自分の宗教(信じられること)とは?
新興宗教って、2回の実例中、「個人の幸運実例」(造語)を真っ先に示す事、偉い人がいる事くらいで個性に乏しくてどうもおもしろくない。
今、自分の興味ある
「救う事とは何か」を考えるならば、宗教な学部で勉強した方が早い。
僕は何に期待してるんだろう?
すぐに「やめる」と言ったら、信者に理由を執拗に聞かれたのも全く同じだった。
今度そういう目に会ったら、「夢で教祖が『おまえには早過ぎる』と言われた」と言った方が真実見が沸いて宜しい結果を招くことができるかもしれんと瞬間的に期待する。
人間を中心に考えるならば(もちろん、地球や原子や恐竜が中心にあると違ってくるはずだが)、宗教(科学文明を含めて)は信じると信じないとの間の値を持つだけのモノである。現実は何処にも無い。
ただし、この「現実」は、厳密なものとする。
と、現在僕はそう考えると安心できる。
宗教に救われて幸福と感じることと、好きなアニメを見て救われて(実際そう感じるのが不思議なのだが、危ねぇのかなぁ・・・)幸福と感じることと、どんな違いが有るだろうか。
IBM ThinkPad570Eですか・・・。なんでPentium III 450MHzやねん!! まぁ、PCなんて旬のものやし(泣)