*以下のSSは『殉教者』を先に読まれてから読まれることをオススメします。*
*注:精神的に肉体的にも若干痛い系なので、苦手な方は読まれない方が無難かもです。









「いつも通り、一番乗りですね」
受け取った書類をさらさらとめくりながら、柔らかい笑み。そして相変わらず、キレイに纏まっています。ソレはイヤミか?このパソコン全盛の時代に、未だ こんなアナログな手書きの予算表だなんてと言う。いいえ、事実を口にしたまでです。曲解しないで下さい。
「悪いとは思っている、会計部で支給しているソフトを使えば、ソレこそボタン一つで送信出来るのだが・・・」
苦手なんだ、機械は。そう、横を向いて少し幼い顔。つんと唇を尖らせて、すらりとした指で頤を摩る。判ってますよ、だから気にしないで下さい。
「ソレに・・・」
僕はアナタの字が、とても好きなんです。言いながら、書類に並んだ文字をそっと撫でる。真っ黒で真っ直ぐでしっかりしてて、でも決して潰れたりしていな い。字は体を表すと言いますが、本当にアナタそのものですね。
「この綺麗な字は」
同じ学年ではありませんからね、僕がアナタの字を見る機会は多くはありません。ですから結構嬉しいんですよ?バカなコトを。そう言い、切れ長の目元をふ わっと緩めて染めて、照れた様に髪をかき上げる。元々立ち居振る舞いの美しいヒトだから、そんなさり気ナイ動きすら、目を見張る程に滑らか。でもそんな 優雅な仕草を紡ぐその手に目立つのは、目が痛くなるくらいに白い包帯。この暑さに耐え切れず、珍しく腕まくりをしている袖からはみ出している、肘から下 のぴんとした腕を皮膚を、ぎっちりと不格好に覆い隠す布。
「腕、まだ痛みますか」
ああ、でももう然程は。問い掛けには、優しい笑み。ただ傷が大きいから、騒ぎになると面倒なのでこうして隠しているだけだ。そうですか。
「では、お大事に」
こちらは確認した後、返却しますから。頼んだ、それじゃあ。踵を返し出て行く、しゃんとした後ろ姿。でもソコにほんの僅かだけど生じている歪みを、聡い 彼は見逃さない。
「・・・出て来る」
ドアがかちりと閉まったと同時に、今までナニも言わずに奥からふたりのやり取りを眺めていたこの部屋の主が、不意に立ち上がる。
「郁?」
お前達の下らん茶番を見ていたら、気分が悪くなった。そう、端正な顔を歪ませて、ちくりとヒトコト。茶番?ああそうだ。
「ナニが”お大事に”だ、お前が付けたクセに」
そしてお前も、後生大事に持っているのだろう?
「篠宮と同じ傷を」
言いながら、ざっと腕をまくり上げる。夏だと言うのに、しっかりとカフスまで留めて着込んでいたシャツ。だから結局は手首の少し上までしか、たくし上げ るコトは出来ない。でも現れた、先程の彼と同じ様に腕を覆い隠す真っ白い包帯。この下にはナニがあるんだ、臣。篠宮と同じ傷だろう。問い掛けには、参っ たと言ったカンジの笑みが返る。臣っ!
「・・・痛っ」
広い室内に響いた、乾いた音。そして赤く染まり出す頬と、短い声。私はお前達の馬鹿げた戯れに興味はナイ、だがな。
「だがこんなコトをしてナンになる?お前はともかく、篠宮は」
篠宮は恐らく、長くは堪えられないだろう。頬を打ち据えた手をぐっと握り、低い囁き。臣、傷はいつかは消えるモノだ、消えない傷などナイ。生きている以 上、どんな傷でも、やがては癒えて消える。お前が篠宮に刻む傷も、そして自らに刻む傷も、いつか必ず消えてなくなる。
「傷が消えないのは死人だけだ」
良いな臣。そして死んでいるのは、お前だ。


「相変わらず、手厳しい・・・」
滲む苛立ちを隠そうともせずに出て行った後ろ姿を見送って、ふっとヒトイキ。そしてシャツのカフスを外して捲り、巻き付く包帯をはらはらと解いて捨て る。現れる、目を覆いたくなる程に大きな、濡れた裂け目。ささくれた皮膚を瘡蓋を無惨に曝し、赤と透明の雫をじわじわと滲ませている。その傷をすっと指 先で摩りながら、低い呟き。感じる、鈍くでもドコか甘い痺れの様な感覚。アナタの傷、もう然程は痛まないのですか?だったら今夜にでも、新しく刻み直さ ないとイケマセンね。消えてしまっては困るんです、痛んでいなければ困るんです。先程目にした、彼の包帯の下にあるだろう傷を思い出し、ふっと笑う。そ の痛みが痕が、アナタに僕の気持ちを存在を認識させているのですから。
コレがどれだけ愚かで、そして呆れるくらいに馬鹿らしいコトかは、ちゃんと理解している。でも僕にはコレしかナイんです。気持ちとか心とか想いとか、そ ういう曖昧なモノの存在をきちんと理解出来ない僕。そんな僕はついこうやって目に見えるモノ、感じられるコトへと訴えてしまうんです。ソレが結局、アナ タと僕を最悪の結果へと追いつめてしまうだろうコトであっても。だけど、だけどアナタだって悪いんですよ?思わずぎちっと、傷を掻きむしる。



『七条』



どうして拒まないんですか、どうして逃げないのですか。



『七条』



どうしてそんな優しい音色で眼差しで、僕の狂気を受け止めるんですか。アナタを苛むコトしか出来ない僕を、どうして甘く赦すのですか。だから不安なんで す、そうやってアナタは何もかもを飲み込んでしまうから、僕はまるで手応えのナイ水に刃を突き立てる様な気持ちになってしまって。アナタの全てを執拗な までに、求めてしまうんです。整った外見だけじゃナイ、濡れて湿った中身までもを、僕の前へと晒してもらいたくなってしまうんです。


”傷が消えないのは死人だけだ”


「ならばいっそ、僕は骸になりたい・・・」


アナタの征矢に命を絶たれ、そのまま久遠の眠りにつきたい。
そんな、アナタの傷を大事に抱えて絶える僕の屍を見つけたら、アナタは泣いてくれますか?


                    ROMANCE(ロマンセ)





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ましゃさんの七篠第二段です〜v
そういえば、ましゃさんのPCのHDDのデータが飛んで以降、ヘヴンでは初のSSになるのかな?(笑)
その節はお疲れさまでした…。そして、復活万歳(笑)



二人とも、凄く不器用にお互いを想っていて、きっと周りの人から見たら歯がゆい筈。
許す事で七条の愛情を受け入れる篠宮に、許される事で篠宮の自分への愛情を確認する七条。
このまま行ったら二人はどうなるのか…。
気になるなぁ・・・ましゃさん(笑・恒例のおねだり攻撃)
良い方向に向かうのか、益々良くない方向に向かうのか…(ハラハラ)

ましゃさん!切ない七篠、本当にありがとうー!色々大変だろうけど、またよろしくねvフフフ…