大地のような深い智恵を持つ聖人 


チベットはヒマラヤ山脈の北側、インドと中国の間に位置している。面積は日本の約六倍半、平均高度四千メートル以上のまさに「世界の屋根」とも言うべき場所に国土がある。

十四世ダライ・ラマ法王はこのチベットの国家元首で、チベット国民の精神的指導者でもある。

チベット仏教では、歴代のダライ・ラマはその魂の転生者として認められた者が代々任命継承されてきた。十三世ダライ・ラマが亡くなった時、チベット国内にさまざまな天変地異が起こった。チベットの高僧たちは、慎重にその兆候を読み取り、チベット東北部にあるアムド地方の小さな村で1935年7月6日に生まれた一人の赤ん坊を見い出した。

その子は高僧たちが目の前に並べた数々の品物の中から、まぎれもなく十三世ダライ・ラマの遺品だけを的確に選出した。

こうして、この貧しい農家の子供が、十三世の転生者として正式に認められたのは、三歳の時である。

「ダライ・ラマ」とはモンゴル語で『大地のような深い智恵を持つ聖人』という意味。チベットでは観音菩薩の化身としてあがめられ、首都ラサのポタラ宮殿にチベット仏教の最高責任者として暮らしていた。

しかし平穏な生活は長くは続かなかった。1949年、隣接する中国で内戦が勃発。いきおいにのった中国軍は、やがて武力によってチベットへの侵攻をはかってきた。

その内戦に巻き込まれた形でチベット国内は混乱し、当時若干十五歳だった十四世ダライ・ラマ法王は、政治上の全権を帯びて国家指導者の地位についた。

以来十年間に渡る懸命の和平交渉にもかかわらず、圧倒的軍事力を誇る中国側の強硬姿勢の前に屈した。

1959年、法王の身を案じたラサ市民以下八万人のチベット人たちは断腸の思いで、ついに愛する祖国を後にすることを決意した。

そして、法王はごく少数の側近と共に、険しいヒマラヤ山脈を越えて余儀なく国外亡命を計るという事態にまで追い込まれた。

インドへ逃れた法王たちは故ネール首相の好意によって、1960年インド北のダラムサラに亡命政権を樹立した。しかし十四世ダライ・ラマ法王は、チベット仏教の教えを堅く守り、一貫して『愛と非暴力』の立場を取り続けている。

中国側がチベット人に加えてきた様々な攻撃や弾圧についても、その事実を明らかにすることはどうしても必要ではあるが「中国人そのものに対する憎悪の念を抱くことは決してない」というのが法王の基本的考えだ。

そして、チベット問題に解決をもたらすのは、平和裏の包括的な交渉を通じてのみ可能であるとの立場を鮮明に打ち出している。

こうした法王の姿勢は、国際社会からも非常に高く評価され、1989年にはノーベル平和賞を受賞した。

今や、十四世ダライ・ラマ法王は、チベット国内のみだけでなく、宗教、民族、国家の枠を越えて世界の人々から幅広い支持をあつめている。
(取材 宮崎みどり)         


この人の話

人類がどういった未来を迎えるかということは、私たち一人ひとりの肩に掛かっていることであり、一人ひとりの責任でもあるのです。

そういう意味では、現代の私たちは、地球と人類の未来について大変重要な鍵を握っているともいえます。

いま私たちが抱えている地球の危機が、これまでも過去に何度かあった危機と大きく違っている点は、科学が非常に大きな進歩を遂げているということです。

現在の私たちの生活は、科学の発達によって非常な恩恵を被っています。しかし、人類の未来を考えるとき、もし、この科学技術を間違った方向に使うと、大きな危険を伴ったものになりかねません。

私が考える今日の問題点は、時間というものが猛烈に速いスピードで進んでいるにもかかわらず、私たち人間の固定観念が過去とあまり変化していないという点です。

私たちの考えている個人、家族、国家という考えが大変遅れているということです。

地球環境問題においては小さな国が、一国だけで別々に取り組んでも解決はしません。これは人類全体が一丸となって取り組むべき問題です。

これまでは、国または村という小さな単位が独立して存在していくことが可能でした。しかし、これからは私と他人「我と他」を切り離して考えることはできません。

従って、現実を見てみますと、自分自身の利になることは、他人の利害と深くつながっているということが言えると思います。

人類全体の幸せを考える時、『私たち一人ひとりが本当に幸せであるかどうか?』ということを常に考慮に入れなければなりません。現在の私たち一人ひとりに必要なことは世界的な責任感、あるいは普遍的な責任感であると思います。

もう一つ重要な問題点は、私たちはすぐに結果が目の前に現れる科学の恩恵をこうむるあまり、それを重視ししすぎて「心」を忘れてしまっているという事です。

その結果、大都市に暮らす人々はまるで機械の一部のように生きてしまって、人間的な本質から大きくかけ離れてしまいました。

私は人間の本質というものは、根本的に優しく、慈愛にあふれたものだと考えます。近代医学の調査によれば、胎児が子宮にいる時は、母親の心の平安が重要な役割をするといわれています。

そして生まれた後、数週間は、母親が愛情を持って子どもにスキンシップをして触れ合うことが、脳の発達には不可欠であるとも解明されています。

生まれてから死ぬまで、愛に囲まれて生きるということが、人間にとってどんなに幸せなことか…。そして、その個人の幸せが、やがて地球全体に広がり、人類の未来の幸せにも深くつながっていくのです。

1995年 来日記念講演より。


ダライラマ法王が握手してくださった時、膝ががくがくして立っていられないほど感激したことが今でも忘れられません。

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