『別に構わんぞ、実家でもドコでも行けば良い』
俺はイチイチ寮長さんに世話を焼いてもらう程にガキじゃナイ、寧ろ放っておいて貰った方が好都合だ。そう言いながら自室の中、山盛りの書類を眺めつつノートPCのキーを打ち続ける横顔。その、淡々と作業をこなす様子を邪魔しない様に続ける、言葉。だがな、たったヒトリとは言え寮生が残るというのに寮長が居ないというのは、体面的に余り。すると返る、相変わらずだなと言ったカンジのくすりとした笑い。気にするな、残るのは他の誰でもナイ『最上級生』にして『学生会副会長』の、この俺だぞ。そしてキーを弄る手を止め、置かれた缶ビールのプルを引き上げた後で煙草の箱から1本を取り出し、銜える仕草。
まあどうしても心配で気になると言うならば、お前が一筆『寮長代理』とでも書き置きして行けば良い。学校側からナニか言われたとしても、ソレで問題はナイだろう。ああまあ、そう言われればそうなんだが。
”だが、な・・・”
自分でもソレは思う、確かにコイツは端から見れば『寮長代理』を任せるのには充分すぎる程の肩書きと位置、チカラを持っている。だがソレはあくまでも『端から見れば』であって、実際のコイツはこの通り、飲酒喫煙は日常茶飯事、いやソレ以下となっている素行不良学生。世間の杓子やモラルなんて言うモノには全く以て縁遠く、いつだって自分を基準に判断し行動する。そんなコイツに全てを任せ寮を空にするなど、ハッキリ言って昨日入学したてってくらいの新入生に任を与えるよりも、ずっと不安で堪らない。正直、自分の留守中にコイツがしでかしてくれそうな出来事を幾つか軽く想像しただけでも、既に頭が痛いくらいだ。なので結局、今年のGWは寮に居残るコトに決めた俺。そうだ、ナニもこんな混雑した時に意気込んで帰省などしなくても良い。もっと空いていて季節も良い頃に行けば、その方がきっと家族も喜ぶ。それにたまには、こういう連休の過ごし方も良いだろう。寮長の仕事も部長の仕事も嫌という訳では無いが、でも正直を言えば俺だって人間、煩わしいと思ったコトがナイ訳ではナイ。だからたまにはこんな日が、数多の雑用に追われるコトなく、朝から晩まで好きな様に時間を使えると言う、そういう日々があっても良いかも知れない。しかしそんな俺の計画は、イキナリあっさりと初日から崩れ去る。
『中嶋・・・』
最後まで残っていた生徒を送り出した後、恐らく連休中に人の出入りはナイだろうと思われる正門のカギを掛けて戻って来た俺が見たのは、自分が使っている寮長用の部屋の隣に用意されている通称『客間』と呼ばれる、ちょっとしたビジネスホテル並の設備を備えた予備室の中に目一杯、荷物やら書類やらを広げ銜え煙草で作業をしているアイツの姿。その、余りに意外な展開に暫し唖然。しかしはっと冷静に戻り、荒げる声。お前っ、一体ココでナニをしているっ。だが。
『良いだろう、どうせ年に数える程しか使われない部屋なんだ』
だがアイツと来たら、そうやってキリキリといきり立つ俺とは正反対に落ち着いた声で、さらりとヒトコト言い捨てただけ。作業の手も休めない、煙草も当然、離さない。そんな横柄な態度に、益々尖る俺の神経。一気に捲し立てる、苦言。使われないって、だがだからと言ってお前が使って良いと言う道理はナイっ。大体ココは、緊急事態などで呼ばれた家族や、突発的な事故や事件によって自室の使用が出来なくなった生徒達などの為に用意されている部屋だ。ソコをどうして、お前が占領するっ。いや、ソレより何よりどうやってココに入った。ココにはカギが掛かっていた筈だぞっ。しかしやっぱり返って来るのは、作業をしながらの安穏とした返答。細かいコトは気にするな、ソレに使わない方が痛むのだぞ、部屋というのは。中嶋っ!!
