「下らん」
全く以て下らない、一体ナニが楽しいと言うんだ。言いながら、ごろりとベッドに寝転がったまま、ぎりぎりと音がしそうな程の勢いで灰皿に煙草を押しつけもみ消し、もう片方の手で握ったTVのリモコンを苛ついた仕草で弄る背中。零す、いつにも増してキツい口調での不平不満。毎年々々、結果がこうなるコトは判っていると言うのに。なのにどうしてこう、バカのヒトツ覚えの様に同じコトを繰り返す。理解が出来ない、本気で。そして結局、ぶちりと言う音と共に電源を切られた『GW名物』の各観光地での大混雑と大渋滞を放送していた、ニュース番組を映していたテレビ。放り投げられる、役目を終えたリモコン。その様子を一頻り眺めた後で、俺が零すのはあっと言う大きなため息と、低い声での相槌。そうだな、ソレは同感だ。俺も全く、理解が出来ない。すると返る、
「・・・珍しいな、意見が合う」
今にも灰が零れそうに吸い殻が溜まった灰皿を無造作にテーブルに置いた後、脇に投げてあった雑誌と煙草の箱を手に取ろうとしていたメガネの顔が零した、驚いた様なヒトコト。その顔に向かい、更に続ける言葉。拾い上げる、だらしなく床に脱ぎ捨てられた明らかに自分のモノではナイ色合いのシャツ。そしてソレを、今の気分そのままと言ったカンジでぐるぐると纏め、持ち直す。そうか?だが残念ながら、俺が理解出来ないと言っているのはこの渋滞やら混雑のコトではナイ。そして。
「俺が理解出来ないと言っているのは、この状況だっ」
言いながら、ちらりとこちらを一瞥した後『ああまたソレか』と言わんばかりに露骨な態度で、足元に蹴り出して纏めた布団の上に両脚を投げ出し、新しい紙巻きを銜えて雑誌を眺め始めた横顔に向かい投げつける、先程のシャツともうこの連休中、何回言ったか判らないくらいに言っているヒトコト二言。いいか、何度も言うがココはお前の部屋じゃあない、俺の部屋だ。ソレとコレも何度も言うが、ベッドで煙草を吸うなっ。匂いが付く、灰が落ちるっ。服も散らかすな、片付けろっ。しかしそんな俺の言葉に返ったのは、ムダに優れた運動神経に基づき飛んで来たシャツを払うべく挙げられた片手と、相変わらずのしゃあしゃあとした返答。バカ、そんなモノを投げるから灰が落ちるんだろうが。何だとっ。大体、灰が落ちてイヤだと言うならソレを空けて来い。そしてすらっとした指で示す、吸い殻だらけの灰皿。その余りの言い草と態度に、完全にかちんと尖った心。空けて来いって、どうして俺が。しかし相手は、イヤミと挙げ足取りをやらせたら恐らく右に出る者がいない程に、天才的なテクニックとボキャブラリーを誇るアイツ。だから苛立つ俺とは正反対にヒドく冷静、且つ痛いトコロをぐっさりとやって来る科白を素早く完璧に組み上げ、立て続けに吐いて来る。どうしてって、イヤなんだろう?ベッドに灰が落ちるのが。だったらソレをキレイに空けてココに持って来い。そうすればお前の意見を尊重して気を遣い、その上で吸ってやっても良い。中嶋、お前っ。そして悔しいけれども、100%以上の正当性を持っている俺ではあるが、コイツが相手ではこの押し問答、完全に勝ち目はない。故に結局。
「・・・兎に角、ソコで煙草を吸うのだけは止せ」
気になるんだ、寝る時に移り香が。言いながら差し出す、渋々キレイに中身を空けて来たガラスの灰皿。すると、ソレを受け取った顔がにやりと浮かべる、シニカルな笑み。するりとベッドから降り、敷かれたラグに座る長身。そしてこちらを見上げながら、まだ火を点けてはいなかった1本を銜え込んだ薄くカタチの良い唇から零す、短い反省の言葉。判った、コレから気を付けよう。その、限りなく用意した言葉を棒読みしてると言うカンジの口調に、内心で苦く重い息。判っている、今はこんなコトを言っているが、でも結局コイツはまたすぐにでも俺のベッドで煙草を吸うだろうし、俺の部屋からも出ては行かない。服だってきっと、脱ぎ散らかす。そうだ、全ては判りきっているんだ。ココにコイツとふたりで残ると言うハメになった瞬間から、こうなるコトは全て判りきっていたんだ。そんなコトを思いながら、くすくすとイヤな忍び笑いを零しながら手にした雑誌に視線を落としたアイツに聞こえる様に、わざと大きく2度目の息を吐いた俺の脳裏を過るのは、あの日のコト。


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