――『コトダマ・前』――
「言葉には言霊というものが宿るんですよ」
――――いつだったか。
何かの拍子に、光子郎にそんなことを教えてもらった。
「良い言葉には良い言霊が、不吉な言葉には不吉な言霊が宿るといいます」
光子郎はたかたかとキーボードを叩きながら、太一に話してくれた。
「だから、不用意な発言をしてはいけないんですよ」
その言葉には、霊が宿るのですから。
光子郎は、彼にしては珍しい分野について淡々と語ると、冗談めかして笑った。
――――そして。
太一は何故か今そんなことを思い出していた。
目前。
文字通り、目鼻の先には、滅多に見ることの出来ないはずの光子郎の狼狽しきった表情が、どアップであって。
「…太一さん」
何か、必死な口調で口を開いては、また閉じる。
「……」
(…えーと)
太一はせめて胸中でだけは冷静になる為に、瞬きをした。
――――彼は今、光子郎の部屋の中で。
――――部屋の主である光子郎に、押し倒されて、のしかかられていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば、光子郎の驚いた顔って滅多に見たことないよな」
そんなヤマトの何気ない一言から始まった、イン・石田家トランプ王座決定戦罰ゲーム。
「え? あー……光子郎の驚いた顔…? いや……結構見ると思うけど…」
太一のそんな反論はその場にいたその他のメンバーに即刻否定される。
「そりゃお前だけだろ」
「俺も見たことねえっすよー」
「僕もかなあ」
「うーん……確かに」
「…ええー?」
ヤマトに始まり、大輔、タケル、あげくに丈にまで否定されてしまうとさすがの太一も何も言えなくなってしまった。
「んじゃ、お前の罰ゲームソレに決定な」
「ええー!?」
――――雨が降ってるから。
――――外で遊べないから。
――――暇だから。
……以上の理由から、太一が石田家に遊びにやってきたことで決行されたトランプ大会。
忙しいらしい光子郎は外して、タケル、大輔、丈の三人も呼ばれて皆でひたすら盛り上がりながらジジ抜きを行った……まではよかったのだが。
「太一先輩、今日全然カード運なかったっすねー…」
そう。
駆け引きのカの字どころか、漢字も分からなさそうな大輔にすらボロ負けするくらい、今日の太一はツキから見放されていたのである。
「ちっくしょう…何でだー??」
太一は6勝負中6連敗という素晴らしくも笑える記録を樹立しつつ「大体誰だよ、罰ゲームつけようとか言い出したの……」と往生際悪くうめいた。
「―――お前だろ」
基本だな、とヤマトはそっけなく応じて、太一がばらまこうとしているトランプを取り上げて片付け始める。
「いいじゃないか。お前はわりと見たことあるんだろ? 何も光子郎を驚かせた証拠をとってこいなんて言わないさ。ただ、その状況とか原因をあとで話せってくらいだな」
「あーのーなー……」
太一は軽々と述べるヤマトに向けて渋面を作った。
「その状況とか、原因とかを考えるのが大変なんだろー? ていうか、俺がわりと′ゥてたあいつの驚く顔って、デジタルワールドの頃に見たんだぜ?」
「あー…ああ…、あははは……」
その言葉に、丈は思わず乾いた笑いを漏らした。
(それってつまりよっぽどな生命の危機でもないと、光子郎は驚かないって意味じゃないか……?)