『・・・全く、ナニをそんなにカリカリしている』
生理か、ソレとも排卵日かお前。言いながら、ぱちんと閉じるノートPC。次いで、こちらを見つめながら歪めた唇からふっと吐き捨てる紫煙と、呆れたヒトコト。その相変わらずの口の悪さと発想に、再びがくり。ばっ、馬鹿者っ、オトコにそんなモノがあってたまるかっ。だがアイツと来たらやっぱり、そんなこちらの気持ちなど全然全く気にも止めないと言った様子で、つらつらと勝手な言い草を並べて来て。ナンだ、余りに苛ついているからあるのかと思った。お前、良い加減にっ。まああってもなくても良いから少し落ち着け、そして俺のハナシを良く聞け、怒るならソレからでも良いだろう。
『・・・・・・』
下品な発言は許し難かったが、言葉に一理は確かにあった。だから一応は聞いてやろうと、腕組みでその『ハナシ』とやらに渋々と構える俺。ハナシ?ナンのハナシだ、屁理屈なら聞かんぞ。バカ、屁に理屈なんかあるか。だから、ソレが屁理屈と言うんだっ!判った判った、判ったからやたらとサカるな。そう言い、中嶋が切り出したハナシはこうだった。
『・・・良いか、今この寮にいる人間は、俺とお前の二人だけ』
そして俺達に与えられている自室と言うのはモノの見事に、階の両端に別れている。言いながらもみ消す、短くなった紙巻き。続ける、理路整然且つ淡々とした言葉。ソレは既に、判りきっていた事実だった。だからソコには別に、おかしなコトはナニもなかった。しかしこうやって改めて言う迄のコトも、なかった。だから思わず、首を捻る俺。ナンだ今更、そんなコトを。と、言うか俺が聞きたいのはそういうコトではナイぞ。そんな俺に向かい、ふんと鼻を鳴らすアイツ。判っている、ココからが本題だ。そして。
『ムダだと思わんか、そんな状況は』
『何だ、と・・・?』
さっきも言った様に、今この寮には俺とお前と言う、二人の人間しか存在していない。言葉と共に銜える、新しい紙巻き。次いで、余りに意外な切り返しに思わずきょんと固まってる俺に向かい、ふっと息だけの笑みを作る顔。そして畳み掛ける、語尾をぴしりと強調した言葉。なのにそのたった二人しか居ない人間の為に、この長い廊下やら階段、共同トイレの照明を付け、食堂の設備を使い、浴場の湯船に湯を張る。こんなの、バカバカしい話だとは思わんか、どうだっ。そんな、強い言い切りの口調に思わず、相槌。ああまあ、そう言われれば確かにそうかも知れないが。すると目の前の顔に再び微かに浮かぶ、シニカル
な笑み。ここぞとばかりに押し込んで来る、最後の一手。だろう?だからココを使うんだ、ココならば部外者の使用を考慮しUBを室内に儲けている。名ばかりの設備だが、キッチンもある。二人くらいの人間の所用ならば、大抵のコトは賄える筈だ。
『俺だって本音を言えば、仕事があるとは言えせっかくの連休を、口煩いお前の隣なぞで生活はしたくナイ』
だが『節電節水節約』は、お前の口癖でモットーだったよな。確かいつもそんなコトを口走りながら、細々と階段の電気やら何やらを弄って歩いているよな。
違うか?
『どうなんだ?清貧寮長』
『・・・ソレ、は』
今になって振り返れば、並べ立てた理屈にアラは幾つもあった。と、言うかソレ以前にこんなの、理屈以前のモノ。アイツの都合ばかりを纏めて練り上げた、勝手な言い分だ。だがしかし、アイツの予想外の行動やら言動やらに散々苛つかされてたこの時の俺に、そのアラを見つけて拾ってその鼻持ちならない不遜で高慢なメガネ顔に突き付けてやるだけの落ち着きは、なかった。しかも悔しいコトに、その言い分にはほんの一縷とは言え、正しい部分もあった。だから結局、判ったと言うしかなかった俺。そしてそんな成り行きで、GW中は俺の隣の予備室で生活をするコトになった中嶋。しかしアイツがそうやって手に入れた『部屋』でキチンと生活したのは、最初の一日目の朝のほんの数時間だけ。その日の午後には『机が狭い』と言って、俺の部屋の机を奪った。夜は夜で、アレだけのヘビースモーカーのクセに『閉めてた部屋だからカビ臭くて堪らない』と、毛布を引き摺って来た。そうやってしまいには、予備室と俺の部屋との2箇所にその勢力範囲を広げて来た。全く、本当にどうしようもナイ勝手者、正に暴君だ。大体、俺の隣の部屋で生活するのは嫌だと言っていなかったか?なのに今や完全に、お前の居場所は俺の隣どころか俺の部屋そのもの。オマケにこの、横柄で大きな態度。コレではまるで、俺の方が居候にでもなった気分だ。そう、今までの成り行きをぼおっと振り返っていた俺。するとその耳に不意に感じた、
「・・・ナンだ、随分とご機嫌が悪いな」
くすりと言う低い笑いを乗せた声と、軽い触れ合い。その刺激にばっと振り向くと、ソコにあったのはいつの間にかラグから立ち上がり、距離を詰めて来ていた長身。どうした、昨日アレだけ大事にしてやったと言うのに不満だったか、不足だったか。そして絡み付いて来る囁き、身体、腕。指先から放り投げる、結局は火を点けなかったらしい紙巻き。そんな一連の動作が暗に示すコトに、かっと尖る意識。思い出される、部屋に乗り込まれたその日の夜から隙あらば繰り返されている、甘い時間。だから激しく突っぱねる、両手と言葉。ば、バカを言えっ、寧ろその逆だ。しかしやっぱり、コイツの揚げ足取りは天才的で。逆?そうか、そういうコトか。
「ならば今回は、もっと過激に可愛がってやろう」
大事にされるのは気に入らなかったと見えるからな、だったらたっぷりとイジメてやる。だから結局、押し切られる。言葉は唇に、抗う腕は腕に胸にと押し込められる。そして。
「覚悟しろ、半端じゃ止めない」
「なっ、かじまっ、待てっ、ちょっ・・・!!」


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