辻本 達


香具山案内人が行く
万葉人の心の故郷



天から降ってきたと伝えられる天の香具山(奈良県)のすぐ前に、二坪ほどの小さなプレハブ小屋が建っている。

『万葉人の心の故郷・香具山名所旧跡案内所』と書かれている。この店の主、辻本さんは、「人様のために何かお役に立つことがしたい」そう思いたって定年退職後、大好きだった歴史の趣味を活かしてこの店を始めた。

今年で十二年になる。「ちょうど香具山の前に兄の畑があったので場所をそこに決めた」と話す。

古代の人々は、山や木や石などに神が宿っていると信じていた。天の香具山もその信仰の対象で神祭りが行われ、記紀にも伝えられている民話や伝説の宝庫である。

この香具山も時代の流れと共に忘れ去られ、辻本さんが案内人となった時には荒れ放題に荒れていた。

「地図を片手に山に入ってみましたが、地図は全く当てにはならず、けもの道のような跡があるだけで奥には進めなかった」という。

それでも少しずつではあるが、何とかルートを確保していった。

しかし、遠めに見ると小さく見える天の香具山も、いったん森の中に入ると意外と深く、一人での限界があった。

そんな時、自発的にこの山の管理を二十年間していた地元の古老、池北忠治さんに辻本さんは出会った。池北さんは香具山をこよなく愛していて、それが荒れていくのを嘆いていた。

二人はすぐにうちとけた。そうして二人の観光地図作りが始まった。池北さんの記憶を頼りに、手に鎌を持ち古くからあった道を開いていく。

その所々に、子供の頃よく聞かされた昔話に出てくる石や木などを発見した。

『月の誕生石』『蛇つなぎ石』『鎌とぎ石』と次々に地図に書き込んでいく。

「山から出てきたときには、体中真っ黒でクモの巣まみれだった」と顔がほころんだ。

地図は二年間かけて出来上がった。



「これを持っていれば、目をつぶっていても香具山を歩けます」と自身満々。

案内所には、日に五〜六人が訪れる。ふらっと立ち寄った人にでも気軽にお茶を勧めて香具山の説明をしてくれる気さくな人柄が大変喜ばれている。

「いろんな方たちがお見えになりお話できることがとても楽しいのです」

最近では、新聞や観光雑誌などに取り上げられ、講演もこなす。

早速、私も案内をお願いしたが、山に入り込んだ辻本さんはとても七十歳には見えない健脚で、いつしか少年のように、香久山の森の中へと溶け込んでいくように見えた。

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