ハイドン 交響曲31番
「ホルン信号」(Mit dem Hornsignal)



交響曲の父と呼ばれたハイドン(Franz Joseph Haydn)は1732年ウィーン南東のローラウ村で貧しい車大工の家庭に生まれました。
1755年フェルンベルク伯爵家のヴァイオリン奏者として音楽家の生活を始め、1759年にはモルツィン伯爵家の楽長となり最初の交響曲を作曲。1761年エステルハージ公爵家の副学長、1766年に楽長の地位に就き1790年楽団が解散する迄、数々の交響曲、弦楽四重奏曲を作曲しました。
エステルハージ家を辞してから自由の身になったハイドンは、イギリスの指揮者で興業家ザロモンの招きで1791〜1795年間に2回ロンドンを訪問し、12曲の「ザロモン交響曲」を発表しました。
その訪問時ヘンデルの作品に感化されオラトリオ「天地創造」「四季」の大作を書き上げ、1801年以降は安楽にウィーン郊外で過ごし1809年逝去しました。


MP3のファイル容量が1.1MBあり、読み込みに約4分程掛かる見込みですので、暫くの間お待ち下さい!




演奏 ローザンヌ室内オーケストラ
ジーザス・ロペス・コーボス指揮 ホルン奏者:サビナ・パーデ

1995年 2月 スイスで録音



ハイドンにはホルン4本使用を指定した交響曲が4つあり、第13番・第72番は1763年に、第31番・第39番は1765年に作曲されています。
その中でも第31番は「ホルン信号付き」(Mit dem Hornsignal)と題され、ホルン演奏者に素晴らしいテクニックを披露するチャンスを提供する作品と知られています。
最も、第2楽章の第2ホルンの演奏部分が極めて困難であるとの悪評もある様です。これはドイツ圏ではワルドホルン(狩のホルン)が伝統として残され、それを再現する技法が必要だからと言われています。

「ホルン信号(Horn Signal)」では、まるで協奏曲の様にホルンの演奏から始まるのが魅力的です。
ホルンは本質的に重厚でゆったりした演奏をさせるのが普通ですが、この交響曲ではトランペットの様な軽やかな演奏をさせているのですから、多分演奏家にとっては難曲かも知れませんが聴く者にとっては、意表を突かれるのが堪らない魅力となっています。




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