学園モノ描きさんに100のお題からの作品です。(別窓

『屋上』 
 
 
 
三日振りの快晴。 
長雨の所為で丹羽が外に逃げ出す事も叶わず、生徒会室に縛り付けられていたおかげもあってか、ここ数日は仕事も順調に消化する事ができた。 
久方振りの晴天に丹羽が堪えきれずにこっそりと生徒会室を抜け出すのを中嶋は横目で確認する。今日の仕事はほぼ消化してしまったのだから、何をこっそりと抜け出す必要があるのか判らないが、いわゆる条件反射というやつなのだろう。 
全く呆れたものだと思いつつ、自らもパソコンの電源を落とし席を立つ。 
 
こんなにのんびりした午後は久し振りだな…。 
 
均整の取れた長身を緩やかに伸ばしながら中嶋も生徒会室を後にした。 
 
 
放課後の校舎は、シンと静まってはいるものの、グラウンドの運動部の掛け声や吹奏楽部の奏でる楽器の音などが、適度な距離を持って中嶋の耳に届く。雑多な会話や物音が耳元で響く昼休みとは違い適度な喧騒が心地よい。 
そんな心地よい空気を背に中嶋は、密かに気に入っている場所である屋上へと歩みを進める。忙しさの所為で、最近は足を運ぶ事も少なくなっていたのだが、時間が取れたら真っ先に向かいたいと、無意識の内に思っていたのかもしれない。 
 
屋上の一角、職員室の死角にあたるいつもの場所で、煙草を咥える。 
この場所は、職員室の死角であることは勿論だが、弓道場の射場を見渡すのにも絶好な場所であった。 
静謐さや荘厳さ。其処だけが別世界のように日常の空間から隔絶されている。それは、この射場に立つその男の纏う空気とまるで同じ。 
今日は練習日ではない為か、部員は篠宮以外誰も居ない。 
的を見据える篠宮の心地よい緊張感が、中嶋にも伝わる。今、この空気を二人だけが共有している。そんな優越感にも似た感情がゆるゆると中嶋を支配していく。この時ばかりは不覚にも、自分が『篠宮紘司』に惹かれていると思い知らされる気がした。 
弓を引く篠宮の前では、純粋に『敵わない』と思う。自分がそんな感情を抱く相手は、篠宮意外は知らない。丹羽の力や統率力、行動力にカリスマ性。それらを目の前にしても、敵わないなどと思うことは先ず無かった。力で敵わなければ策を練れば良いし、丹羽を捩じ伏せる隙はいくらでもあると、なぜか確信めいたものが自分の中に存在する。だが、篠宮の前ではそんな感情を持つことすら忘れる。ただ、篠宮に引きずり込まれる。 
いつからこんな特別な想いを篠宮に抱いているのか、自分でもらしくない程理解できない。 
何時だって、自分は選ぶ側の人間だった。好む好まざるに関わらず、自分の周りには男女を問わず世間で人並み以上と言われる輩が集まって来た。その中から気に入った者が居れば、気が向く侭に身体を繋げてその場限りの快楽を求める。おかげで、思春期に周りの男子が抱いていた、やみくもなまでの性的衝動や飢えは殆ど感じた事がなかった。 
だが、今の自分はどうだ。 
目を瞑って、組み敷いた眼前の相手を篠宮に自然とすり替えてしまう。袴姿の篠宮を犯す事を想像しては、何度自分を鎮めたか判らない。全く青臭い子供と同じだ。 
 
自嘲めいたため息を落とし、火を点けたまま殆ど吸っていなかった煙草を銜えなおす。その時、ふと弓を構えていた篠宮が姿勢を崩した。誰か弓道場に現れたのか、入り口の方に向かい何やら言葉を発している様子だ。それでも相手は構わず篠宮の隣まで押しかけてきた。篠宮の小言に負けずに篠宮の隣まで歩みを進める事が出来る人間は、この学園の中にはそうそう居ない。 
 
「…丹羽か…」 
 
煙草を燻らせながら、これから始まるであろう『弓道勝負』を想像して、自然と口が歪む。丹羽の弓も素人にしてはなかなかのものだが、無論篠宮に敵う筈が無い。力強さはあっても内から滲み出る気迫や美しさが違う。それは弓射自体が、弓を引く時の心構えや精神を映し出す鏡であるということの表れなのだろう。 
 
「まぁ、少しは楽しませてくれよ、哲ちゃん…」 
 
そう呟きながら煙を吸い込む。 
 
しかし、眼下に繰り広げられた光景は、中嶋の予想に反しあまりにも思いがけないもので…。 
 
篠宮の隣に立った丹羽は、留まる事無く篠宮の口から零れる小言を己の唇で塞いだ。 
あまりにも自然に何のためらいも持たずに為されたその動きは、直感的に、これが二人にとって初めての行為ではないと悟らされた。 
篠宮が口を拭いながら何かをまた丹羽に告げるが、丹羽はお構いなしといった感じで再び篠宮の唇を塞ぐ。胸を叩いたり、腕を掴んで外そうともがいたり、丹羽から逃れようとしていた篠宮の動きが、口付けが深まるにつれて徐々に収まってゆく。 
 
 
初めて、身体を重ねずとも付き合っていけると確信した、親友。 
初めて、想いが募るほど、触れる事も手を伸ばす事さえも躊躇い、ただ眺めるだけしか出来ずにいた、特別な、存在。 
 
西日の差し込む弓道場で口付けを交わす二人は、ただ、神聖なまでに美しかった。 
 
 
 
終り?続く??
 



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4月4日にDIARY内絵日記にてUPしていました『学園モノ描きさんに100のお題』の
お題No.4『屋上』です。テーマは、中嶋の聖域である二人がくっついたら、中嶋はどう思うのかな〜といった感じで。
切ない系中嶋目指してみました(笑)
このNOVELにUPしてる続編は、日記UPしてるものとは違って、葉月ましゃさんが書いたものです。
初リレー小説になるのかなvv

続編お題No.5『昼寝』(葉月ましゃ)