『intrusion & cope』
―――ある日、相棒が唐突に一匹のディクを連れて帰ってきた。
「何」
ボッシュは、相棒が何か抱えて帰ってきたのを目に留めて、怪訝そうに訊ねる。
リュウは曖昧に微笑んでから「痛」と小さく呟いて、腕の中のものをそっと二段ベッドの下に下ろした。
薄っぺらく、殆ど綿も入っていないようなベッドだが、使用者が几帳面な性格をしているせいか、そこは清潔に整っていた。
それはベッドに下ろされた瞬間、たたっ、と素早く姿を消し、一気に奥の方まで潜り込んでいく。
「…何、ソレ」
「うん。…この間視察に来た、上の人の忘れ物みたいだってさ」
リュウは、ぱたぱたと短い足を使って、落ち着かなくベッドの上を走り回っているディクを示して説明する。
毛並みの色は、黄色に近い茶色。
瞳の色は淡いブルー。
それなりに可愛らしい外見をした、そのディクは、どうやら上層区の人間が飼っていたペットらしい。
「…で、何でそれをお前が持って来るんだよ?」
ボッシュは、落ち着かない様子で走り回るディクをうざったそうに見やった。
「ううん。…このままだと、処分されちゃうらしいって、聞いたからさ…」
そんなボッシュの様子にリュウは困ったように笑い、ディクに手を伸ばす。
すると、たちまちディクは幼い爪を閃かせて、リュウの指先に引っかき傷を残した。
「いたー…」
情けない顔をして、引っかかれた箇所をくわえる相棒。
そんな彼を見やることもせずに、ボッシュはただ端的に呟いた。
「…鈍くせぇ奴」
リュウはまた、曖昧に笑った。
* * * * *
ボッシュ=1/64と、リュウ=1/8192。
二桁も違うD値を持って生まれた二人がパートナーとして引き合わされたのは、もう数年前のことだ。
以来、そのD値の差にも関わらず、二人は実に上手くやってきた。
リュウが、特別ボッシュに取り入ろうともせず、また争おうともしない、穏やかな気質だったからかもしれない。
ボッシュもまた、リュウのことをそれなりに気に入ったからかもしれない。
……とにかく、二人は外から見ても、中から見ても、それなりに上手くやっている。
少なくとも、もう何年かこのまま上手くやれそうなくらいに。
「要するに、お前その厄介物をわざわざ自分から貰ってきたってコト?」
……例えば、時にこんな風な、小さい衝突らしきことがあったとしても。
ボッシュはうんざりした様子で、たった今攻撃されたばかりのディクに餌を与えようとする相棒を見つめた。
「うん。ディクって言っても、ペット用に作られたヤツだし…。そんなに凶暴じゃないらしいから、処分されるっていうのは、可哀想だと思って」
「……お前さ。その掌に出来た生傷、全部そいつがつけたんだろ?」
その言葉に、リュウは「ああ、でもかすり傷だし」と笑う。
「……。充分凶暴じゃん? そいつ」
ボッシュは二段ベッドの上から身を乗り出して、今は餌を食べているために大人しいディクを見下ろした。
爪も、牙も、まだ幼いけれどちゃんとついている。
何よりも、飼い主がわざわざ下層区まで迎えに来ようとせず、処分してもいいと言っている辺りから、この生き物が持て余されていたということが分かる。
だが、この相棒には、その当たり前のことが分からないらしい。
幾つも引っかき傷や噛み傷がつけられた掌で、そいつの世話をしてやろうとする。
「……」
「…ボッシュは、嫌かな? 俺が、ここでこの子を飼ってたら…」
リュウは、不安げに小首を傾げてボッシュを見上げた。
その問いに肩をすくめ、ボッシュは「好きにすれば」とだけ返す。
正直、ちょっと。いや、かなりうざったいと思ったけれど。
きっと駄目だと言っても、この相棒は何処か別の場所でディクを飼おうとするだろうから。
……そして、何故かその想像は、あまり面白くないように感じたので。
「ありがとう、ボッシュ。あまりうるさくさせないようにするよ」
リュウが嬉しそうに笑って、ディクに「よかった」と語りかけているのを白けた気分で見つめ。
また、二段ベッドの上に戻って、小さく欠伸をした。
