罪
すべてを焼き尽くす
渇望という名の凍りし闇を纏い
漆黒の風を偽りに染め
遥か遠き純白を染め上げる紅に
身を捧げ
狂想に捕らわれた罪を
凍りつきし笑顔の仮面にて隠す
終わる事を知らぬ狂夢に魅入られ
流れる紅の涙は
絶望に翼を捧げた血の契り
永遠の狂気に舞う罪を
音のない悲鳴とともに聴きながら
零れ堕ちる紅にて舞わん
咲き誇る闇に操られた
私は「罪」という名の
Marionette
戻れぬ光を求めて彷徨う
闇の蝶…
(2004年11月17日作成
「Sacrifice〜冬の蝶〜」アレンジヴァージョン 「Marionette〜闇の蝶〜」)
冷たさを身に纏い、遥かなる闇をたゆたう…。
偽りに身を染め、凍りつきし心を仮面の笑顔で隠したとしても、傷ついた翼を抱え、血の涙を流すこの心は、確かに此処にある。
叫ぶ事を忘れた心は、ちぎれるほどの痛みに、紅を流すことだけを覚えた。
あまりに残酷な遊戯…。
終わる事のない愁夢から逃れるためには、血の契りしかなかったのか…。
溢れる狂気に、咲き誇る紅を見つめる瞳が、光の色を纏うことはない。
此処ニ光ハナイノダカラ…。
触れた心が、色をなくしていくのを、凍りついた瞳で捕らえる。
纏う色をなくして、漂うこの身は、永遠の闇に捕らわれて、癒えることのない紅の翼を抱え、咲き誇る氷の華の群れを彷徨う…。
"冬の蝶…"
溢れんばかりの白き冷華の中を、狂い舞う運命。
甘やかな狂うほどの冷たき香に包まれて、満開の紅の華弁を夢見る。
咲き誇る純白の冷華が、狂うほどの紅に染まるまで、溢れる愁夢に狂い舞う。
冷華の群れを彷徨うことしか許されぬこの身は、光の中では生きられぬ運命…。
だから、包み込む甘やかな愁夢に、光の輝きを纏って、永遠の夢幻に捕らわれよう…。
二度と覚める事のない、永遠の狂気にこの身を捧げよう…。
それが、紅の翼を持った、冬の蝶である、我が運命…。
"冬の蝶"…、存在を許されぬ運命を背負った、心の結晶…。
その翼が羽ばたく事は、もう二度とない…。
狂気という呪がかけられた、闇の鳥篭。
鎖に繋がれた首輪により、蒼穹を失ったのか、羽ばたきを忘れた純白の天使が、捕らわれた闇の鳥篭の中、埋め尽くすほどのその翼を広げた。
纏う風を求めて、広げた硝子の翼が、主の怯えを感じ取ったのか、わずかに震えた。
狂い咲いた紅の華に埋もれて、見上げたアメジストの瞳から、その体を埋め尽くす華と同じ色をした紅が、ポタリ…と、静かに堕ちて、まるで華弁のように散っていった。
ふわりと硝子の翼が、透明なその身で、闇の鳥篭を埋め尽くした瞬間、顔を覆うようにして零れていた、漆黒の真っ直ぐな髪が風に揺らめいた。
零れる紅をそのままに、淡い光を纏ったアメジストの瞳が、わずかに閉じられた。
ポタリ、ポタリ…と、かすかな音をつれて、また紅が零れては散っていく。
「還して…」
あの…蒼穹へ…。
白い肌にはえるような紅の唇が、震えるように、言葉をこぼしていく。
わずかに零れた言葉は、届かないであろう祈り。
「還りたい…」
きっと、これは、そう思いながらも、この闇の鳥篭に捕らわれ続ける事を、心のどこかで望んでいる己の罪…。
それでも…。
「…」
たった一つだけ、形にならない言葉。
幾度となく、形にしようとしては、溢れる紅の涙に邪魔され、うまくいったことはない。
そして、今日もまた、首輪によりつながれた、闇の鳥篭の中、新たな紅の華が舞っては、咲いていく。
増えていくだけのこの紅の華を、愛しいと思うのは、罪なのだろうか?