その胸中の呟きは恐らく、その場にいた誰もが思ったことかもしれない。
だが、4人はあえてその考えに目をつぶった。
――――中学校に進学し、次の選ばれし子どもたちの世代になってから、光子郎は本当に動じる事が少なくなった。
例えば目前に勢い良く植木鉢が落下してきたとしても、彼は少し瞬きをするだけなのではないだろうかというくらいに。
また、いきなり目の前に銃口をつきつけられたとしても、彼はまず驚くよりも、一体どうやってその場を切り抜けるかを考えるのではないだろうかというくらいに。
……つまり、泉光子郎とは、そういうキャラになりつつあったのである。
(でも、それってつまり光子郎さんが最強キャラになりつつあるってことでしょ? うっわー、僕そんなの気に食わないな♪)
(光子郎さんの驚いた顔っていうか、どーやったらあの人は驚くのか、俺も知りてーなー)
(むしろ驚け。太一の罰ゲームとしてもちょうどいいし、俺も面白いし、一石二鳥じゃねーか)
(……なんだか……パンドラの箱を開けるような、そんなひしひしと差し迫る嫌な予感がするんだよなあ…僕…)
まさしく四者四様の思惑であった。
そんな思惑に包まれながら、太一は困惑したように「……ていうかマジでやんのかよ、罰ゲーム」と呟く。
――――無論、返ってきた答は
「当然」
……であった。
◇ ◇ ◇ ◇
「太一先輩、太一先輩、太一先輩ッッ!!!」
石田家を後にし、さあどうやってあのパソコン少年を驚かせようかと頭を抱えていた太一の元に、まずサッカー少年・本宮大輔が駆けてきた。
「あー…どうした、大輔?」
太一は頭を悩ませつつも、ばたばたと子犬のように駆けてきた後輩に笑顔を向ける。大輔はその笑顔にとてもとても嬉しそうな顔をしながら「俺考えたんっすよ!!」と握りこぶしを作って力説を始めた。
「考えた? ……何をだ?」
太一は訝しげに聞き返しながら、どうやったら一同をごまかせるかどうかを考えている。
しかし大輔はそんな太一にキラキラした子犬の眼差しを向け「どーやったら光子郎さんを驚かせられるかッスよ!!」と握りこぶしをぶんぶんと勢いよく振った。
「……あー…」
そうくるか。
太一は軽い頭痛を覚えつつも、使えるアイディアなら是非参考にしよう、と大輔に「どんなのだ?」と尋ねた。……すると。
「光子郎さんのパソコンを壊しちゃうってーのはどうでしょう!!!!」
キラキラまなこ、得意満面な表情で大輔は元気良く告げた。
太一は――――。
とりあえず脱力した。
「……なあ、それってさあ。……あいつ驚かす云々を超えて、俺の生死に関わってくるからちょっと却下な…?」
「えー、そっすかあ?」
大輔は残念そうだった。
太一はいつか時間があったら、光子郎のパソコンに無闇に触れることの恐ろしさをじっくりと説いてやらねばと真剣に考えた。
◆ ◆ ◆ ◆
「なあ、太一」
「うおっ!?」
太一は唐突に電信柱の影から出てきたヤマトに驚愕の声をあげて後ずさった。
「お、お前はお笑い芸人かよ!」
「分かりづらい突っ込みは減点だぜ太一」
ヤマトは焦りと驚愕のあまりわけの分からない発言をする太一に冷静な受け答えをすると「俺は考えたんだが」とこれまた唐突に切り出す。
「だ、だから何をだよ」
太一はまだドキドキする心臓の上あたりを押さえながらヤマトに問い返した。するとヤマトは不思議そうに「光子郎を驚かせる一案に決まってるじゃないか。それ以外に何がある」と答える。
「……」
あれって俺の罰ゲームなんじゃねーのかなー、と遠い目をする太一。
まあ、考えてくれるのにこしたことはない。太一はすぐさま考えを翻すと「で、どんな考えだ?」と尋ねる。
「ああ。お前が女装して光子郎の家まで行って実は俺隠してたけど女の子だったんだ。……びっくりだろう?」
太一は――――。
とりあえず電信柱に頭をがつんと打ち付けた。
「いいアイディアだろう」
ヤマトは自信満々である。
太一はとりあえず……握り拳に力をこめてみた。
◇ ◇ ◇ ◇
「やあ太一さん☆ どうしてその拳はそんなに赤くて汚ないもので穢れてしまっているの?」
自宅到着寸前。
