、伺ったのですが、今は、すでに無くなっているようです。

でも、日の使いの前を六人の白衣の男女が玉串に三種の神器をついた御所車を引いているのを見たとき、もしかしたら……???
と、ひらめくことがありました。

……そのことはさておき、おん祭りの時代絵巻(国の重要無形民俗文化財)をみるようなすばらしい行列、の写真は他のHPやブログにもいっぱいアップされているので、ここではあまり、載せられていない情景をご紹介しますね。実はおん祭りにはたくさんの馬が登場します。その馬たちは主に中央競馬会などから毎年来ているそうですが、困ったことに、ところかまわず「糞」を撒き散らすのです。

馬上の人はいいのですが、徒歩で行列に参加する人はその糞をよけながら歩くのが一仕事です。そこで、写真のようにうら若きイケメン二人が、実に楽しそうに時にはふざけたりしながらその糞を掃除している姿がありました。祭りの裏方は他にもたくさんおられるとはおもいますが、この二人の若者にも大きな拍手があがっていたのがうれしかったです。


神が降臨した(影向の松)と神秘的な細男(せいのう)舞

春日大社の参道、一の鳥居のすぐ傍に「影向の松」という松があります。神が降臨された松とのことで、お渡り式に参列する田楽や猿楽などの芸能や大名行列の毛槍の交換をこの松の前で、奉納してから若宮様のお旅所に向かいます。

能舞台の背後に松の木が描かれているのをご存知の方も多いと思いますが、実はこの春日の影向の松がモデルだそうです。近年はこの松の向かい側に有料の観客席が設けられているのでおん祭りを高みから堪能したい方にはお勧めかも?

さて、正午に県庁前を出発した1000人ほどの行列は午後二時半には「お旅所」に入ります。お旅所には16日の真夜中、「遷幸の儀」で本殿からお渡りになった春日若宮様がこの日一日だけご鎮座され、一夜限りの宴の場となるのです。

真新しい黒木(松)の仮御殿に入られた若宮様の御魂をお慰めするために前の芝舞台でさまざまな舞、神楽、田楽、猿楽、などなどが深夜10時半ごろまで奉納されるのが祭りの中心行事「お旅所祭」です。ちなみに、この一段高い芝の舞台で芸能をすることから「芝居」という言葉が派生したとか。いろいろ勉強になるおん祭りですね。

今年はうれしいことに、寒波が押し寄せたとはいえ、写真のように真っ青な快晴の中でのお祭りとなりました。私たちは、流鏑馬と影向の松の前での見物をあきらめて、さっさとお旅所の真正面に陣取りました。

しかし、このお旅所祭のご神事が、午後二時半から延々と続くのです。神様への献撰に始まり、宮司様の祝詞(声はまったく聞こえてきません)巫女の神楽舞など粛々と遂行されます。誰かが、マイク使わないのかなぁ〜?と、つぶやいていました。しかし、これらは神聖なご神事なので、観光行事ではないのですね。

さてさて、ひとしきり長い長いご神事が終わって、足先が氷のように冷たくなり、足が棒のようになったころ、ようやく垣が取り払われて、
まず保存会の方や崇敬会の方々に続いて一般の観光客もお旅所の中に入れて頂けました。といってもロープで仕切られた一区画だけですが……。

そして、いよいよ行宮に明かりが灯り、舞台周囲に篝火が入れられて「東遊・あずまあそび」童子四人の舞が始まります。私たちはこの後の「田楽」の次に舞われる「細男舞・せいのうまい」をどうしても見たかったので、トイレも我慢しながらホカロンを握りしめて固唾をのんで待っていました。

あたりはだんだん暗くなり上空からは雪さえちらつき始めました。さすがにこの頃になると人数も減りましたが、それでも熱心な見学者の頭越しにしか芝舞台は見えません。

そのとき、初老の紳士が連れの女性に「桟敷席」の券を買ってくるからといって、案内所に行ったのですが「芝舞台の横のゴザの上は、保存会の方の席で招待券が無くては入れないそうだ……」と残念そうに女性に説明していました。

そうこうする内に、いよいよお目当ての細男舞が始まりました。
このころにはあたりはすっかり暗闇に覆われ、顔を隠して舞うという不思議な舞の雰囲気はいやがうえにも盛り上がりました。篝火に照らされて舞台に上がった六人の白衣の舞手は、笛、鼓鼓(カッコ)舞手の二人づつに別れて演じます。

今年の1月に福岡県に講演に行った折、主催者の方々のご好意で志賀海神社に参拝することができました。その際、神功皇后が海を渡るにあたって、海の道を熟知する海人・安曇の磯良を呼び出すと、磯良は長く海中にいたため、牡蠣がらがこびりついた顔を恥じて白布で顔を隠してあらわれた。

という故事にちなんだのがこの「細男舞」と言われています。そういえば、芝舞台の細男たちは、なにか恥ずかしげで、ひたすら畏まって隠した顔をさらに左、右、左右、と袖で隠しながら舞台の上を腰をかがめて何度も回るのです。そんなに恥ずかしそうにしなくても、もっと堂々としたら良いのに!と言ってあげたくなるくらいになにか滑稽で、こんな奇妙な舞はいままで見たことがありません。

宮崎監督の「千と千尋の神かくし」の中でも春日様という奇妙な白覆面をした神様が千尋の働くお風呂に入ってきて話題になりましたが、磯良と細男がモデルだと言われています。

この日初めてのおん祭り見学は、寒さと長時間のたちっぱなし(疲労)のため、この細男舞がぎりぎり限界でした。聞くところによると真夜中のご神事「遷幸祭〜還幸祭」なども含めて春日の「おん祭り」をすべてみるには七年かかるそうです( ^)o(^ )


一年のはじまりに参拝することができた志賀海神社ゆかりの磯良(細男)に一年の締めくくりに春日のおん祭りで出会うなんて、不思議なめぐり合わせだなぁ〜〜と思いませんか? もしかしたら一回り回って次の段階に上がれるような気がするのですが……来年こそは保存会に入って招待状をゲットし! 芝舞台すぐ横の桟敷席(ゴザの上)に座って夜中の10時半まで繰り広げられるという和舞や舞楽も拝見したいなぁ〜。でもそのときは厚い座布団やホカロンを山のように持っていかなくては!!

そうそう、春日大社のご祭神の一人、天児屋根命(藤原氏の氏神)は天の岩戸開きの時にご神事を担当(祝詞奏上)された神様なのですよ。念のため。

今年は、本当にいろいろお世話になり、ありがとうございました。( ^)o(^ )
どうかみなさま良いお年をお迎えくださいね。




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