手にした、鮮やかな大輪の紅に、篠宮はそっとため息をついた。
「中嶋…」
そっと零れ落ちた吐息が、わずかな冷たさを纏って、氷の翼をなして紅の華弁に降り積もった。
降り積もった氷の翼は、華弁に触れると同時に、氷を纏った蝶へと変わると、無邪気に紅華のまわりを舞い始めた。
また一つ生れ落ちた、氷の欠片…。
やがては、消えゆくわずかな命。生み出す己が愚かなのか、短い命のある現が愚かなのか。
否、愚かなことなどあろうものか…。
氷の身なれど、零れ堕ちた想いは、確かなもの。そこに息づく、確かな重み。
だからこそ…。
ジャラ…。
かすかにその身を擦り合わせて漏れる、鎖の音に、篠宮は瞳を開いた。
「…中…嶋」
迎えに来るがいい…。
この背に広がる翼を、もぎ取りに…。
血の契りと引き換えに、闇へ堕ちたその心、取り戻してみせる。
アメジストの瞳に、強い光を宿すと、篠宮は硝子に覆われた翼をわずかにはばたかせた。
ポタリ…と、また一輪、紅が咲き誇る。
渇望…、狂気、…異常? いや、正常…?
おもしろいくらいに、冷たい正常であたりを包み、何事もなく振舞う。
当たり前のように、返ってくる日常。
仮面で覆われたような、演じられた世界。
そう今の俺にとっては、こんな日常、ただの遊戯にすぎない。
可笑しいほどに、つまらなくて…。まっすぐにむかってくるものを、わざと斜めから見て、高みから突き落とす。
そして、また誰かが、煩く耳元で怒鳴る。
言葉とも思えない、金切り声をあげるのを、唇の端だけ持ち上げた不気味な笑みで、聞くともなしに聞いて、凍りついた漆黒の瞳で、突き落としたソレを見下ろす。
ぞくぞくするほどの、…快感。
どうということはない。
今という一瞬だけの、少しだけの遊戯…。
過ぎ去れば、後はいつものように、何事もない仮面を被って、冷めた視線を撒き散らしていればいい。
そう、何もかも鬱陶しいだけなのだから。
だから、そつなくこなす。それ以外に、なんの意味があるというんだ?
こんな…日常……。
この身に渦巻く「罪」は、きっと一つだけ。
そして、それは大罪。
決して許される事はないだろうから、逝く先は地獄だろう。
それでも、手に入れたかった。
高みへ昇ろうとする翼を手折って、蒼穹を奪って捕らえた、鳥篭の天使…。繰り返される、その狂夢。
夢なんて生ぬるいものではなくて、現実にしたかった。
「…篠宮」
うっすらと、夕闇が支配し始めた生徒会室の窓から、黄昏の空を見つめて、中嶋は、にやりと微笑んで見せた。
もうすぐ、闇がやってくる。
捕らえた天使は、首輪に繋がれ、闇の鳥篭の中、アメジストの瞳を紅に染めて、待っている。
誰にも触れさせたくなくて…。
引キ寄セテ、引キ千切ッタ。
誰にも見せたくなくて…。
閉ジ込メタ…。
狂っていると言われてもいい。
正気なんて、当の昔に亡くしている。
壊れてもいい…。何も要らない。
「篠宮」
愛している…。
湧き上がる衝動は、狂気さえはらんでいて、灼熱にも似たその想いを抑えるために消費した正気は、次第にこの心から正常さを奪っていった。
誰かが篠宮に話し掛けるのを見ただけで、駆け抜けた炎は、もはや異常なんてものではなかった。
教室であることも忘れて、射殺すような視線を相手に送ってしまうほどに、狂想はこの心を蝕んでいった。
自分だけのものにしたかった。
閉じ込めて、他は何も見ないようにして…。
何処まで逝けば、この狂気を止める事が…できる?
何処まで逝けば、この狂想は満足する事が…できる?