すたっという軽やかな音とともに背後に誰かが迫ってくる気配を感じた。――――ていうか、タケルだ。
太一はもはや諦めモードで振り向き「その疑問に関してはノーコメントだな」と、タケルがタイミングよく差し出してくれたハンカチで拳の血を拭った。
「ま、いーか♪ あ、それでね、僕も当然のように、如何にして光子郎さんを滅殺するかについて考えてきたんだけど…」
タケルはそのままにこやかな笑顔で、ばさりと大量の書類をまさに何処からともなく取り出してくる。太一はその書類からやや後ずさり、音速で手を横に振った。
「滅殺は違う。滅殺は」
そう? とタケルは少し残念そうだ。
「うん、でもね太一さん。僕あの人、本気で生命の危機の時くらいしか驚かないと思うんだ」
「まあな」
太一はその言葉には頷いた。しかし。
「だからね、僕考えたんだ」
タケルがにっこりと、それこそ天使のスマイルでまたもどこからともなく取り出し、べたべたとご近所の塀に張り出したでっかい模造紙の内容に。
「やっぱり光子郎さんを驚かせるにはこのくらいやらなきゃ★」
核ミサイル「ピースキーパー」の入手。
そう、でかでかと「最優先事項」に書かれているのを見て。
太一は――――。
「お願いだからやめてくれ」
心の底から、そう懇願したのであった。
◆ ◆ ◆ ◆
「おにいちゃんお帰りー」
「……ただいまー」
太一は心なしかよれよれで帰宅した。
その様子にブラコン全開の妹の目がきらりと光る。
「……おにいちゃん…何かあったの?」
(やっぱりあの魔の館、石田家に一人で行かせたのは失敗だったのかしら、いいえでも私にも今日は外せない用事が……ううん、おにいちゃんがこんなに疲れて帰ってくるんならあんな用事おいておけばよかった!!)
ヒカリはそんなことを一気に考えると、コンマ2秒くらいで太一のすぐ隣まで移動した。どう見ても瞬間移動にしか見えないところが恐ろしい。
「おにいちゃん、何か嫌なことでもされたの?」
「…ん? ああ、いや……大したことないから安心しろ、ヒカリ」
しかし太一はそんな妹に優しい笑顔で応じるだけで、詳しい説明は避けた。
この上妹にまで「ピースメーカーを仕入れるためには」をじっくり教えてもらうのは、太一にとってあまりにダメージが深かったからだ。
実に賢明な判断であった。
…とそこに、居間の方で電話が鳴り始めた。それに反応した、台所で家事を行っていた二人の母が受話器をとり「あら、こんにちは。はい…はい、ちょっと待っててね」という会話をした後。
「太一ー、電話よー?」
そう、帰宅した息子に声をかけた。
「誰?」
太一が受話器を受け取りながら尋ねると、母はあっさりと「丈君よ」と答える。
「丈?」
太一は訝しげに首を傾げ、受話器を手にとって保留を解除した。
「もしもしー、太一だけど」
そう声をかけると、電話の向こうで丈が『あ、突然悪いな太一〜』と喋る。
「いやいーんだけど、何の用だ? ……まさかお前も光子郎を驚かす一案を、とか…?」
太一は半分は冗談のつもりでそう尋ねた。しかし。
『そうだよ。あれ? 何で分かったんだい?』
あっさりとそう返ってきて、何となく脱力する。
何でこいつら俺の罰ゲームなのに滅茶苦茶協力してるんだよ。
これは果たして罰ゲームなのか。
太一はぼんやり考えて、緩く首を振った。
『太一?』
「……あ、いや、聞かせてくれよ」
だが太一は気を取り直した。
今電話をしてるのは、大輔でもヤマトでもタケルでもない。
選ばれし子どもたち随一の常識人・誠実の紋章もちの丈なのだ。
太一は己の仲間を信じて、先を促してみた。
『うん…実はさ……』
丈はその作戦を「ひょっとしたら駄目かもしれないけど」といかにも丈らしく自信なさげに付け加えながら話し始めたのだった。
また前後編かよー!!!!(ちゃぶ台返しつつ)
なんだかもう、最近だらだらと長い話ばかり書いてしまっているようで……;;
ていうか長い話しかかけなくなっていて…;;
おかしいよう!! こんなのおかしいよう!!!!(泣)
……うう、というわけでまたも後編に続きます……。おかしいよ……;;
何がおかしいって全部おかしいよ……!!(←ツカレテマス)