こちらのお話しは、お題No.4『屋上』(黒須)の続編です。



No.5『昼寝』




「何だ、誰かいるのか?」
使用中の札が掛かっている、三年生フロアの談話室。確か今日は日曜日。そんな世間一般が休日である日に学園に出て来ている人間など、自分以外には居ない筈なのだが。
誰かが札を戻し忘れたのか?そんなコトを考えながら、ドアを押し開ける。この学園はコンピューターによる、完璧なセキュリティシステムが導入されている。だから別に、わざわざこんな週番みたいなコトをやる必要などナイ。でも自分は学生会の『副会長』、何かあった場合には立場上、何らかの責任が生じるかも知れない。なので確認をする、ソレにあの会計部の悪魔にミスを握られたりするのも嫌だったし。
「もうすぐ施錠時間だ、閉じ込められるぞ」
しん、とした空間。掛けられたリトグラフと活けられた春の花が、開け放たれた窓から流れ込む風に、ゆらゆらと揺れている。確かに誰かがいる気配だ。足を進め、あちこち見回す。そして見つけた、ソファでうたた寝をする細身。
「・・・篠宮」
珍しいコトもあるものだ。ソレが率直な感想。皮張りの四人掛けに身体を横たえて、肘掛けに頭を乗せて、胸の上には開いたファイルを乗せて。柔らかい春風に綺麗に揃えられた前髪を揺らして、薄く開いたカタチの良い唇から、安らかな寝息を零して。
「ナル程、こういう訳か」
そっと取り上げたファイルに挟まっていたのは、新学期からの部の活動予定表の草稿。
脇のオークのローテーブルに広げられているのは、予算申請書、対外試合の日程表。
他にもまだある、寮則の改訂希望案、備品報告書、その他諸々。寮の仕事はともかく、こんな部の書類書きなどは、本来は部長の仕事ではナイ。でも此処の弓道部ははっきり言って、篠宮ヒトリで持っている様なモノ。他の部員ではこんな書きモノすら、ろくに賄えないのが現状。だから結局は篠宮が全てを請け負っている。大変ではあろうが、元来の苦労性で世話好きだ。本人は不平を零したりはしない。でも身体は正直だ、寮にいては寮の仕事がまた負ぶさってくるのだろう。だから此処に来て店を広げた。
だが疲れと静けさと春の陽気に、撃沈したらしい。全く、しっかりしている様で意外と抜けているのだな。笑える。
施錠時間は迫っていたが、余りに安らかな眠りなので起こす気にはなれなかった。まあ自分と篠宮の足ならば、5分前に起きて走り出せば充分に間に合うだろう。そんな計算もあった。だから暫くはこのままにしておこうと思った。ソレに篠宮のこんな寝顔など、滅多に見られないモノでもあったし。上から見下ろす、細面。綺麗な顔だといつも思う。決して派手ではないけれども、凛としていて人目を惹く。真っ黒で張りのある髪、切れ長の瞳は今は薄い瞼に隠されていて見えないが、代わりに黒々とした睫毛が目に付いた。通った鼻筋、尖った頤。すらっとした長めの首はシャツの襟に吸い込まれている。ソレにしても良く寝ている。思いながらブレザーを脱ぎ、シャツの胸に掛けてやる。
篠宮はブレザーを着ない。まあ此処の制服には元々、着用の義務などナイが。ソレで
も大半の生徒は毎日の私服選びが面倒だからと、制服を着ている。篠宮も全く制服を着ていないと言う訳ではナイ、ただブレザーを着ないだけ。
『俺は弓をやるだろう?だから肩や二の腕が少し張っていてな』
そのせいでブレザーの様な固い素材の上着は、苦しくて堪らないんだ。確か前に、そんなコトを言っていたのを耳にした。誰と話をしていたときだっただろうか?寮の食堂で、俺の後ろで楽しそうに大きな声で。
『あー、なるほどねえ』
でもホントの理由は違うだろ?何だ、他に理由などないぞ。あるって。
『お前に赤は、似合わない』
「・・・ああ」
そうだ思い出した。アレは、あれは。

---- 丹羽だ。

脳裏に浮かぶ、あの日の光景。屋上から見ていた、いや見てしまったあの光景。あの時の煙草は、酷く苦かったな。思い出して苦笑する。そんな、らしくない甘ったるい感傷に襲われかかってた俺の耳に滑り込んだ何気ない、でもトドメみたいなヒトコト。
「よせ、哲也・・・」
掛けられたブレザーの襟が顔に触れたのを、丹羽が触れたのと勘違いしたんだろうか。
柔らかい笑みで、ブレザーをそっと払う。ソレはまるで、此処にいる俺までもをさっと払い除けるみたいな動き。俺の手の付いた人間が俺の前でこんなコトを言ったなら、例えソレが寝言であろうとナンであろうと、俺は絶対に赦さない。叩き起こしてその口を喉を、手酷く傷つける筈。そして一瞬でも他人に心を赦したその弛んだヌルい”愛情”とやらを引き裂いて、その辺に捨てているだろう。だが今の俺はただバカみたいに、ソレこそその辺の頭の悪いオンナの様に立ち尽していた。興味も想いも確かにあるが、篠宮はまだ俺のモノじゃあナイ。そう言ってしまえばソコまでだ。丹羽とあんなコトをしていた現場も見ている。
普段の俺ならば速効で揺り起こして、今の戯れ言をネタにからかう筈だろう。なのにソレは出来なかった。そして感じる、胸のつかえ。ナンだろう?酷くざらついて苦くて重くて。そしてその胸の蟠(わだかま)りがふっと消えた瞬間、頬を伝った冷たい感触。
「バカなっ・・・!」
慌てて頬を拭ったから、真下の篠宮に雫が垂れるコトは辛うじて防げた。でも冷えた涙は後から後から、メガネの奥の剃刀みたいな双瞳から零れて落ちて。俺が泣くだと?
そんなコトあり得ない、こんなバカな、そして愚かな出来事、あってたまるかっ。素早く踵を返し、足早に部屋を出る。飲み込めない、理解出来ない感情の昂りに心が割られる前にと、拳で涙を拭いながら。長身がするっと抜け出た後、ばたん、と風に煽られて閉まったドア。その音に目覚めた影。
「・・・誰だ」
掛けられてたブレザーに気付き、訝りの表情。そして上着から微かに漂う紫煙の残り香で相手を知るが、
”中嶋?でもどうしてアイツが・・・”

でもイチバン大事な事には、気付かない。




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葉月ましゃさんからいただいた、お題No.5『昼寝』ですv
篠宮は綺麗だし、中嶋は切ないしで、堪らないです。
あと何と言っても中嶋が篠宮に手を出せないままの状況というのが切なくて!
知らずに落ちる涙も美しい…(うっとり)中嶋は、篠宮相手には、どうやって接したら良いか判らない事が多々だと良いv
ホントましゃさん、素敵な原稿の陣中見舞い(笑)有り難う!
続編は、このお話しをベースにリレー小説っぽく行くのも楽しいかな〜v
日記バージョンとNOVELバージョンとで別のストーリー展開も面白そう。
ど…どうでしょうか…??(どきどき)