いつかは、壊してしまうだろうとわかっていても…。
「愛している…」
壊れるほどに、それだけ…。
手に入れたい、何もかも。
ギリ…と握り締めた拳から、ゆっくりと血が零れ落ちていった。
ポタリ…と、一輪、狂気が咲き誇る。
咲き誇った 弐輪の紅の華。静かに、零れていく…。
ノックをせずにあけた自分の部屋は、すっかり闇に包まれて、カーテンをひいていない窓から、昇り始めた月の光がわずかに漏れているだけだった。
窓枠の形に陰を作りながら、入り込んだその光の中央に、首輪につながれた天使は座り込んでいた。
降りてくる月の光と、その光が作り出す窓枠の影が、ますます純白さを増したその姿に重なり、まるで、本当に闇が作り出した鳥篭の中に、捕らえているようにさえ見えた。
「篠宮」
呼びかけに答えないとはわかっていても、中嶋は闇の鳥篭に閉じ込めて、首輪につないだ天使に声をかけた。
わずかに、ピクリと体が震えたことだけを確認すると、そっとドアに鍵をかけた。
ぼんやりと、宙を見つめる瞳は、どこか焦点を失っているようにも見えるのに、その奥に力強さを残したままだった。
まっすぐな漆黒の髪が、ふわりと遠くを見つめるアメジストの瞳の傍で、わずかに揺れた。
「…なんの…つもりだ」
ピンと張り詰めたような空気を纏って、紅に染まった唇から、どこか凛とした響きを持った、強く低い声が零れた。
それと同時に、今まで焦点を失っていた瞳が、こちらに向けられる瞬間に、射抜くほどの強く冷たい光を纏って向けられた。
ゾクリ…と、快感にも似た灼熱が昇ってくるのを感じながら、中嶋はにやりと笑って見せた。
なかなか、この手に堕ちてこない、気高く穢れなき…天使。
だからこそ、すべて自分だけのものにしたかった。
閉じ込めて、自分だけを見るように…。堕としたくて…。
「さぁ、なんのつもりだろうな」
わざととぼける振りをしながら近付くと、向けてくる視線がより強い光を纏った。
許さない…そんな心を、映し出したようなアメジスト…。
「とぼけるな…。こんな首輪で繋いで、俺を閉じ込めて、どうするつもりだ」
決して強くはないのに、かなりの重たさと圧力をもった言葉が、瞳の色に比例するような冷たさを纏って向けられた。
どうするつもりだ…か。
それを言えば、お前は堕ちてくるのか? そんなことはないだろう?
だからこそ、鎖でつないだ。首輪で拘束した。
この部屋に監禁した。
手に入らないから、自分だけのものにしたかった。
狂うほどに、愛している。それ以外の想いなんて、要らない。必要ない。
今の自分を動かしている、唯一の生きている心。
強いまでの綺麗な眼差し。穢れを知らない純白…。
こんなにまで、凛とした強さを持つ純白が存在していたのかと。
その瞳を向けられた時に感じた衝撃は、今でも鮮やか過ぎるほどに覚えている。
決して届かない光が、そこにはあった。
感じたことのない衝撃が、焼き尽くす熱へ変わるのにさして時間はいらなかった。
届かないその光に、触れたくて、引き寄せたくて。気が付けば、荒れ狂う灼熱を持て余している自分がいた。
手に入るものが、絶望でも構わない。何もかもを失っても、どうということはない。
その他には、何も要らないのだから。
愛している。
狂うほどのこの心を見せることができるのなら、…きっとなんでもする。
「…理解など、できないだろう? それに、言う必要もない」
生ぬるい言葉なんかで、教えるつもりはない。
その体に、記憶に、血に、刻み込んでやると決めたのだ。
瞳の奥に、冷めた切ない色を宿らせながら、中嶋は唇だけで笑って見せると、どこか戸惑うような表情を見せた篠宮の顔を、顎を掴んで上向かせた。
見下ろしたアメジストの瞳が、わずかにゆらりと揺れて、キュッと紅く色づくような唇が閉じられた。
向けられた瞳が揺らめきながらも、いう通りにはならないと、強い抵抗の色を見せる。
「黙って、此処にいればいい。それ以外のことは許さない」
高みへ昇っていく翼を手折って、引き千切ってみせる。
二度と蒼穹へと還れないように…。
「なぜ…だ? なぜ…。俺には、…わからない」
まっすぐに向けてくる瞳をわずかに伏せると、篠宮は震える声をこぼした。
伏せられた瞼がわずかにふるえると、ぽたり…と大粒の涙がこぼれていった。
それでさえも、恐ろしいまでに綺麗で…。
今すぐにでも、手折ってしまいたくなる。そのことに何の意味もないのだとしても…。
わかるか? 篠宮、お前に…。抑えることしかできない、狂想が…。
切裂くような痛みをつれてくる、灼熱が…!
