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そして結局、俺の部屋に居座る理由と同じくらいの強引さと訳の判らない理屈に基づき押し切られた、朝からの濃密な情事。その後のナンとも言えない、でも決してイヤではなくなってしまっている気怠さに苛まれながら、うとうとと寝たり起きたりで過ごす午前中。怠惰だ、全く以て怠惰で不健康。こんな休日の過ごし方、あってはイケナイ。だが悔しいけれども、どうにも身体が言うコトを聞かない。本当に、どうしてこうアイツと来たら加減を知らないのだ。そんなコトを思いながら『もういい、今日はこのままふて寝でもしよう』と、枕を抱えて目を閉じようとした時。
「起きてるか」
声と共にばん、と、恐らく足で開かれただろう、隣と俺の部屋とを仕切っているドア。その最早、見ずとも容易に察しがつくアイツの行動に、ふっと苦い息。
しかし小言を言おうと起き上がった俺の目に写ったのは、実にナンとも不思議な、まるで夢でも見ているかの様な景色。だから思わず、言おうとしていた苦言もナニも完全に忘れて、ぼおっとしてしまう俺。すると。
「・・・ナンだその顔は、ナニが言いたい」
そんな俺の様子を不審そうに見つめる、メガネの顔。そう、ソコにいたのは例の暴君、中嶋の姿。無論、ソレは当たり前だ。今この寮に自分以外でいる人間は、そしてこうやって俺の部屋に入って来る人間というのは、アイツただヒトリしかいない。だがしかし今のそのアイツの姿は、ソレなりに長い上に普通の『友人』よりかは多少深い付き合いを持つ俺でも、一度たりとも見たコトのナイ姿で。だからついつい、言葉を失う。何故なら今アイツがしている姿と言うのは、自分が良く使っている黒いエプロンの胸当てを内側に折り返し、ギャルソンとか言っただろうか、喫茶店の店員がする様なカタチに締めた格好だったから。しかもその手には下の食堂からでも持って来たのか、大きなトレーがずん、と乗り、更にその上では平皿が二枚とカップがふたつあって。その様子に、失礼かとは思いつつも暫し絶句。だってそうだろう、コレが成瀬や七条、伊藤。そして100歩譲って丹羽、もしくは卓人だったならば、俺だってココまでは驚かない。だが今、俺の目の前にいるのはそういうコトからは最も縁遠そうな『あの』中嶋。食事なんて、クルマで言えば単なる給油。死なない程度のカロリーが取れればソレで良い、味も見た目も関係ナイと、常日頃から言って憚らない、そういうアイツだ。そんなアイツがエプロンを締め、食事らしきモノが乗ったトレーを手にして立っている。コレを驚かずに見ていられる人間が、いるだろうか。だから思わず、固まってしまう。すると、そんな俺の様子に気まずいのだろうか、微妙な角度でひくりと歪んだ、メガネの奥の鋭い瞳。零れる、少し苛ついた様な音色のヒトコト。だからナンだその顔は、別におかしくはナイだろう。
「ソレとも、オトコ前過ぎて惚れ直したか」
「ああ・・・、正直、誰がいるのかと思ったぞ」
バカ、ナニを生真面目に返しているっ。言いながら、がたんと置くトレー。そのトレーに乗っていたのは、温かい湯気と匂いを纏ったシンプルな食事。買っておいた薄切りのパンを更に薄く、押し潰す様にしてフライパンででも焼いて作ったのだろうバターが香るトーストに、見た目は少々アレだがでもその焦げ目が逆に鮮やかでキレイな卵料理とベーコン。強い匂いを放つ、切り分けられたブラッドオレンジの一片。ゆらりと薄い湯気を漂わせる、琥珀色のコーヒー。その、正にしっかりした『朝食』のメニューに、再びの絶句。ソレでも、少しはこの状況に慣れて来た口からようやっと零す言葉。行儀が悪いとは思いつつも、指差すトレー。
「コレは・・・、お前が作ったのか」
「仕方ないだろう、生きていれば腹は減る」
すると返る、ぶちぶちとした低い声。実に不満そうに尖る、横顔。とにかく、俺は腹が減ったんだ。だがお前と来たら何時になっても高鼾(いびき)で、起きる気配が全くナイ。だから仕方なく作った、ソレだけだ。そう言い、ばっと解いて投げ捨てるエプロン。銜える、ポケットから取り出した紙巻き。そのフィルターをきちりと咬む表情が滲ませているのは、ナンともむずがゆい様な甘い色。恐らく、自分でも何かを感じているのだろう。だから続く悪態にも、イマイチいつもの毒が足りない。とにかくどっちだ、食うのか、食わないのかっっ。食うなら早く食え、イラナイなら捨てるっ。そんな、今まで見たコトもナイ様なアイツの様子に、くすりと零れる笑みと言葉。判った判った、ありがたく頂こう。
「しかし、ナンだか勿体ないな・・・」
言いながら先ずは、傍に脱ぎ捨ててあったアイツのシャツを失敬。次いでソレを羽織りながらベッドに座り直し、膝に乗せるトレー。本当に勿体ない、だがとても美味しそうだ。そして手に取る、トーストの皿。すると返る、ナニがそんなにありがたいんだと言わんばかりの、ぶすりとした低い声。別に、勿体がる程のモノじゃあナイだろう。だから『そんなコトは無い』と切り替えそうと、俺の隣にどさりと座ったアイツの方へと視線を向けた時、
「お前、手を・・・」
紙巻きに火を点けようとライターを構えた手に見つけた、斜めに貼られた真新しいカットバン一枚。そんな俺の視線に、アイツも気付いたのだろうか。
「とんだオマケだ」
言いながら煙草とライターとを持つ側を取り替え、火を点けた後で気まずそうにさっと身体の影に隠す、手。その様子に、またくすり。そして。
「・・・良いな、こういうのって」
こういう休みも、良いかも知れない。実家に帰らなくて良かった、本当に。そう言いながら口に運んだトーストは、辛党のアイツらしく少し塩がキツかった。
でもこの部屋に漂う空気は気持ちは、喉が渇きそうに甘くて穏やか。だから丁度良い、両方で相殺だ。そんなコトを思いながら傾ける、コーヒーのカップ。見遣る、未だドコか居心地が悪そうな横顔。その顔に向かい、小さな囁き。うん、美味いぞ。コレだけ出来るなら今夜から食事は、お前に任せようか。そんな俺の睦言に、ちろりと瞳を滑らせた顔が切り返す。ふざけろ、だったらお前も一緒に料理してやる。そしてどっちも、俺がキレイに平らげてやろう。
「骨も髪も、ナニヒトツ残さずにな・・・」
『オウサマ ノ ブランチ -Golden
Brunch-
』
タイトルから行けば丹羽が最適でしょうけど、ココでは王様は王様でも『嵐の暴君』と言う意味で中嶋を(笑)
実はオトコ(特に攻め)が料理する姿ってのが、大好きです。オトコの料理って言うと、やたら高いモノを買ったりナンだりってのが多いですけど、私が好きなのは所謂『賄いメシ』みたいなカンジで、残り物とかでささっと作る。特に普段は縁がなさそうな人が作ったりするのに、萌えます。なかじーだったらこう、銜え煙草でフライパンなんか揺すってやがったら、堪りません。大したコトはしてないんだけど、でも他所じゃあ絶対に食べられない。そんな料理を作れるオトコって、良いと思いませんか?(笑)
と、そんな妄想をしながら、ドコにも行かない上に引きこもり禁欲生活を強いられるコトになった淋しいGWを過ごした私でした。
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