その後、部屋に戻ってきた他の相部屋の連中に、リュウがディクのことをことわっているのを、ボッシュは夢うつつの状態でぼんやりと聞いた。
皆まちまちの反応だったが、積極的に反対している者はいなかったので、どうやらリュウがディクを自分の寝床で飼う事は許可された様子だ。
(……あいつ、任務のときまであのディクつれてくとか言わないだろうな…)
ボッシュはうんざりとそんなことを思って、軽く息をついた。
面倒だと思いながらも、そのことについてリュウと押し問答する方が面倒だと知っていたので、彼は結局何も言わなかった。
* * * * *
リュウが、小さなディクを飼い始めてから一週間余りが過ぎた。
どうやら密かに名前もつけたらしいのだが、何故だか誰にもその名を教えようとはしなかった。
(別に聞かなくてもいいけど)
しかし、どんなに彼に可愛がられても、ディクはいつまで経ってもリュウを攻撃した。
餌を与えるときや、寝床に潜り込むときは大人しくしているくせに。
その小賢しさがたまにボッシュの気に障ることがあったが、わざわざリュウにそれを言う気にもなれず、彼は概ね彼らを放っておいていた。
「……痛」
それは、悪意をこめてなのか、親愛をこめての行動なのか。
小さいディクはちょこちょことリュウに近寄っては、無防備にしている彼に噛み付き、引っかき、傷をつける。
そして、リュウがそれを軽く叱ろうとすると、まるで(そう、さながら身分の高い子どもが、低い立場の者に向けるかの如く)軽蔑したような眼差しで彼を見つめ、毛づくろいを始めるのだ。
(…つくづくローディーって、バカ)
ボッシュは、その様子をベッドの上から冷笑を浮かべて見下ろす。
懐かれているのか、なめられているのか。
恐らくは、間違いなく後者だ。
リュウの肌が露出しているところの殆どは、既に何度かディクの爪か牙を食らっている。
何故、それでもそのディクを飼おうとするのか。
ボッシュにはそこが理解できず(また理解したいとも思わず)ほぼ毎日続く、リュウとディクの交流を遠くから眺めていた。
彼は、相棒のことを愚かだと毎日のように思い、呆れるばかりだった。
早くあんなディクに愛想を尽かして、処分してしまえばいいのに。
それすら出来ない、何かに怯えたような相棒の牙。
それは優しさなのか、それとも怠惰なのか。
(誰かに面倒をみてもらわなきゃなんないのは、アイツじゃないの?)
喉の奥に、飲み下せない何かがあるような感覚。
ボッシュは、ディクに引っかかれた傷を治療して、また餌を用意する相棒の笑顔をみるたびに、そんな感覚を感じ始めていた。
その歯がゆい感覚が、決定的な苛立ちへと変化したのは。
リュウが、幼いディクを飼い始めてから二週間ほど経ったある日のこと。
「……ん」
原因は、ふと深夜に目を覚まし、ベッドの下を意味もなく見下ろしたボッシュの目が映したもの。
まるで当然のように。
リュウを傷つけた牙と爪を持ったまま、彼の腕の中でぬくもりを与えられている生き物。
その生き物が、ざらついた舌で、自らの牙が与えた傷を舐めた。
―――それを、見たのだ。
「……ん…」
リュウは小さく寝言らしきものを呟き、睫毛を揺らす。
何にも気づくことなく、平和な寝顔を晒している。
「……すげぇ、不愉快」
ボッシュは、ぼそりと呟いて顔をしかめた。
そして、ディクがそんなボッシュを笑うように、小さく鳴いた。
ボッ週間、一本目です。
……み、短ッ…!
しかも文章が、……こ、これでは殆どト書きだよう、風成さん!!?
ちょっとあんまりな文章なのですが、折角書いたので、このまま後編に続けたいと思います…。
難しいなあ…。ぼしゅりゅ…。
……えっと、全然余談ですが、前回書いた裏小説で彼らを二人部屋にしたんですが、今回は相部屋にしてみました。
特に意味がないというか……あるようなないような。(どっちだよう)
後編はもっとまともな文章を書きたいものです。
ちなみにタイトルの英語は、適当に辞書を引いた単語なので、意味を取り違えてる可能性大。(駄目じゃーん)
ボッ週間、頑張りたいと思いまーす!