見下ろした瞳を、焼き尽くすようなギラリとした色に変えると、中嶋は唇をきつくかみ締めた。
ギリギリ…。
あまりに強くかみ締めて、血が零れ始めても、その力を緩めようとはしなかった。
「わからないか? だろうな…」
すぅ…と、口の端から血が零れ落ちていくのを感じて、さらに力を込めると、苦い鉄の味がじわりと口内に侵入してきた。
狂ってしまったこの血を流してしまえば、正気にでも戻るか?
それとも、ますます正気を失うか?
どっちでもいい。…どっちでも…。
「中嶋っ! 唇が!!」
「煩い!!!」
驚いて制止するようにあげられた声に、睨み返しながら叫ぶと、掴んでいた手を突き放すようにして離した。
「言わなかったか。黙って此処にいろと。余計な詮索は許さん」
「…中…嶋」
冷たく凍りついた視線で見下ろすと、見上げてくる瞳が大きく揺らめいた。
いっそ、この心ごと流しきってしまったら、正気に戻れるのか?
そうすれば、見えるか? 伝わるのか?
そんなことは、ないだろうとわかっている。それでも…。
壊してしまおうか…。いっそ、…自分ごとすべて…。
そうすれば、その瞳は、何も見なくなるだろうか?
中嶋はふらりと、動けず座り込んだままの篠宮に背を向けると、闇の中に静かに立佇む自分の机を見つめた。
愛している。そのことが罪だというなら、あがなってやろうじゃないか。この血で…。
純白を汚してやる。
「中嶋…?」
心配そうに呼びかけてくる篠宮の声を無視して、机へ近付くと、中嶋は傍にあったカッターナイフを手にした。
暗闇の中、そっと刃を限界までに押し出す。
見せてやろう…。この身に流れる、闇を纏った狂想を。
「!? 中嶋!! なにをするつもりだ!!」
何をするのか察したのだろう篠宮が立ち上がるのを、横目で見ながら、左手首に出した刃を押し当てた。
斜めにあてると、力強く食い込むように押していくと、刃に血が滲み始めた。それを確認して、ゆっくりとわざと痛みをじっくりと感じるように、肉が食い込んで引き裂いていく感触を感じながら、刃をひいていく。
「…っ!!!」
「よせっ!! 何をしている!!!!」
血に染まった刃が離れていくのと、篠宮が悲痛さを纏った叫びをあげて、近付いてきたのは同時だった。
投げ出したカッターが血がついたまま落ちる音と、篠宮の首につながれた鎖がジャラ…とあげた音が重なって、不協和音を作り出すのを、痛みのない紅をとめどなく零し始めた傷を見つめたまま聞いていた。
「馬鹿者っ!!! なんてことを!!!」
ぽたぽたと、紅の涙をこぼす腕をぼんやりと見つめていると、篠宮が真っ青な顔色であわててこちらの腕をとった。
「…ふ…、ふふ…」
そうか…、そうだったのか。
「中嶋??」
突然笑い始めたこちらの様子に、訝しげに呼びかける篠宮の声を無視して、篠宮の手から自分の手を振り落とすようにして離すと、ふらりと窓辺に近付いた。
「はは…ははは…。…ははははは!!!」
感じない…。何も…何も!!
ぽたりと何かが、熱をつれて頬を零れ落ちていくのだけを感じて、中嶋は狂ったように笑った。
「中嶋!?」
「感じない…」
痛みさえもどうでもいいというのだろうか?
それほどまでに、狂っていたのだろうか。
「え…?」
「こんなに、血が流れているのに…。痛みさえ感じない」
恐ろしいほどに表情をなくした顔をむけると、びくりと篠宮が震えた。
感覚のない腕から、しとどに溢れる血を冷静に見つめる自分がいた。
「中嶋…」
「放っておけばいい。そうすれば、此処から出られるぞ」
束縛から解き放たれる。
心配そうな声をだす篠宮を見つめることなく、抑揚のない声で淡々と告げた。
流してしまったって、構わないのだ。
すべてを引き連れて、流しきってしまえばいい。
紅が咲き誇る床を見つめていると、ふいにぐらり…と目の前が歪んだ。
「中嶋!!」
「…!?」
呼ばれたと思った途端、突然崩れるようにしてその場に倒れてしまっていた。
すぅ…と、自分の中から急激に暖かさがなくなっていくことがわかった。
「…大丈夫か!!」
慌ててやってきた篠宮が、抱き込むようにして体を起こしてくれた。
見下ろしてくるアメジストが、何かに耐えるように揺れているのが視界に飛び込んできた。
触れられた場所から、熱いほどの暖かさが伝わってくる。
同時に、自分の体温がいかに低いかを思い知る。
まずいな…。かなり血が流れているな…。
ぼんやりとした思考の端で、それだけが浮かんだ。
「放っておけばいいと…言った。…離せ」
今を逃せば、蒼穹へ還る機会を逃すぞ。還っていけばいい。手の届かない高みへ。
「黙ってろ!! このっ!!」
篠宮らしくもなく焦った叫びで、言葉を制止された。
見上げた視界の中、どこか苦痛を纏ったような表情をして、篠宮は必死に首輪に繋がる鎖を引っ張りはじめた。
「この…!!! 中嶋! この鎖は、どうやったら外れる!!」
じゃら、じゃらと、鎖が激しく揺れる音が聴こえる。
「その鎖は…強いから…な。…引っ張った…くらいでは…外れないぞ」
意識がぼんやりする中、力の入らない体を篠宮に預けたまま、苦しい息でにやりと笑って見せた。
ぎらりと燃え盛るような、強い瞳がむけられた。
「ならば、外してみせる!!!」
そう言うと、篠宮は両手で鎖を持つと、力の限り引っ張り出した。
やればいい…。そして、何処へでも飛びたっていくがいい。
ぎり…と、力を込めた篠宮の両手から、血が鮮やかに滲み始める。
それでも、篠宮は鎖を引っ張るのをやめようとはしなかった。
まっすぐな瞳が、力強さを持って光っている…。
そう、この真っ直ぐな光に、惹かれたのだ。
自分にはない光。それを感じた衝撃は大きかった。
手に入れたいと…思った。
そして、やはりその翼を汚すことはできなかった。
そう、だからこそ、愛しているのだと。
すべてを壊しても…、ただそれだけ。
「そんなこと…しなくて…も、…首輪を……外す…鍵…が」
束縛を解いてやろう。そう思った。
視界がグニャリと、歪んだ気がして言葉を止めると、それに気付いたのか、篠宮が不安そうな眼差しを向けてきた。
「中…嶋?」
何を不安そうにしているんだ?
解き放ってやると言っているんだ。笑顔くらいむけたらどうだ。
にやりと笑ってみせようとしたが、力が入らず失敗していた。
「黙って…きいて…ろ……。首輪の…鍵…、机の……引き出し―――」
「…!!」
一番上の引き出しの中…そう告げようとした言葉は、形にならなかった。
視界がそっとその幕を下ろしていくのを感じて、抜け始めた力にすべてを委ねた。
「…中嶋? …おい…中嶋??」
見える…。天に昇っていく…その翼が……。
鎖は、解けたか?
悲痛な叫びが、どこか遠くなっていく。
「中嶋!? 待て! 待つんだ!! 今、人を!! 中嶋―――!!!」
何か…叫んでいる…?
ふわりと包み込んできた虚無に、意識を委ねて、すべての感覚を閉ざした。
愛している―――。
形にならなかった言葉だけが、胸の奥、鮮やかな紅に咲き誇るのを感じながら。
